滓の人
次回で終了予定です
バスケットボールを上回るサイズのガラスの器の中に、これでもかと詰め込まれたクリーム、アイス、フルーツ、ゼリー、ジャム、クッキー、ウエハースetcが山をなしている。
ギガマウンテンパフェ。
VR時代は良く出たこの店の定番メニューだが、現実となってしまった結果、満腹感やカロリーという壁にぶち当たり、今では甘いものが好きな男性ハンターが食べに来る程度で、女性が食べる姿は珍しいものとなっている。
そのパフェの山の周囲にこれまた視覚だけで胸焼け状態異常を起こす効果を持ったレベルのケーキやパイがずらりと並んでいる。
ラーメン屋で新作を堪能した後ムラサキたちは、格段逃げる素振りも見せない女神と共に、ケーキが売りのこの喫茶店にやってきたのだ。
実家の和菓子屋を継ぐ羽目になって、洋菓子職人の道を諦めたこの店のオーナーが現実とは別の夢を追う為に開いた店がこのお店。
和菓子職人の技と、洋菓子職人を目指して身に着けた腕、そしてポルポルならではの素材を生かした多くのケーキたちは、プレイヤー、町の住人問わず多くの女性の支持を受けており、この時間もムラサキたちを除くと客のほとんどは女性だ。
甘いものが好きな双子も、比較的大食いな緑もここまでは食べない。
ましてやムラサキは、先ほど食べたラーメンが喉まで競りあがって来る様な気すらしていた。
テーブルに並べきらず、補助の小さなテーブルまであてがって並べられたこれらのスイーツは、すべて女神の注文である。
「流石にこれは見てるだけで・・・。」
「ケーキは好きだけど、ここまであるともはや暴力的だよねぇ。」
「当分、ケーキは見たくねぇぞ。」
そんなムラサキたちを気にもせず「うまうま」と幸せそうな顔で女神はパフェを食べている。
緩み切った表情で、パフェのアイスの様にとけてしまいそうだ。
そうして、ようやくティータイム的な雰囲気(それでもホールのケーキが3つ残っているが)になった所で、普段は砂糖を入れて飲むコーヒーをブラックのまま飲みながらムラサキが質問を始める。
「いくつかお聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「おっけーですよぉ。そうそう、まずは自己紹介をしましょう。えっと私の名前はメリアヌスと言います。この世界を含めて8つの世界で慈愛の女神なんかをしてます。こう見えても結構偉いんですよ?」
相手の自己紹介に合わせてムラサキたちも自己紹介を一応するが、相手の反応を見る限り既にムラサキたちの事は良く知っている様に見受けられる。
「今日は落語家さんいらっしゃらないのね。あの人のギャグは面白くて、いつも思い出し笑いをしちゃいますわ。」
ブン・チンの「寒い」ギャグを「面白い」というセンスに、女神以外の全員がやや恐怖感を覚える。
自分たちの常識が通用しない相手かもしれない・・・と。
「それにしても皆さんって凄いですよねぇ、名乗ってもいないのに私の愛称が分かって呼んでくれてるんだから・・・。」
「それってもしかして『メリーさん』の事ですか?」
「そうそう。他の世界の人たちはみんな『様』付けで呼ぶのよねぇ。もっと親しみ持った呼び方して欲しいのに。だから、そういった意味でも貴方たちをここに呼べて良かったわ。」
元ネタを知ったら、いったいどんな反応をするんだろう、と少し興味を持ってしまったムラサキだが、話の方向をなんとか自分の望む方向へ切り替えようとする。
「私たちの感覚から言うとゲームの世界が現実になってしまった、という感じなんですが、今回の『これ』はいったいどういうものなのでしょうか?」
女神は可愛らしく首をかしげると指を顎の下に当て、「そうねぇ・・・」と考え出した。
「細かいトコはカーくんに頼んじゃったから良く分からないんだけどね。貴方たちに分かりやすい言葉で言うと、えっとなんだったけ・・・そうそう『かっとあんどぺーすと』じゃなくて『こぴーあんどぺーすと』なんだって、貴方たちの元の世界にも、ゲームにも一切影響は与えてないから心配しなくていいんだって。他所の世界を壊す様な真似をすると怒られちゃうから、そういうの無いようにってお願いしたんだけど、流石カーくんよねぇ。」
(カー君ってのが誰だか良く分からないが、予想が当たってたのが嫌になるなぁ。)
(ムラサキさん、ある程度予想してたんすか?)
(ああ、最初「絶対に戻れない」って言ってただろ? 考えられるのは大きく分けて2通り。元の世界が滅亡して存在しないか、元の世界にそのまんまの俺たちが存在し続けてるかのどっちかだろうなとは思ってた。こんな事をするんだし、そうでも無ければ「戻せる」はずだからな。前者は確率としては低いし、たぶん後者だろうと・・・。あと一つだけあった可能性は「嘘をついている」ってのだが、これまでの時間でそれはないだろうと判断した。確認出来てる範囲、全部言ってた事本当だったしな。)
(随分と考えてたんですねぇ、ハゲません?)
(うっせ!)
「つまりは元の世界ではトラブルが全く発生していないという事ですね。それは正直安心しました。特に私等はポルポルの運営にも関与してましたんで二重に安心です。同僚が今頃トラブル対応に追いまくられてデスモードになってるのでは? 等とも考えてましたから。では、もうひとつ、こんな事をした目的は、いったい何なのでしょう?」
「えっとねぇ、貴方たちの世界の言葉で、凄く気に入っちゃった考えなんだけど『自分へのご褒美』。かれこれ9億年ほど神様やってるんだけどね、神様って感謝してくれる人は居るけど褒めてくれたり、ご褒美をくれる人はいないのよ。たまーに息抜きで他所の世界に遊びに行ってもその世界の神様とか誰かに怒られるし・・・。で、こっそり息抜きで自分の分身だけ、ちょこっと隙間使ってあちこち送り込んでたんだけど、あの『ポルポル』の世界、特においしい食べ物には感動しちゃってね。でも他所の世界だから何か持ち込んだり、大きく影響を出す事出来ないしで、ちょっと食べ歩くくらいしか出来なくて、で、カーくんに相談して色々準備してもらって、私の管理してる中でも比較的過疎なこの世界にコピーしちゃいました。」
(なんてこった「スイーツ()」な女神様かよ!)
「あとは、この世界がちょっと停滞しちゃってるんで、なんとかしなくちゃなぁって時だったんで、その方法としても使えるってのがあったの。この世界って海がちょーっと広くてね、陸地が少なかったんで、あの『ポルポル』の世界からコピーしたトコを新しい大陸にしたのよねぇ。」
(こっちの理由の方がまだマシだな、一般に公開する理由はこっちの方にしとこう。)
(ですねぇ、幾ら元の世界の方には影響無いとはいえ、主観的にはこっちに引きずり込まれた形ですし、その理由が「あれ」じゃキレて変な事をする人間が居ても責められません。)
(だよなぁ・・・。)
「将来的には他の大陸の子たちとも仲良くなって欲しいけどね。後は何か質問とかある?」
「質問ではないんですが、出来れば『スキル』を増やして欲しいのですが。」
(いまだに「代用品」しか作れてないものも結構あるしな。)
(あー、下手に「女の都」行くと怖いですもんねぇ、色々要望で。そのせいで行けない店も結構あって、つらいっす。)
「いいわよぉ、あ、じゃあ中の人にその権限あげちゃいましょう。」
「(ちょっと待て)俺を過労死させる気か!」
「何を言ってるんだ、お前は!」
「「「へ?」」」
ムラサキの声にかぶさるように聞こえてきたもう一つの怒声に、一斉に振り返った先には女神と似たような服を着た美青年が、かなり疲れた様子で立っていた。
「カーくん!」
「だから、なんでもかんでも人に押し付けるのはやめてくれ! それに俺ならともかく、彼らは人間だぞ!?」
「でも、色々と大変そうだし・・・。」
「更に大変にさせてどうする!」
「ぶう、カーくんの怒りんぼ!」
「そういう問題じゃないだろう!」
(この人? が、カー君っすか?)
(なんかシンパシー感じるなぁ・・・。)
同情の視線を感じたのか青年がムラサキたちの方を向く。
「あー、今回は正直すまなかった。まあ、元々君らが楽しんでいた世界にほぼ近いものだし、出来ればこれからも楽しんでいってもらえると嬉しいのだが・・・。あー、ちなみに俺は運命の神でカールスバックと言う。」
「「カスバッカ神!?」」
「ちがーう! カールスバックだ。なんだ、そのカスバッカと言うのは!?」
カスバッカ神と言うのは、ポルポルにおけるかなり有名な神である。
神聖魔法、治癒魔法などがある関連で、それなりにそれっぽい神も設定されていたポルポルだが、カスバッカ神はそうした公式設定の神ではない。
モンスターのレアドロップ等、入手出来る確率が一定以下のモノを入手しようとしてプレイした際には、目当てのアイテム以外のものが普段より多く出るように感じられるし、実際特に目当てのものが無い時に比べて確かにそういった傾向がある様に見受けられる。
そうした際に「まーた、カスバッカ神の思し召しだよ」などと、プレイヤー間の会話から自然発生的に生まれたのがカスバッカ神なのだ。
「リアル・カスバッカ神だと・・・。」
「だから、違うと言ってるだろうが!」
なんともいじり易い神だ、と共通の認識を得るムラサキたち。
これが、元・プレイヤーたちから大きな信仰を集める事になり、また、ムラサキと神と人の垣根を越えての友情を築く事になるカールスバックとムラサキたちの出会いであった。
デスゲーム風の「風」の説明回でした^^;
女神の動機もあるんで、本当の理不尽なデスゲームは最初から無しで考えてました
まあ、本人たちの主観的には理不尽なんですけどねぇ^^;




