5.癒しの一杯
今日もいい天気だ。アステリアは大きな窓から差し込む日差しを浴びて、気持ちよさそうに目を細めた。
今日は陛下の身の回りの世話担当だ。身の回りといっても、朝食運びやベッドメイキングなどを主に担当している。着替えなどは執事長や側近、ほか男性使用人の仕事で、女性は基本給仕や掃除がメインなのだ。
それでも、推しであるアウレリウスの貴重な朝の時間のお手伝いができることは、アステリアにとっては喜ばしいことであり、なによりの楽しみでもあった。なにせ、陛下は朝に弱い。低血圧なのか、寝起きはしばらくぼやーっとしている。覚醒するには、温かいスープやお茶が必須で、アステリアはその時のアウレリウスの体調を瞬時に見抜く力を持っているために、その時のベストな飲み物を提供することができることを評価され、こうして度々担当をしているのだ。その朝に弱い彼の、少し油断しているぼやっとした姿がかわいいのなんの。初めて知った時は可愛さのあまり卒倒するかと思ったほどだ。
カップとポット、茶葉の入った缶をたくさん積んだワゴンを押しながら、アステリアは陛下の部屋へ向かった。もう起きてはいるだろうが、おそらくまだぼーっとしているだろう。連日公務続きな上に、今日も重要会議が一つ入っていることを確認済みなアステリア。頭がすっきりと冴えるようなミントを中心にいくつかの茶葉を用意していた。
さて今日の陛下には、なにがいいかしら。
コンコン、と扉をノックすると、陛下の返事の代わりに、執事長の入室許可を促す声が届く。失礼いたします、と、一礼してから、部屋へと足を踏み入れた。
「おはようございます、陛下」
「…………あぁ」
眠そうな顔。思っている以上に疲れているようだった。
それなら、これがいい。そう判断したアステリアは、その場でお茶を準備し出す。ふんわりと立ち上る湯気に、ほのかに花の香りが混ざる。
陛下の前に、ティーカップを置く。
「ローゼルベースのハーブティーでございます」
赤に近い色味をしていることに、アウレリウスは一瞬目を瞬く。鮮やかなハイビスカスとルイボスの赤だと彼女は言う。ローゼルベースのハーブティーは、特に酸味が感じられるブレンドティーだ。ジンジャーも加わって代謝を上げてくれるほか、肉体疲労もすっきりして活力をアップさせてくれる。連日公務で疲れているアウレリウスには今一番合うだろうと思うハーブティーを、アステリアは選んだのだ。
彼女の説明に、なるほど、と、周囲が目を見張る中、アウレリウスはカップを手に取り、こくりと一口、口に含んだ。ミントの香りが鼻に抜ける。そのあとに、ハイビスカスの花の華やかな香り。やがて最後に、ジンジャーのほんのりとした辛み。見事な配分だった。次第に、アウレリウスの眠気は覚め、体がすっと軽くなる感覚さえ覚えた。
酸味が強いが、逆にその酸味が目を覚まさせてくれるいい刺激になったようにも思う。ふ、と目を細めたアウレリウスは、アステリアに礼を告げる。おかげで一日、身軽に動けそうだ、と。アステリアは嬉しい気持ちをひたすらに隠し、あくまで冷静に、微笑んだ。「お役に立てて光栄です。」と。
「またいつでもお呼びください。陛下の体調に合ったお飲み物をご用意させていただきますわ」
「…ああ、それならあとで昼食後にもお茶を頼みたいのだが」
「はい、かしこまりました」
昼食後。その言葉だけで、アステリアは次に用意する飲み物の目処をつけた。重要な会議を終えたあとだ。どのような会議かは見当もつかないが、重要人たちを交えての会議だと聞く。おそらく、国のための大切な会議。全ての決定権を持つ陛下の心労は計り知れない。せめて会議が終わったあとには、ほっと安らいでもらえるようにしたい。大好きな陛下。尊敬する陛下。このアステリア、あなた様のために腕を振るわせていただきます!
アステリアは心の中で、燃えた。
————
それから予定していた通り、昼食会を終えたアウレリウスの元に、アステリアはお茶を持って現れた。
「陛下、こちら、ダージリンです」
「…ほぉ。」
カップに注いだ透明感のある橙色のと美しさに、アウレリウスはわずかに微笑んだ。ダージリンは、紅茶のシャンパンとも呼ばれているほど、見た目が美しい。透き通った水色に、自身の顔がはっきりと映る。ダージリンの効能には、リラックス効果や疲労回復効果があるとされていることから、アステリアは重要会議で疲れているであろう彼に
ぴったりだと判断したらしい。そしてその判断は正しかったようだ。香りを楽しんだアウレリウスは、一口飲んでほ、と、わずかに肩の力を緩めたのを、アステリアは見逃さなかった。
「お疲れ様でございました」
「……ああ」
それだけ言うと、アステリアは一礼して部屋を後にした。
一人執務室に残されたアウレリウス。
紅茶を飲みながら、アステリアのことを改めて有能だと、認識していた。お茶の味も一級品だ。今までいろんな人物が淹れたお茶を飲んできたが、彼女が淹れるお茶に勝るものはない、と思った。側近であるグレンもそれなりに淹れるのは上手いが、彼女はそれ以上だな、と。深く感心していた。
「…アステリア・ルーチェ、か」
星の灯りを宿したような美しい瞳を持つメイド。
有能なそのメイドを、今度のとあるパーティーへの共として連れて行こうかと、そんなことを思いながら、また一口、紅茶を飲んだ。




