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その晩は伯父も一緒して皆で夕飯をいただいていたのだが、食前酒がなんとカクテルの“リリベル”だった。
伯父がガイドブックの出版社の社長から「娘がお土産にくれたのでお裾分けです」とテキーラをもらったのだそうだ。それで私達の引き出物のアップルワインと割って飲もうという話になった。
“リリベル”はあれから更に進化を遂げ「アップルワインに少量のテキーラと氷をシェイクしグラスに入れ炭酸で割ってシロップ漬けのチェリーを飾る」という少しオシャレなスタイルに落ち着いていた。
淡いピンク色の液体にチェリーが可愛くて飲みやすいと女性にも人気らしい。
「これ!このチェリーがリリベルに添えられた君だな!ワハハハッ」
国王陛下が楽しそうに笑う。
「なんか火山の国の悪意を感じるな…」
「アイザックはもうチェリーではねだべ?」
おい!まだ王子殿下方の前だぞ!
「まあまあ、まだ食前酒ですわよ陛下も皆様も」
その通りだ!だけど王太子殿下はこんな話が出ても、もう死んだ目をしていない。
冷えた薄ら笑いはされているが‥‥‥大人達がごめんなさいだ。
だけど、もしかしてリズベット王女に対して少し前向きになられたのだろうか?だったらちょっと嬉しいな。
それにしてもこのカクテルは確かに美味しい。炭酸で割られてアルコール度数も抑えられているから更に飲みやすくなっている。これは危険だな。
まあ食前の一杯だけならと思ったけど、当然そんな訳がなかった。
食後のデザート後に「またあのカクテルを飲もう!」となったのだ。
王城のソムリエがシェイカーを振って下さっている。
「他にも飲みたい物があればお知らせ下さい」と言って。
ザック殿下が「東のあの赤ワインはあるだろうか?」と尋ねると「もちろんでございます」と出てきたら飲むしかない。
「おお!よくそのワインを知っていたな?」
と、また飲ん兵衛行為が始まった。
当然、次の日は皆、二日酔いだ。
だがリリベルは今回は学習能力を発揮し、心を鬼にして酒量を控えたのだ。
翌日の早朝、まだ眠る夫を置いてサオリ達の世話に行く。
スネイプニル達は他人に任せられない。
仕方がないが今日は一人で世話をするかと思っていると、王太子殿下がホウキを持って厩舎の前に立っていた。
「王太子殿下?おはようございます」
「おはようございますリリベル妃。私もお手伝いしても、よろしいでしょうか?」
「構いませんが、馬達との距離を注意していただかないといけません」
「はい。ですから厩舎内の掃除と水換えや飼い葉の準備くらいしかできませんが」
「十分です。助かります」
馬場を見ると3頭は外にいる。その間に二人で厩舎内を掃除をする。
「王太子殿下にこんな事させるなんて申し訳ないですねぇ」
と床をはいていると、しばらくの沈黙の後、王太子殿下が呟くように仰った。
「リリベル妃、私はあなたに憧れていました。でもあなたはいつも遠くて」
何だか15歳の時のザック殿下を見ているようだ。
「5歳も年上ですから。それに私は老成しているそうですよ。周りによく言われます」
「老成?!」
「そうです。皆に言わせると可愛くないそうです」
「可愛くないなんて!そんな事っリリベル妃は素敵です」
「ありがとうございます」
「第三王子殿下も素敵な方だと思うんです。でも私は…あの時の彼になら敵うと思ったのです。でもそれは間違いでした」
いいや、間違いなく“あの時の彼”には勝ってると思うよ。
「リズベット王女はどのような方なのでしょうか?」
「とても可愛い、ちょっぴり気の強そうな王女殿下でした。ですがリクガメを気に入って進んで世話をしているのは彼女でした。きっととても優しい方でもあるんだと思います」
「犬や猫ではなくリクガメですか?女性はフワフワした可愛い生き物が好きなのだと思っていました」
「そうでしょう?でも大きなリクガメが可愛いんだそうです」
「そうですか。とても興味深い方なのですね」
「はい。きっと枠に捉われない広い考え方をお持ちの方なのだと思います。ですが王子様にも憧れる乙女でもありました。一緒に演劇を観に行ったのです」
「王女なのに王子に憧れるのですか?」
「私も面白いと思いました。でも彼女は自分の身分もあまり気にしない普通の女の子なんだと思ったんです」
「普通の女の子?」
「北の王族は少し変わっています。王族の人数も多いですが、それでも皆、仲が良い。私のような下位貴族出身者でも居心地の良い大家族の中にいるような感じでした」
「マックス王子を見ていれば、何だか想像がつきます」
「そうでしょう!彼も王族らしくない王子様です。でも怒らせると怖いですよ!騎士ですから」
「ああ。うちの新人騎士が怒らせたのでしたね。ですがスネイプニルは本当に美しいです。我が国にもペガサスが残っていたら…」
「そうですねぇ。ペガサスもきっと美しかったのでしょうね」
「…過ぎた話ばかりしていては駄目ですね。前を向かないと。リリベル妃、私はリズベット王女との事、前向きに考えてみようと思います」
「はい。よろしいかと思います」
「スネイプニルに乗って嫁いで来てはくれませんかね?」
「んーでも世話が。専用の従者も要りますね?」
「そっか」
それから5年後、リズベット王女は東の国に嫁いで来る。
16歳の彼女は天使のように美しく、東の国中が熱狂して迎えたそうだ。
だけどスネイプニルに乗って来たのかは分からない。




