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愛おしい命の存在


 式が無事に終わり、薄いシュミーズドレスに着替え、愛する人がやってくるのをベッドに腰をかけながら待つ。

 本来なら幸せな緊張で心臓が痛いくらい高鳴っているはずだった。

 でも今は、この時間がこないでほしいと思っている自分がいる。

 そんな自分の願いも虚しく、レブランド様がゆっくりと扉を開いて私の隣りに座った。


 「今日の式はとても疲れただろう?」

 「いえ、ご心配には及びませんわ」

 「そう……」


 レブランド様の目が見られない。

 私の気持ちがバレてしまいそうで……ふいに彼の両手が私の頬を包み、彼の方へと向けられる。


 「私の目を見て」

 「はい」


 その目はあの夜と同じ目をしていて、優しさと誠実さを湛えながらも今夜は熱も帯びていた。

 レブランド様、あなたが好きです。

 愛しています。

 だから、私にあなたを刻み込んでほしい……それで一生生きてゆけるように。

 彼から降り注ぐキスはまるで砂糖菓子のように甘美で、与えられる触れ合いにこのまま溶け合ってしまえたらと思った。

 けれど素晴らしい初夜はあっという間に過ぎ去ってしまう。


 「カタリナ、君は素晴らしい。この日をどれほど待ちわびたか……」


 背を向ける私のうなじにキスをしながら、そう囁く旦那様。

 まるで愛妻を可愛がる夫のよう。でもそれが偽りなのをもう知ってしまっているので胸は苦しいばかり。

 余韻に浸っていたら離れられなくなりそうで、彼の腕からスルリと抜け、体を起こした。


 「カタリナ?」

 「レブランド様、式も終わり、初夜も終わりました。これであなたは賭けに完全に勝利したのです。満足しましたか?」

 

 私の言葉に愛する旦那様が目を見開き驚く。

 やはりあの話は本当だったとつき付けられているようで胸が軋んでいく。


 「どうしてその話を……」

 「式の時、聞きたい事があったので控えの間へ行ったのです。そこで王太子殿下やご友人と話していたのを聞きました。盗み聞きのような事をしてしまい、誠に申し訳ございません」

 「そんな事はいい。まさかあの場に……しかしあの話は……!」


 私はレブランド様を真っすぐに見た。

 彼からの言葉なら全て受け入れようと、そう決めていたから。

 でも私の願いは空しく、旦那様は真実を話してくださらなかった。


 「いや、今夜はお互い冷静になろう」

 「どうしても話してくださらないのですか?賭けの為に縁談を申し込まれたとしてもあなたを恨んだりはしません」

 「………………」

 「分かりました。では明日……」

 「すまない」


 レブランド様は一言呟き、ベッドから下りて部屋を去って行った。

 パタンと扉を閉じられ、室内がシンと静まり返る。

 やがて目に涙が滲み、大粒の涙が溢れ、零れ落ちていく――――


 「……っ、ふっ……う…………うぅっ」

 

 レブランド様、あなたを愛しています。

 その足で幼馴染の令嬢のもとへ行くの?私はやはり二人の恋を邪魔してしまったの?

 賭けの理由は…………色々聞きたかったけれど、何も答えてもらえず、心は打ちのめされていく――――

 そのまま散々泣き続け、いつの間にか眠りに落ちていた。

 でも翌日、私が起きた時にはもう邸にレブランド様の姿はなく、私は一人、この邸を出る計画を決行する。


 「そんな!旦那様が帰ってきたら全てお聞きになればよろしいのでは?!」


 オーリンは必死になって引き留めてくれたけれど、また今夜も帰りが遅くなり、話す事が出来なかったらと思うと耐えられそうもない。

 式の前もほとんど顔を合わせる事はなく、ずっと不安が付きまとっていた。

 そして昨夜も……夫婦の寝室から去って行った背中を思い出し、また涙が出そうになるのをグッと堪える。

 

 「……もういいのよ。私がいない方が旦那様も好いたお方と一緒になれるでしょうし、この国の方々もきっとそれを望んでいる」

 「よくはありません!そんな事仰らないでくださいませ、奥様!!」

 「奥様……いい響きね。そうなれたら良かったのに」

 「奥様……うぅっ」


 やはり我慢出来ず、私の目から涙が流れているのを見て、オーリンも泣き出してしまう。

 ごめんなさい。

 愛しているから、もうここにはいられない。

 彼には結婚するはずだった人がいる。

 私が奥様としてここに居座る事は出来ないわ。

 それが……私が彼にしてあげられる唯一の恩返しかもしれない。

 素敵な夢を見る事が出来た。他の誰かと結婚する人生では決して味わう事のなかった幸せ。

 ほんの一瞬でも、確かにここにあったから。

 旦那様には感謝しかない。これからは自身の想い人と幸せになってほしい。


 私は寝室に自分の名前を書いた離縁書を置いてきた。

 その後公爵家の質素な馬車を借り、王都の街に買い物をしに行くと告げ、少しの荷物を抱えて邸を後にした。

 王都に着くと馬車の御者には帰りが遅くなるので邸に戻るように伝え、その場で別れたのだった。

 御者のあの顔……きっと結婚早々夜遊びをしようとしているように見えたでしょうね。

 でもその方が都合がいいのかもしれない。

 誰も私を探そうとは思わないでしょうし。

 ジグマリン王国は海に面しているので辻馬車に乗り換え港を目指し、船に乗って出国――――そのまま最北のゴルヴェニア王国を目指して移動していったのだった。


 「風が気持ちいい……」


 潮風が涙をさらっていく。

 船のデッキで独り呟きながら遠い海の向こうを眺めた。

 ジグマリン王国には港もあるし、船によってあらゆる物資が運ばれてくるから、貿易が盛んなのね。

 母国であるルシェンテ王国はジグマリン王国とさぞ繋がりを持ちたかったに違いない。

 それをこんな形で台無しにしてしまい、きっと母国に帰ったら幽閉され、二度と日の光を拝めない生活を強いられるでしょうね。


 「それなら一人で生きた方がいいわ」

 

 船に揺られていると、海の広さにだんだんと自分の悩みがちっぽけに思えてくる。

 愛する人と結ばれる人生ではなかったけれど、これからは自分の足でしっかりと生きていこう。

 あの荒んだ母国での生活を思い浮かべたら、なんて事はない――――決意を胸にゴルヴェニア王国へと足を踏み入れたのだった。

 港で辻馬車に乗り、さらに辺境の村ロッジェへとたどり着く。


 「やっと……着いた…………」


 ここまで来れば私を知る人と会う事はないでしょう。

 公爵家を出て早一カ月……どこか宿をと思っていたけれど、最近は胸がむかむかして食欲がないわ。

 食べ物を見ても気持ち悪くなってしまうのだ。

 匂いなどもキツく、どんどん気分は悪くなってしまうばかり。


 「どうしよう。今日の宿は……働き口も……探さない、と…………」


 大きなパン屋さんの前に来た時、匂いで気持ち悪さが増してしまい、その場で倒れてしまったのだった。

 

 もうダメ…………起き上がれない……私はここで死ぬのかしら――――

 遠くから誰かが叫んでいる声が聞こえるけれど、起き上がる力は残されていなかった。

 そうして意識を手放し、次に目覚めると、木造の天井が眼前に広がり階下からはパンの匂い。

 そして私を心配そうにのぞき込む少し年配の女性がいた。

 少しふくよかなその女性はモスグリーン色の髪を一つに結び、笑顔が優しく、見るからに善良そうな人だった。


 「良かった、目覚めたね!ウチの前で倒れてるんだもの、ビックリしちゃったよ!」

 「あ……あの…………もしかして助けてくださったのですか?」

 「助けたってほどの事じゃないけど。倒れてる人がいれば誰だって放っておけないだろう?」


 なんて優しい人だろう。

 怒涛のように色々な事があり過ぎてすっかり涙腺が緩んでしまったのか、顔は笑っているのに涙がとめどなく溢れてくる。


 「ご、ごめっ、なさい…………っ」


 女性は、ベッドの上でうずくまりながら涙し丸くなった私の背中を、ゆっくりと落ち着かせるようにずっと撫でてくれた。

 どれほどの時間泣いていただろうか。ようやく涙がおさまってきたので顔を上げると、女性は変わらず柔らかい微笑みを向けてくれていた。

 私はようやく体を起こし、目の前の恩人に頭を下げる。


 「ごめんなさい、ご迷惑をおかけして。そして助けてくださって、ありがとうございます。私はカタリナと言います」

 「カタリナちゃんね!私はリイザだ。落ち着いたかい?」

 「はい……本当に申し訳……うっぷ……っ」


 リイザさんに謝ろうとした瞬間、やはりパンの匂いで気持ちが悪くなってしまう。

 

 「ごめんなさい、食べ物の匂いを嗅ぐと気持ち悪くなってしまって……決してパンが嫌いとかでは……!」


 パン屋の方の前でなんて態度を……助けてくれた恩人の前で謝るしかなかった。

 

 「あんた……そんな体で、どこから来たんだい?」

 「……体?」


 私はリイザさんが何を言っているのか分からなかった。

 まさかすぐに気持ち悪くなるこの体調の悪さは、何かの病気……?


 「あの、私の体はどこか悪いのでしょうか……?」

 

 あまりに私が怯えていたのか、リイザさんが笑いながら不安を吹き飛ばす一言を放つ。


 「あっはっはっ!何の心配をしてるんだい!あんたのお腹に子供がいるだろう?」

 「え……」

 「なんだ、自覚してなかったのかい?もう少しでお腹も膨らんでくる頃だし、今が一番体調悪い時期なんだから倒れるのも無理はないよ」

 「私のお腹に……子供が…………」


 まさかあの一夜でレブランド様のお子が……?

 さっきまで悲しみのどん底だった心が喜びで満ちていく。

 初めて愛した人の子供を授かる事が出来たなんて。嬉しい。絶対生みたい。

 この時の私に一切の迷いはなかった。


 「あの……リイザさん!」

 「ここに住みたいのかい?」

 「?!どうして……」

 「だってあんた、見るからに宿無し身内なしに見えるから。放っておけないだろう?ちょうど私もそうしなって言おうと思ってたんだよ」

 「~~~っ!リイザさんっ……ありがとうございます!!このご恩は必ずお返しします!」

 「あははっ!大げさだね~~この部屋でよければ好きに使っていいよ。パンの匂いがしちゃうけど」

 「構いません!」


 こうして私はリイザさんのご厚意のもと、パン屋の二階の一室に住まわせていただく事となった。

 この気持ち悪さは妊娠初期によくある症状で、悪阻というものらしい。

 ここで暮らすようになり、やがて悪阻も徐々におさまっていき、体調を整えながらパン屋さんのお仕事も手伝った。

 リイザさんにはパペットさんという旦那様とラルフさんというご子息がいて、彼らもとても親切で善良な人たちだ。

 パン屋さんのご家族に支えられながら十月十日の妊娠期間を経て、無事にアルジェールを出産する。

 当日は村の助産婦さんがお手伝いに来てくださって、難産だったけれど何とか乗り越える事が出来た。

 アルジェールが生まれた日の事は今でも忘れる事は出来ない。


 幸せと喜び、生命の力強さ、か弱さ、愛すべき存在、愛されるべき存在――――


 「アルジェール……ようこそ、私の天使」

 

 彼をこの手に抱いた瞬間、私の世界は全てアルジェールで染まった。

 自分の命を懸けても絶対に守る……そう固い決意を胸にレブランド様と同じ漆黒の髪を撫でる。


 あれから月日は流れ、パン屋さんのご家族や村の皆が沢山手を差し伸べてくださったおかげで、今、アルジェールは可愛い盛り。

 もうすぐ4歳になる。

 そしてようやく落ち着いてきた時に、この村にあの人が……アルジェールの実の父親であるレブランド様率いる騎士団が来るかもしれないという話が入ってきたのだ。

 

 ~・~・~・~・~・~


 次からレブランドSideになります!

 少しシリアス展開が続きますが、よろしくお願いいたします~~<(_ _)>

 

こちらの作品に興味を持って読んでくださり、ありがとうございます^^

もし続きが気になったり、気に入って下されば、ブクマ、★応援、いいねなど頂けましたら励みになります(*´ω`*)

皆さまのお目に留まる機会が増えれば嬉しいです^^

まだまだ続きますので、最後までお付き合い頂ければ幸いですm(__)m

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