旦那様との出会い
ルシェンテ王国の末の王女として生まれ、カタリナと名付けられた私は……名ばかりの王女だった。
一夫多妻制だった我が国で、お母様は国王の何番目かの側室として召し抱えられたけれど身分が低く、まだ跡継ぎのいない内に男児を生む事に躍起になっていたという。
そしてすぐにお兄様を妊娠出産し、世継ぎを生んだ生母として地位を固めていった。
一人では心許ないのでもう一人生みたいと思っていたけれど、生まれたのが私で大層落胆したらしい。
その後正妃様にも世継ぎは生まれず、実質お母様が国母のような扱いをされ始める。
でも――――
私は女児でお母様の身分も低く末の王女。
私にだけはお姉様達の風当たりが強く、よくいじめの対象にされていた。
「あんたにこの服は勿体ないわ!」
「や、やめて…………」
「お姉様、これでもっと綺麗にしてあげましょうよ!」
そうして小さなナイフを使い、私の着ている服を切り裂いていく姉達。
「あははっ!こうした方がお似合いよ!」「とっても綺麗!」「卑しい身分のクセに生意気!」
四人ものお姉様に囲まれ逃げようもなかった私は、声を殺して時が過ぎるのを待つしかなかった。
お母様の体裁を保つ為の綺麗なお洋服は見るも無残に破かれ、髪は切り刻まれ、お化粧だと顔に泥を塗られる。
それを見たお母様に汚いものを見る目で見られ。
「おお……汚い。我が娘とは思えぬ」
「お、お母様……」
「与えたものも大事に出来ぬとは情けない。それ以上近寄るでないわ!」
お兄様に助けを求めた事もあったけれど、帝王学を学ぶのに忙しいお兄様は全く取り合ってくれなかった。
それどころか蔑みの目を向けながら、「近寄るな」と手を振り払われた事もある。
国王であるお父様は、もちろん末の王女の事など気にもとめるわけもなく。
この国で私は透明人間のようだった。
いえ、いっそ透明人間であったらどれだけ良かったか。
お姉様達の遊び道具になる事もなく、一人ひっそりと過ごす事が出来ていたかもしれない。
成長するとお姉様達が次々と他国や国の諸侯に嫁ぎ始め、それのおかげでいじめは徐々に収束していった。
そして私は気付く。
いつか私もどこかへ嫁ぐ時が来るから、この王家を出られるはず。
もうそれくらいしか私の希望は残されていないように思うし、ここから逃れる術はないのかもしれない。
そう思い、厳しい淑女教育にも耐え、18歳を迎えたのだった。
~・~・~・~・~
「今日は国賓として来ているのだ。ヘマをするなよ」
「心得ております」
隣りに立つお兄様が、釘をさすように耳元で囁いた。
今日は隣国ジグマリン王国の建国祭に、お兄様と共に国賓として招かれ、次々に王族貴族と挨拶をかわしていく。
お姉様達は皆嫁いでしまっていたので、残る王族として動けるのは私とお兄様だけ。
そんな事情から初めての他国への外遊に、少しだけ心が浮ついていたのかもしれない。
見透かすようなお兄様の言葉にドキッとしながらも、出来る限り表情を崩さないように気を引き締めながら、必要最低限の返事をした。
お兄様とはこんなやり取りしかした事がないので、特に胸が痛む事もない。
国賓なのだから当たり前だけれど、こういった夜会にはほとんど参加した事がないので、どっぷり疲れてしまっていた。
生きてきた中で一番着飾ってるものね。
それも人形のように笑顔を張り付け、同じような受け答えをする為にドレスアップしたのかと思うと、あまりいい気分にはなれなかった。
他国の王女が珍しいのか、心なしか貴族の令息の視線が熱い気がする。
正直王女らしい人生を歩んできたわけではないので、そんな視線を向けられても困惑するだけで、早くこの場を離れたくて仕方ない。
ようやく途切れた挨拶の隙を見て、お兄様に声をかけた。
「申し訳ございません、少し会場の雰囲気に酔ってしまったので、外に出てもよろしいでしょうか?」
「……はぁ……仕方ない。しかしすぐ戻るのだぞ」
「感謝いたします」
お兄様がブツブツ何か言っていたけれど構わず頭を下げ、その場を後にした。
お供に付いていくと誰かに声をかけられた気がするけれど、丁重に断り足早に庭園へと歩いていく。
そして外に出た瞬間素晴らしい庭園が広がり、一気に空気が澄んだ気がして思い切り息を吸い込んだ。
「はぁ――……やっと息が出来るわね」
独り言を言いながら庭園を歩いていると、遠くにガゼボを見付ける。
人の気配もなくこぢんまりとしていて、落ち着いて過ごせそう。
「良かった、誰もいないわ」
よく手入れされている庭園ね……ガゼボからの景色もまた素晴らしいの一言だわ。
この感動を分かち合える人がいないのが残念だけれど、私を貶めてくる人間もいないし、お兄様の隣りは緊張するので解放感に浸っていた。
すると突然ガサガサと音がした瞬間、茂みから一人の金髪の男性が飛び出してきて、面を食らってしまう。
「きゃっ」
「あ、驚かせてしまい、申し訳ございません!」
「ど、どなたでしょうか……?」
背はそれほど高くなく、少しふっくらしているのが暗がりでも分かる。
私は逃げ場のないガゼボにいて、少しずつ距離を取ろうとゆっくりと端に寄っていった。
「僕はチーフモア伯爵家の次期当主となる、モンテストと申します!」
「お名前をお教えいただき感謝いたします」
自己紹介をしてくれたのでお礼を述べた。
でも何となく、じりじりと距離を詰められているような気がするのは気のせい?
「感謝だなんて。王女殿下にそう言っていただけて嬉しいです!」
「よ、喜んでいただけて何よりですわ」
何だか鼻息も荒くなってきたような……距離もどんどん近くなってきて、ガゼボの端に寄ってしまった私は、もう身動き出来なくなっていた。
どうしたら……何もされていないのに逃げるのも失礼よね。
でも明らかに様子がおかしいわ……!
あれこれ考えている内に男性は私のすぐそばに来ていて、突然手首を掴んでくる。
「ひっ」
「あの……僕、王女殿下に一目惚れしてしまって……っ、よければ僕とお話してほしいんです!」
「お話するにしても手首を……っ!」
どんどん手首を掴む力が強くなってくる。
だんだん痛みを感じるようになってきていたわ。
モンテスト様はその事に気付かず、息を荒くしている事に恐怖すら覚える。
「僕、僕……王女殿下……!」
「やめ……っ、誰か!!」
モンテスト様が私に覆いかぶさってこようとするので、何とか声を振り絞って叫んだ。
次の瞬間。
「何をしている!」
体に響くような低く威圧的な声がしてきて、貴族令息の動きがピタリと止まる。
誰の声なのだろうとモンテスト様の後ろを恐る恐る覗き見ると、そこには今まで見た中で一番と言ってもいいほど大柄な騎士が立っていた。
月明りに照らされた漆黒の髪が揺らめき、私に迫っている男性を射殺してしまいそうな視線を送っている。
「パッカニーニ公爵閣下!!」
「大事な国賓の王女殿下に対して……国の恥を晒すつもりか?」
「ち、違います!私は、その……この王女の方から私に迫ってきたのです!!」
「な、なにを……っ!」
あまりの苦し紛れの言い訳に絶句してしまい、上手く言葉が出てこない。
公爵閣下にそんな風に思われてしまったら、たちまち我が国に伝わってしまうわ。
お母様やお父様になんと言われるか……お兄様にもあれほど言ったのにと罵倒されるに違いない。
だってあの国には私の言葉を信じる者などいないのだから……。
私は万事休すと思い、俯いて瞼をギュッと閉じた。
「私に嘘が通じると思ったか?」
閣下の言葉に思わず顔を上げる。
この男の言う事が嘘だと見抜いているというの?
驚く私をよそに、閣下は目の前の貴族令息に対して、物凄い圧を放ちながら詰め寄ってくる。
「え、あ、閣下、本当なのです!この女が……!」
「黙れ。茂みから全て聞こえていた。この私の目を見て言ってみろ」
閣下はスラリと剣を抜き、モンテスト様の首に剣を突き付ける。
そのお顔はまさに地獄の鬼のような禍々しさを放ち、この世のものとは思えない表情だった。
でも私は不覚にもときめいてしまう。
普通なら怖いと思うのでしょうけれど、鬼気迫る表情で戦場を駆け抜けるお姿が目に浮かぶようだわ。
「ひっ!!」
モンテスト様は震えあがって怯えてしまい、すぐに私から離れ、ガゼボの壁に追い詰められていった。
「どうした。気にせず先ほどと同じ事を言えばいいのだぞ」
「もももも申し訳ございません!!嘘を言いました!お許しを……!!」
閣下の突き付けている剣は首に食い込み、表情でも圧をかけられて嘘をつき通せなくなったモンテスト様は、平謝りを始めた。
でも閣下は圧を緩めず、そのまま言葉を続ける。
「ふん。我が国の恥さらしが。さっさと失せろ!」
「は、はいぃぃぃ!!!」
モンテスト様は一目散に走り去り、一気に庭園は静けさを取り戻していった。
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