《蟲喰いの庭》──腐敗と祈りの周回録
ギルドの掲示板を前に、ちび佐和子は眉間にしわを寄せていた。
その様子を見ていた赤毛の軽装冒険者ザインが近づいてくる。
「よう、素材マニアちゃん。今度はE級ダンジョンか?」
「うん、二人のE級デビュー戦。できるだけ沢山とれるところがいい」
ザインは苦笑しつつ、指を一本立てた。
「なら、ちょうどいいのがある。通称《蟲喰いの庭》
──虫と植物の温室だ。毒にさえ気を付ければ素材の宝庫だぜ」
「それ、行く!いますぐ行く!」
「おう、素材多めだから金髪の姉ちゃんはリュック新調しておけよ。
あと、探索範囲が広いから金甲冑で行くのはお勧めしないぜ」
「おっさん、気が利くじゃねーか。ありがとな」
セリアは後ろからミュリアに小突かれた。
「こら、もっとちゃんとお礼を言いなさい」
E級ダンジョン 通称:蟲喰いの庭
──腐敗と再生の温室
ガラス張りの温室に足を踏み入れた瞬間、甘く湿った匂いが鼻をついた。
熟しすぎた果実のような香りに混じり、土の奥から立ち上る微かな腐臭。
濃密な湿度が肌にまとわりつき、
足元ではカサカサと音を立てて無数の腐葉虫が蠢いていた。
「わぁ、ダンジョンって、洞窟だけじゃないんだ……」
セリアが耳をピコピコ動かしながら、きょろきょろと周囲を見回す。
「セリア、腐葉虫は踏まないように。潰すと毒が飛ぶ」
佐和子が淡々と警告した。
「えっ!? いやいやもう無理、無理だからッ!」
既に一匹踏んでしまい、足元から紫色の煙がふわり。
「わたしのブーツ……昨日買ったのに……」
ミュリアが魔力を集中し、腐敗した種に浄化術をかけると──
ポンッ
──《薬用の花種》を手に入れた!
(10粒銀貨1枚 加工すれば治療薬の素材になる)
次の区画へ進むと、天井を這うツタの間からわずかに陽光が差し込む広間に出た。
苔の絨毯が広がる足元。その中で、人間大の黒い昆虫がぬるりと這い出てくる。
背中には赤い花が咲いていた。
「佐和子様、あれは……花喰い蟲です。毒花の種を喰らい、繁殖と幻惑を繰り返す生態」
「来るよッ、花粉ッ!!」
白い霧がふわっと舞い、幻惑の瘴気が視界を濁す。
足元の苔が揺れるように見え、踏み込む感覚が狂う。
「……うわ、ミュリアが三人に見える」
「鎧を軽くしたから加護が届かない部分が出てきてるのよ。気を付けて!」
セリアはよろめきながらも斧を振り抜いた。
「金斧爆雷ッ!!」
地面を砕く衝撃波が花喰い蟲の甲殻を割る。
「弱点は打撃と冷気です」
ミュリアが触手を伸ばし、最後の一撃を与える。
──《幻惑花粉嚢》(幻惑薬の原料) 銀貨2枚
《花甲殻》(防具裏打ち素材) 銀貨5枚
《破れた翅膜》(軽装具の補強材)を入手 銀貨5枚
ボス戦:腐樹の守主
歩き続けると、天井を突き破るような巨大な聖樹に辿り着いた。
その根元で、朽ちた木の塊が軋む音と共に立ち上がる。
「……喋らない。完全に暴走してる」
佐和子が黒槍を構えた。
地面から突如突き上げる根をセリアが斧で受け、ミュリアは跳躍でかわす。
体表から噴き出す紫の霧が視界を染める始める。
「長引くと毒が躱せなくなるよーー最短で決めよう」
佐和子の黒槍が光を帯びる。
「異世界術式・浄化の滅針!」
黒い光槍が雨のように降り注ぎ、腐った根を貫いた。
「今っ!」
ミュリアがセリアの毒を解除し、斧を振り被ったセリアが核を狙って飛び込む。
「喰らえッ!!《魔斧裂旋》!!」
斧が腐根を裂き、露出した核に光が集中──
パアンッ!
守主が崩れ落ち、輝く素材が散らばる。
──《守主の核片》(高純度魔力鉱) 金貨1枚
《毒胞子の結晶》(毒耐性薬の触媒) 金貨1枚
《再生根繊維》(命の編み糸の原料)銀貨5枚 を入手。
冒険者ギルド・素材鑑定所
長机に並べられた素材を、佐和子が手際よく仕分ける。
ミュリアは魔力を通して品質を確認。
「核片は濃度が高い。ポーション精製に耐えうる純度です」
「こっちは重すぎ……!」
セリアが花甲殻を抱えて呻く。
「薄く見えて密度が高いのよ」ミュリアが即答する。
薬品調合所ではやや無精ひげの薬師が素材を検める。
「毒胞子の結晶、品質は文句なし……だが、《虫媒精核》が足りねぇ」
「虫媒精核?」
「腐葉虫が特定の再生種と共生した個体だけが持つ核だ。
希少だが、初層奥に出やすい。この時点で高級ポーション確定だ。
さらにボスの持つ《再生苗根》があれば、
最高級ポーションにして価値が5倍に跳ね上がる」
「じゃあ、もう一周行きます」佐和子はあっさり答えた。
「またブーツがベタベタに……」ミュリアがため息をついた。
掲示板前には、再探索の準備を整える三人の姿があった。
ミュリアは新しく買った防毒ブーツを履き、
セリアはくるくる歩き回りながら文句を言っている。
「……ポーション、試しに飲んでみるか。えーと、『耐毒Ⅲ・試作型』」
ぐびっ。ごくごく。
「……があっ!? な、なんだこれ、舌が痺れるぞ! 毒じゃねえかコレ!!」
「違うわよ。効き目の証」
ミュリアが虫除け呪符をセリアの肩にぺたりと貼る。
「次は、花粉耐性も強化した装備にしましょう。
佐和子様の視界を確保するため、サポート優先です」
「花粉耐性かぁ……じゃあ、斧の柄も布巻きにしておこう」
佐和子は自前の斧を見ながら呟いた。
ギルドの受付嬢フェリアが苦笑しながら声をかける。
「《蟲喰いの庭》、人気のダンジョンですが
……その日の内に周回するパーティなどおりません。
佐和子さんなら無用の心配と心得ますが、お気をつけて」
「了解、行ってきます」
佐和子は小さく手を振ると、ふたたび仲間たちと腐敗と再生の温室へと歩き出した。
蟲喰いの庭──再侵入(二周目)
再び踏み入れた温室は、ほんの数時間前とは思えないほど生気を取り戻していた。
朽ちていたツタは巻き戻したかのように伸び、虫たちはすでに新たな花を運び、
温室の秩序を再構築している。
「……ほんとに“再生”してるんだね」
佐和子は足元の苔をかがみ込み、しげしげと観察する。
「普通は一日じゃこうはならねぇぞ。なんだこの植物の生命力……」
セリアが苦い顔で呟いたそのとき──
ガサッ
「擬態型!苔じゃない!」
ミュリアの声と同時に、足元の苔がねじれ、鞭のように伸びた。
「くっそ、踏んだら負けなのほんとやめろッ!!」
セリアが跳躍で躱し、斧を振り下ろす。
だが、擬態型の虫草は斬られてもすぐに再生し、形を取り戻していく。
「生体反応は急速再生型。焼却か、完全な浄化が必要です」
ミュリアが触手を伸ばし、浄化を始めると、ようやく虫草が崩れた。
──《擬態苔の胞子嚢》銀貨5枚
《活性蔓繊維》銀貨5枚を入手。
「……あれ? 何か落ちた」
佐和子が小さな黒い珠を拾い上げる。
「──それです。《虫媒精核》金貨1枚。目的の素材」
ミュリアが頷いた。
「やったー!一発成功!!」
佐和子はにっこり笑い、核を大事そうにリュックへと収めた。
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