《第59灯:欺瞞》中層 ――嘘と血の回廊
欺瞞のダンジョンは、進んでいると信じる心すら裏切る場所。
見えるもの、触れるもの、すべてが嘘。
それでも彼女たちは進みます。
糸が、揺れた。
ただの蜘蛛の巣に見えたそれは、
ミュリアの水刃を受けた瞬間
――鋼鉄のような硬度に変わり、刃を弾いた。
「……なに、これ……」
切れたはずの糸が、震えながら空中に残っている。
見た目は脆いのに、触れた瞬間だけ殺す硬さになる。
「……嘘つきな糸ね」
マーレが義眼を光らせる。
「細く、弱く、切れそうに見える。
でも……本当の張力は、触れた者だけを裏切る」
闇の奥から、
八つの脚を広げた異形が現れた。
《欺瞞蜘蛛》
その巣は、まるで迷宮の天井そのものを覆うように張り巡らされている。
「……最悪だ」
セリアが冥斧を構える。
「このダンジョン、本物がひとつもない」
「来るよ!」
佐和子が叫んだ瞬間、
天井の一部が落ちた。
「偽装巣落とし!」
セリアが即座に跳躍するが――
落ちてきた巣の質量が途中で変化し、
岩のような重さで地面に叩きつけられる。
床が砕け、粉塵が舞う。
「見た目で判断するな!」
「重さも、硬さも、全部嘘だ!」
佐和子は絡まった糸を焼き切る。
だが、燃えたはずの糸が――途中から燃えなくなる。
張力が変化し、炎すら弾いたのだ。
「鬱陶しい……!」
マーレの義眼が、
糸の真実の張力を捉える。
「今よ! 実体化した部分だけ――!」
「シア・ルイン」
光弾が走り、
見えないはずの糸が、音を立てて裂ける。
蜘蛛が甲高い悲鳴を上げ、
崩れ落ちた。
■ ドロップ素材
《欺瞞糸》
《重軽繭》
「重量と張力が変わる素材……使い道が難しいな」
「この重たい糸を持って歩くのかよ」
セリアが苦々しく言う。
だが、その時だった。
「……階段が、ない?」
あったはずの次の階層への通路が、消えていた。
「一部構造を解析したけど、ここに元々階段はなった。
進もう」
「白蜘蛛の探知範囲を広げます」
責められるように感じたミュリアが前に出た。
進んだ。
確かに進んだはずだった。
だが――
「……この柱」
佐和子の足が止まる。
「さっきも、ここを通った」
壁の亀裂、天井の裂け目、
床の欠け方――
完全に一致している。
「とっくに10階層のはずだ」
「同じフロアを回らされてる?」
その答えは、影の中から現れた。
《虚王の影兵》
人型の兵士。
だが、その実体は影だった。
本体のように見える身体は、
ただの光学的な嘘。
床に落ちる影の方が、実体を持っている。
「……来るわよ!」
影が伸びた瞬間、
セリアの足元で刃が炸裂した。
《影踏み裁断》
影を踏んだ場所から、斬撃が発生する。
「影を避けて動け!」
だが影は、壁に、天井に、床に――
どこにでも広がる。
さらに、足元が突然重くなる。
《影鎖》
「くっ……!」
マーレの動きが止まる。
影が、鎖のように彼女の脚を縛っていた。
「マーレ!」
佐和子が黒槍で影を切り裂く。
「浄化の光」
光に照らされた影が歪み、
兵士たちが次々と崩れ落ちていく。
最後に残ったのは、黒い布のような素材。
【ドロップ素材】
《虚影布》
「……これ、王都が欲しがりそう」
ミュリアが小さく呟く。
影兵を倒したあと、
階層階段がせり上がってくる。
だが――
「これも……おかしい」
佐和子が周囲を見回す。
「同じ階層みたいだ」
柱も、壁も、
さっきの階層と寸分違わない。
「……階層が進んでるように見せて」
「同じ場所を、違う番号で回してる……?」
マーレの義眼が、
このダンジョンの嘘の構造を捉え始めていた。
《欺瞞》は、空間そのものを偽装している。
「昔、怠惰のダンジョンでもループ回廊はあった」
「その時はどうされたのです?」
「ん、生成が追い付かない速度で走り抜けた。
ミュリアが転んだ」
「恥ずかしいからやめてくださいっ」
「随分、昔のことみたいに思えるな、取り敢えず歩こうぜ」
第20層。
影が、また現れた。
同じ装備、同じ立ち姿、同じ殺意。
《虚王の影兵》
「……またかよ」
セリアが舌打ちする。
「同じ様で、
毎回弱点は変わるから結構手ごわいぜ、こいつ」
10層前と、まったく同じ配置。
同じ影の伸び方、同じ攻撃の癖。
「でも……幻影じゃない。
同じだと信じた冒険者が死んでいく」
マーレの義眼が淡く光る。
「素材をきちんと回収出来ている。
階層が進んでいるという表示だけを変えて、
同じ空間をループさせている……」
つまり――
罠の回廊を一歩も抜けていない。
「回廊の構造は正しい。かなり高度な仕掛けだね」
佐和子は断片的に読み取れるパーツを組み合わせていく。
「殺されるまで、ここを回らせる気か」
影兵を撃破したあと、
わざと残した虚影布すら、さっきと同じ場所にあった。
同じドロップ素材が並ぶ。
完全な再現。
そのときだった。
「……天井」
マーレが立ち止まる。
義眼が捉えたのは、
ごく微かな――赤い滴り。
ぽたり。
床に血が落ちた。
「……上に、何かある」
セリアは、冥斧を振りかぶった。
「誇りのダンジョンからお前のことは信じると決めている。
――ぶち抜くぞ」
轟音。
天井の石と偽装された壁が砕け散り――
大量の“もの”が、降ってきた。
鈍い音。
骨が砕ける音。
鎧が床に叩きつけられる音。
冒険者たちの遺体。
何十体。
何百体。
回廊の上に隠され、
失敗者として積み上げられていた死体の山。
腐臭の中に、まだ新しい血の匂いが混ざっていた。
――つい最近まで、生きていた者がいる。
「……ここか」
佐和子が、鼻を押さえながら呟く。
「このダンジョンの、ほんとの階層」
ミュリアが膝をついた。
「……ごめんなさい」
名も知らぬ冒険者たちに、小さく祈りを捧げる。
セリアも斧を地面に突き立てる。
「……無駄死にじゃない。
あんたたちの死で、道が見えた」
マーレは、遺体の影を踏まぬよう慎重に進み、
佐和子の背を見た。
「……行きましょう」
佐和子は、
血と死体に濡れた壁を登っていく。
その奥にあったのは、巨大な円形ホール。
床には、
今までの回廊の偽物が映るような黒い鏡面。
そして、玉座のような影の上で――
一人の男が、拍手していた。
「ははは……見事だ」
長い髪、歪んだ笑み。
《欺瞞の王:カリオン・メロイ》
「いやぁ、久しぶりだよ。
ダンジョンを壊す発想を持つ冒険者に会うのは」
その背後には、
無数の回廊の映像が揺れている。
無限のループ。
無限の失敗。
無限の死。
「さあ……君たちは、
どこまで真実に辿り着けるかな?」
欺瞞の王は、
愉快そうに、笑っていた。
ループ構造と死体天井、ようやく王の間まで辿り着きました。
欺瞞の王カリオン、次回本格戦闘です。




