《59灯:欺瞞》選ばれる器 ──信じた瞬間、敗北が始まる
王との謁見、佐和子たちは次なる選択を迫られる。
──昼、王城最奥、陽光の差す《謁の間》。
白磁の床に刻まれた帝国紋章が、
静かに光を反射していた。
帝国紋章の中央で、リアステ帝国王《アウル=フェイン》は
静かに玉座に腰掛けていた。
重厚な沈黙の中、佐和子たちは一列に並ぶ。
「……かくして」
アウル王の低い声が、広間に響いた。
「断章の一つ、《第41灯:誇り》は静まった」
報告を終えたミネルファの前で、
王はゆっくりと立ち上がる。
「汝らの働き、誠に尊い。
とりわけ霊道卿よ──我が帝国に、光をもたらした」
玉座の段を降り、
王の視線が、まっすぐ佐和子を捉える。
「教義では灯の器とは女神の再来。
祈りを媒介として、世界寿命を司る存在」
――そう、伝えられてきた。
「だが、聖女ミネルファは否定した。
そなたは、祈ったことなどないそうだな」
広間の空気が、わずかに張り詰めた。
「帝国は、霊道卿の意思を尊重する」
王は、問いを投げる。
「次なる煩悩に立ち向かう意思は──
まだ、汝にあるか?」
佐和子は一歩、前へ出た。
「……うん」
静かな声だった。
「ただ、私は自分の意思で決めるよ。
ここにいる仲間達も一緒」
謁の間が、完全な静寂に包まれる。
次の瞬間──
王の口元が、わずかに緩んだ。
「よい」
「その言葉は、まさに冒険者だ。
……いや」
王は言い直す。
「世界中の希望だ」
そのとき、横から一歩進み出た影があった。
帝国宰相、カンメル・ファルン。
「……霊道卿。自由なお方だ」
丁寧だが、温度のない声。
「ですが、今のはアウル王の寛容さに感謝すべきだ」
佐和子は視線を逸らさず答えた。
「嘘は付けないよ」
「……ふむ」
カンメルは短く頷く。
「では現実の話をしましょう。
霊道卿の次なる任務は、すでに候補が挙がっています」
「任務?」
「失礼、霊道卿ではなく、
灯の器様として、ぜひご協力いただきたい」
宰相の背後、
幻灯に二つの名が浮かび上がる。
《第47灯:信仰》
《第59灯:欺瞞》
「いずれも信仰密度の高い領域。
一筋縄ではいきません」
セリアが小声で呟いた。
「……名前の時点で嫌な予感しかしねぇ」
「帝国は信仰国家であると同時に、現実主義です」
カンメルは淡々と続ける。
「世界寿命を延ばせる存在を、
遊ばせておく余裕はありません」
佐和子は、黙って聞いていた。
称えられ、守られ、
同時に使われる。
それが、この国の誠実さだと理解はしていた。
それでも――
どこか、胸の奥が冷えるのを、
佐和子は否定できなかった。
視線の端で、
聖女ミネルファがわずかに眉を伏せる。
彼女は何も言わない。
その沈黙は、是でも否でもない
ある種の確認のようだった。
「我々はあなたを国賓として扱うつもりはありません」
カンメルはそう言った。
「ただし、冒険者に対する命令もしない」
王が、最後に告げる。
「帝国は、汝の選択を委ねる」
「だが選んだ以上、責務は果たしてもらおう」
佐和子は、静かに頷いた。
「……なんだか、息苦しいね」
ミュリアが、何か言いかけて、
それでも言葉を飲み込み、
心配そうに佐和子を見守っていた。
◇ ◇
帝国中央軍本営
第六作戦会議室
《欺瞞任務・突入前ブリーフィング》
白磁で整えられた会議室。
床には軍用陣営図、
壁には国家紋章と魔術拡音具。
今度はミネルファもレアも来なかった。
A級ダンジョンを四人で攻略させようとしているのだ。
正気の沙汰と思えない。
佐和子たちは、
帝国軍将校に退路を塞がれる形で立っている。
「対象はA級浸食ダンジョン《第59灯:欺瞞》」
青年士官が淡々と告げる。
「過去、帝国偵察部隊を含め三部隊が突入」
「生還者は二名。
うち一名は自我の統合喪失により、記憶抹消処理済み」
ミュリアが息を呑む。
「出現地点は、旧ドリス山修道区」
「かつて嘘の神託により、
民衆暴動と大量処刑を招いた禁忌の地です」
「……おい」
セリアの声が低くなる。
「なぜ、他国から来た冒険者だけに攻略を押し付ける」
士官は続ける。
「このダンジョンは人数の問題ではないのです。
倒せば終わる類のものでもありません」
一拍。
「仲間を信じた瞬間から、敗北が始まります」
沈黙。
佐和子は、黒槍に手を置いた。
「……つまり、精神攻撃が主体ってこと?」
「私の言うことも信じないでください」
士官は言った。
「全ては疑えるかどうかです」
その言葉と同時に、
会議室の灯が、わずかに揺れた。
佐和子は小さく息を吸う。
《誇り》を越え、
次に待つのは《欺瞞》。
入口で待つ不穏な宰相カンメル。
攻略の一歩が、今、踏み出されようとしていた。
帝国で受けた信頼と重圧。
任務の難易度は高くとも、次なるダンジョンに向かう佐和子たち。




