信じたい弱さ
帝国での滞在の中、佐和子たちは次なる選択を迫られます。
結晶に秘められた違和感と、それぞれの想いが交錯する回です。
帝国の宿屋で、ひとときの休息を取る佐和子たち。
ノクスがこの結晶を渡してきた以上――
簡単に合流できるとは思えなかった。
手のひらに収まる青い結晶は、
ノクスの魔力と同質の色を帯びていた。
胸の奥がざわつく。
「……帝国は、私たちを試してる」
佐和子は、ぽつりと呟いた。
「トロンたちの無事が確認できたら、
本当はすぐにでも離れるべきだった。
でも――」
視線が、結晶に落ちる。
「ノクスが、わざわざダンジョンで素材を集めてまで、
私たちにこれを渡したってことは……」
セリアが腕を組む。
「帝国の中に、何かあるってことだろ」
「うん。たぶん……聖女ミネルファが関わってる」
誰も、否定しなかった。
空気が少し重くなったところで、ミュリアが手を叩く。
「とにかく、一度アイテム整理をしましょう。
このまま謁見に行くのは危険すぎます」
「今、残ってるのはこれだけだ」
セリアが床に並べた。
・倦怠の枕石
・ドリームロータスの蜜
・将軍ルアの義眼
・将の誓剣
「……ほんとにそれだけ?」
ミュリアが疑うように見る。
「持ち歩けないドロップ素材はどんどん売れって、お前が――」
「簡単に妹を売らないでください!」
双子が言い争う横で、マーレが淡々と口を挟む。
「倦怠の枕石とドリームロータスの蜜は、
不眠症の貴族相手に高値で売れます。
セットで金貨五百枚は固いですね」
「五百!?」
セリアが目を剥く。
「将軍ルアの義眼とセイグリッドは、どちらも希少品。
実用性も高い」
マーレが手帳に記録していく。
「……それ、私の役目だったのに」
ミュリアがぶつぶつ言いながら、隣に座る。
佐和子は、そっと義眼を手に取った。
「……これ、なんだか視界が広がる感じがする」
右目に近づけた瞬間、淡い青い光が宿る。
「幻視耐性、誇り属性ダメージ軽減……精神干渉系に強いね」
「さっちゃん、片目が青くなってるぞ」
セリアが笑う。
マーレはセイグリッドを軽く振る。
「幻影斬撃付き……私の執着の刃と相性が良さそうです」
「さっちゃんの光輪と組み合わせれば、
誇り系の敵に特効ですね」
「ミュリアの式神を強化するのもありだぜ。
白蜘蛛の索敵と攻撃力が相当あがる」
「確かに、自己否定のダンジョンでは随分役に立ちました」
ミュリアが頷く。
佐和子は小さく笑った。
「ありがとう。
でも、これはどちらもマーレに付けてもらおうと思う」
その言葉に、三人は一瞬だけ目を合わせた。
「マーレ、背中を見せて」
佐和子が静かに言った。
「それは…」
「いいから」
マーレは銀色の艶やかな髪をかき上げ、胸のボタンをはずした。
背中に埋め込まれていた6片の煩悩結晶は4片が砕け、
背骨に沿って深い亀裂が走っている。
「『自己否定』の煩悩結晶が浄化された跡。
もう、以前の様に執着の力も使えないはず…」
「ですが、また暴走してしまうと思うと…」
「『誇り』の煩悩はマーレと相性がいいの。
逆に『自己否定』は最悪だった」
佐和子が続ける。
「きっと、A級ダンジョンにはマーレの力が必要になる。
私達の信頼の証として受け取って」
「はい」
マーレの顔がほころんだ。
「リステア帝国はドワーフ製武具も有名です。
資金は……白金貨四十枚以上ありますから、
揃える余裕はあります」
「いくらでも買えるな」
セリアがにやりとする。
「だめ」
佐和子が両手を振った。
「お金は大事」
「急にどうした?」
「このお金は……
冒険者が安心して帰れる国を作る王様に使うの」
「トロンか?」
「違う。
国じゃなくて冒険者のことを第一に考えて、
私たちを道具として見ない人」
一瞬、沈黙。
「……そんな王様、どこにいるんだよ」
セリアが苦笑する。
「まだ、リステア帝国の王様には会ってないから。
それから決めても遅くない」
三人の視線が、どこか痛ましげに佐和子に向けられた。
ミュリアが、静かに言う。
「……さっちゃん。
その人を信じたら、たぶん一番傷つくのは、あなた」
「それでも、きっと、どこかにいる」
人を、信じたい。
それが――彼女の、いちばんの弱さだった。
次話はいよいよ帝国中枢との接触編です。お楽しみに。




