祈りの回廊と聖女の微笑み
佐和子と仲間たちは、新しい歩みの一歩を踏み出す。
断章ダンジョン《第41灯:誇り》の崩壊を前に、
帝国軍は迅速に後退を開始していた。
だが、佐和子たちにはまだ少しの猶予があった。
その夜、仮設野営地の静かな一角。
マーレは一人、焚き火の前で膝を抱えて座っていた。
珍しく、艶やかな笑みも、気取った口調もなかった。
その姿を見つけたミュリアが、静かに近づく。
「……火、消えてしまいますよ。
もう少し薪を足しましょうか?」
マーレは一瞬だけ顔を上げ、ふっと息を吐いた。
「いえ。……このままで、いいんです」
「断章ボスを許さなかったこと、悔いているのですか?」
「……昔の私は、あんな風に戦いたかった。
命を懸けて、誰かを背負って、
誇りのままに散るような、立派な死に様を」
マーレは少し笑った。
「でも、それって
──自分の生を諦めていただけなのかって」
言葉が落ち着いていたのは、
もう自分自身に嘘をつく必要がなかったからだ。
「マーレは、考えすぎ」
ふいに、背後から佐和子の声がした。
「死にたがってる人の顔って、もっと苦しいから。
今のマーレは──生き方を探す人の顔になってるよ」
マーレは、少しだけ唇を震わせた。
「……灯の器のあなたに、そんな風に言われたら、
誰も逆らえませんわね」
「さっちゃんて呼んで」
「……お前、今日の戦いの中で一番冷静だったな」
木陰から現れたセリアが、焚き火の向こうでマーレを見据える。
「お前、仲間としてどうなのかって、
正直ずっと思ってた。でもさ──」
セリアは腰を下ろすと、短く言った。
「……私じゃ出来ないことをやってくれた。
ーー嫌な役目だった」
「それは……感情的過ぎますわ」
「うっせえ。そういうのが仲間ってやつなんだよ」
沈黙。
マーレは俯き、火に照らされた手を見つめる。
「私……ここにいていいんですね」
「マーレさん。私から一つ、お願いがあります」
ミュリアが、そっと差し出したのは──
「冒険者ギルドでは、特定の登録手続きをすれば、
一から冒険者をやり直せます。
もし、これからも共に歩んでくださるのなら……」
「……あらあら。これは……お堅いお誘いですこと」
マーレは目を伏せ、微笑んだ。
「……いいえ。いただきますわ。
今度こそ、約束は守ってみせます」
その夜、マーレは夢を見る
──断章ボス《ルア・ラヴェルド》の幻影が、
深紅の戦場に立っている。
首を脇に抱えたままの姿で、
義眼落ち、空洞になった眼窩を向ける。
「お前は、私のようにはなるな。
“誇り”とは、誰かに託された時だけ、本当の力を持つのだから」
「……ええ。わかっていますわ」
夢の中のマーレは、かつてのティルク軍服を脱ぎ捨て、
新しい衣装を纏っていた。
◇ ◇
リアステ帝国 宮廷区・祈りの回廊
――帝都リアステ・王宮の東側、
民の立ち入りが許されぬ神聖区域。
煌びやかな装飾と静謐な祈りの気配が満ちた
「祈りの回廊」にて、佐和子は一人、通された。
「ようこそ、灯の器さま」
声をかけたのは、白衣の聖女。
銀糸の刺繍が入った聖衣を身にまといながらも、
その表情はどこか芝居がかっていた。
「今日は、公的な命令でも、任務報告でもありません。
これは、私の願いで、あなたに時間をいただいています」
ミネルファは、
回廊の一隅に設けられた石造りのベンチを指し示す。
「どうか、ただ佐和子さんとしてお話させていただけませんか?」
佐和子は黙って頷き、彼女の隣に腰掛ける。
「あなたの祈りは、世界寿命を延ばす。
でも、それは灯信仰とは、少し違うように見えるのです」
ミネルファは遠くの光に目を向ける。
「女神を否定されるあなたは、
誰のために祈っているのですか?」
「……私は最初から祈ったことなんてない。
灯の方が私に吸い寄せられてきた」
佐和子は静かに、確信を持って言った。
「誰かを救いたいとか、奇跡を起こしたいとかじゃなくて、
ただ、それができるからやってるだけだよ」
ミネルファは一瞬だけ、言葉を失う。
「では、あなたにとって祈りとは、義務なのですか?」
「……求められてやるもんじゃないよね、
だから、私は旅を続けている。
自分の好きなように生きようって」
「それは、とても強い。でも、とても危うい」
ミネルファは目を伏せる。
「人々は、あなたのその結果にすがりつくようになる。
存在しない女神ではなく、あなたという存在に。
信仰は本来、誰かに依存するものではないはずです」
「……」
「それとも、女神を受け入れるのですか?」
「私は空っぽなんだ。
昔のことは何も思い出せない。
でも、今は満たされている」
佐和子は、そう言って目を細めた。
「今の形を壊したくない、皆でダンジョン探索して笑い合って
その結果、灯が集まってくる」
ミネルファはその言葉に、しばし沈黙したあと、小さく笑った。
「……それがあなたの答えなのですね。
女神でなく、魔王が喜びそうなお話ね」
その微笑みの奥に、一瞬だけ影が差した。
「ずっと、何かを探っていた。白衣の聖女と聞いたけど
闇の方がずっと深い」
「お互い様でしょう。改めて、歓迎いたします。
リステア帝国へようこそ」
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