女神ではない佐和子と、滅びを見届けるエルフ
昼過ぎに一人の冒険者が駆け込んでくる。
「大変だ! F級グレムリンのダンジョンから……ボスがいなくなった!」
フェリアは緊急依頼書を作りながら、眉間に深い皺を刻む。
昨日の隠し部屋の報告、王宮からの騎士団長の突然の来訪、そして消えたボス。
胸の奥で、ありえない推測が浮かぶ。
――まさか……創世の女神なの?
だがすぐに、頭を振って打ち消す。
まだだ、確かめねばならない。
**
その日のF級ダンジョン探索時。
「シア・ルイン」
ミュリアの触手がしなり、そこから放たれたのは――
いつもの金色の熱線ではなかった。
蒼白く、魂をなぞるような静かな炎の奔流が、
大ムカデの頭部を無音のまま貫く。
じゅう、と肉が焼ける音。
巨大な胴体が、砂のようにゆっくりと崩れ落ちた。
「す、すいませんっ……また素材を……無駄に……」
しゅんと肩を落とすミュリア。
だが佐和子は首を横に振り、にこにこと笑った。
両手で、ぽんとハートを作って。
「大丈夫。今の一撃……魔力の純度だけで発射されてた。
ミュリア、ちゃんと成長してる」
「……ありがとうございますっ」
いつもより少しだけ、ミュリアの頬が誇らしげに色づいた。
「佐和子様のおっしゃっていた、大気中の魔素を取り込むという意味……
だんだん、わかってきました」
「うん。あともう少しだけ魔力を収束できれば、ちゃんと“光線”になるよ」
佐和子は散らばった素材を拾い集めながら、空を見るように呟いた。
「なあ……今ミュリアがやったのって、
もしかしてとんでもなく高度な技術じゃないのか?」
セリアがぽつりと言うと──
佐和子はくすっと笑い、指を立ててセリアの口元にそっと当てた。
「──今日で丁度2人も昇格のはず、
明日からはE級ダンジョンの探索に切り替えよう」
**
ギルドの受付カウンターで、いつものように大ムカデの殻を差し出す。
「あのっ、今回はダンジョンに異常はありませんでしたか?」
フェリアが勢い込んで訪ねてくる。
「いつも通り、そして、今日で二人がE級昇格のはず」
「はい、それはもちろん。手続きさせて貰います」
フェリアは幾分ほっとしながら、佐和子たちから受け取った素材を、
手際よく確認を始める。だが、すぐに手が止まった。
「……あれ?これ、ちょっと焼け焦げてるわね」
フェリアは眉を寄せながら、大ムカデの頭殻を慎重にひっくり返した。
焦げ跡の縁に、微かに青白く燐光する魔力の痕が見える。
「この魔力残滓……。私たちエルフの術式によく似ている……いえ、これは……」
彼女の目が鋭くなる。鑑定の術式を重ね、光る残滓に指先で触れる。
「うそ……この波形、明らかに異世界術式由来よ。
精霊契約式や具現展開型に近い反応が……」
その言葉に、ミュリアがこくりと頷いた。
「はい。あのとき、私が使ったのは《シア・ルイン》という魔力発射術式です。
触手から直接変換・照射するタイプで、魔具の補助は使っていません」
「……え? それ、完全に自力で?」
フェリアが目を見開いたとき、佐和子が前に出て素材の袋をずいっと押し出した。
「詮索無用」
淡々とした口調に、フェリアが戸惑いの笑みを浮かべる。
「えっ、でもこの反応は研究対象にも──」
「一つだけ言っておく。“似ている”のではない。
あなたたちが、異世界術式の“残響”を模倣しているだけ」
静かな声に、空気が一瞬ぴんと張り詰めた。
フェリアは黙り込み、素材袋をそっと引き取ると、深く息を吐いて口元を整えた。
「……はい。確かに。素材の引き取り、確認しました」
佐和子はにっこりと笑ったが、その目は笑っていなかった。
「どうか、後でお時間を取っていただけませんか?
その際、お二人のE級ギルドカード引き渡しもいたします」
フェリアは、これまでの冷静さをかなぐり捨てて、
出て行こうとするちび佐和子の手を取った。
「クレープ奢ってくれるならね」
それだけ言って、佐和子は振り返らずに歩き出す。
「あなた達は先に宿に戻っていい」
「でも…」
「私ひとりの方がいい」
「かしこまりました」二人の猫耳メイドは後ろ髪ひかれながら、ギルドを後にする。
業務時間終了後、フェリアは彼女と待ち合わせをした。
**
「私達エルフは……ダンジョン探索を続けて、
古代の遺跡から術の取得や新たな知識を得てきました。
時に命を落としながら、過去を漁るようにして……」
フェリアは深く息を吸い、言葉を選ぶように続けた。
「私達が“異世界の水準”に達するには、特異点をあと二回、
超えなければなりません。けれど
――その先にも“滅亡”があると、巫女は予言しました。
――絶望でした」
「……他の種族はいいのです。滅びの時には老いて眠るように果てられる。
けれど、私達エルフは違う。百年先の滅亡でも、ほぼ全員が生きたまま、
それを見届けねばならない」
「長老は、新たに子供を作ることを禁じました。“未来を用意してはいけない”と」
「そして、私はーー」
「あなたは受付嬢のフェリア」
言葉を最後まで言わせずに、佐和子が遮る。
フェリアは虚を突かれ、目を伏せて息を吐いた。
「……あなたとは、価値観が合わないのだと思います」
「それは、よく言われる」
佐和子は出てきたクレープをもぐもぐと口に入れていく。
(紅茶はおごってくれないのね…)
「私は……ダンジョン探索を“義務”としてきました。でも、あなたは――」
「楽しんでいるよ。危険もあるけど、それを超える好奇心がある。
行って、見て、確かめて……そういう生き方が私には合ってる」
「あなたは……女神佐和子ではないのですか?」
「その問いには、違うとしか答えられない。私は、ただの佐和子」
「でも――」
佐和子は手のひらを開き、虚空に火の気配をふっと浮かべる。
炎は明滅し、まるで呼吸をしているかのように形を変える。
「……今後、一切詮索しないって約束してくれるなら。
魔術の“実演”くらいは、見せてあげてもいい」
ブックマークや評価が、この物語を最後まで紡ぐための大きな力になります。
ぜひ応援いただけると嬉しいです。