《第41灯:誇り》―幻視領域《将の記憶》
古戦場がダンジョンとなり、
“誇り”だけが残された兵士たちが彷徨う場所。
佐和子は戦いたくなかった想いに、静かに向き合う。
風が鳴いた。
《第41灯:誇り》B級浸食型ダンジョン
砂を巻き上げる突風が、ひしゃげた戦旗の残骸を揺らす。
ここは――《ラヴェルト古戦場》。
軍事要塞に酷似した再構成構造を持ち、
戦塵に包まれた陣地型フィールドが続く。
数百年前、帝国と連邦が最初に刃を交えた地。
勝者の誇りと、敗者の怨嗟が、
いまだ土の奥底に沈みきらず、燻り続けている。
戦塵にまみれた広大な荒野の中央に、
地面そのものが裂けたような巨大な亀裂が口を開けていた。
佐和子は黒槍を握り、静かに息を吸った。
「戦場そのものが……ダンジョン化しているとは」
マーレが小さく息を吐く。
地面は濁った赤茶に染まり、
刃や盾、砕けた骨の残骸が不規則に突き刺さっている。
セリアが一歩踏み出す。
靴底で、乾いた音が鳴った。
「……これ、全部。過去に死んだ兵士の遺物か」
「記録によれば、この地で四万の将兵が命を落としました」
帝国騎士レアが、感情を抑えた声で告げる。
そのとき――
巨大な亀裂の中央で、黒く焦げた戦旗が、風もないのに揺れた。
次の瞬間。
地面が、鳴動する。
全員の視界が一瞬、まばゆい金色に包まれた。
ダンジョン浸食:栄光の戦場
気づけば、彼らは戦場の“真っ只中”に立っていた。
「……ここは?」
セリアが振り返る。
背後には、連邦旗を掲げた大軍勢。
その周囲で、かつての将兵たちの姿が、
幻影のように揺れている。
「……まるで、過去の栄光を再演してるみたい」
ミュリアの言葉通り、ここは
“誇り高き過去の幻影”を実体化して再生する空間だった。
だが――
幻影の将兵たちの顔は、すべて仮面のように空虚だった。
名もなく、意思もなく、
ただ「勝利の姿」だけをなぞる存在。
「……誇りだけ残して、“誰だったか”を忘れたのか」
セリアが低く呟く。
その瞬間、幻影の一体がこちらを向いた。
――次の瞬間。
全軍が、一斉に武器を抜いた。
「敵対認定!? なぜ!」
「あなた方帝国兵を過去の戦になぞって、
侵入者と見なしている
つまり、戦闘開始です!」
マーレの声と同時に、前線が爆ぜた。
帝国軍装甲兵が前線を固め、
背後でマーレとセリアが陣形を整える。
中央で、淡い光輪が浮かび始めた。
「……来ます」
ミュリアの声が震えた直後、地面が割れる。
――立ち上がったのは、鎧を纏う亡霊たち。
幻影の将兵達はただの霊体ではない。
鎧そのものが呻き、盾が低く唸っている。
『われらは……誇りを棄てぬ――』
幻声が空気を震わせた。
帝国兵が一斉に魔導射撃を開始する。
だが弾丸は、亡霊に触れた瞬間、霧のように消えた。
「霊体特化弾が……通らない!?」
レアが即座に射撃停止を指示する。
佐和子は、一歩前に出た。
「……誇りを失ってないんだ。
だから、まだ“終われないと言っている」
「どういう意味です、霊道卿」
「誇りって、たぶん“戦う理由”。
サンヴォーラでも、同じ灯を見た。
ここに縛られ続けているんだよ」
黒槍に、灯が宿る。
足元に淡い光が広がり、
花弁のような浄化陣を描いた。
「――《花弁浄化・(ペタル=カサースィス)》」
光が広がると同時に、亡霊たちが揺らぐ。
怒りでも嘆きでもない。
どこか懐かしい、“思い出の色”。
『……われらは……戦いしか、残っておらぬ……』
佐和子は、そっと目を細めた。
「ううん。そんなことない。
きっと、誰かを守るために剣を振るったんだ」
槍を掲げ、想いに寄り添う。
「それは、もう誇りじゃない。
……“祈り”なんだよ」
光が、咲いた。
亡霊の鎧が砕け、砂風に溶ける。
誇りは形を変え、淡い灯となって空へ昇った。
古戦場に、静かな風が戻る。
帝国軍副司令バルゼが、砂塵を踏みしめ近づく。
「……亡霊を、殺さずに鎮めたか。
ミネルファ様が出迎える理由も分かる」
佐和子は黒槍を下ろし、一息つく。
すでに10を超えるダンジョンから灯を受け取った
佐和子は力を使うと光輪の欠片が浮き出るようになっている。
それは、バルゼに否応なしにこの世ならざる者を意識させる。
「私はただ、
戦いたくなかった人たちの代わりに、
終わりを見届けただけ」
聖女ミネルファが、静かに目を伏せる。
「《ラヴェルト古戦場》……浸食ダンジョンをフィールドごと鎮静。
これが……魔王に届くかもしれない力」
だが、佐和子にはわかった。
ダンジョンの深層で
“何かが、こちらに向かってきている”。
「まだだよ。
溢れた亡霊を浄化しただけ。
――断章ボスが来る」
その瞬間。
空の色が、変わった。
風が焼けていた。
空は、泣いているように赤い。
――あれが、煩悩の将軍。
ルア・ラヴェルド。
重く、熱い魔力が肌を刺す。
「前方、再度煩悩兵!
鎧型・構造不明戦闘体多数!」
セリアとマーレが地を蹴る。
「行くぞマーレ、左右からぶち抜く!」
「貴方に指図される筋合いはございません!」
幻影兵は倒れても即座に再構成される。
「今度は煩悩の残像……魂はない。浄化は不要」
マーレが詠唱に入る。
「ミュリア、合わせなさい。
《静穏縛鎖》――再構成遅延術式!」
淡い光が地を走る。
ミュリアは咄嗟に術式を捻じ曲げる。
「白蜘蛛召喚、《ヴァルミリオン・ルイン》!」
白蜘蛛の触角を伝い、渦を巻いた紫炎が幻影兵を
薙ぎ倒しながら道を切り裂く。
その奥。
巨大な馬に乗った誇りの塊が、紫炎を二つに割り、
嘶きが戦場に響き渡った。
「我が名は、将軍ルア・ラヴェルド。
勝利の誇り――いまだ消えず」
再び空気が裂ける。
次の瞬間、
戦場に選ばれし者が結界に封じ込めらる。
空がねじれ、
誇りの記憶が嵐となってダンジョンの浸食が広がった――。
次はいよいよ、断章ボスとの本格的な対峙です。




