帝国プロローグ
まだ構想中ですが、PV増えているので1話だけでも
更新させていただきます。
崩れた岩の山をかき分け、
トロンたちはようやく身動きを確保した。
砂埃はまだ視界を曇らせ、
胸の奥まで灰を吸い込むような重さがある。
「……セリア達とはぐれてしまった。無事だといいが」
アントニオが王
――トロンを背から降ろし、周囲を警戒する。
ディレクは崖を見上げ、剣を握りしめた。
「戻るぞ! 敵と遭遇してるかもしれねぇ!」
「待て。ここもあまり楽観できない」
トロンが指輪を見せた。
いくつもある魔法の指輪のうち、
一つが砕け、光の粒がこぼれる。
「“感覚の指輪”だ。最後に巨大な魔力を感知した。
……この崖崩れは、巻き添えだ」
空気が凍りついた。
そのとき――
砂がふわりと舞い、風の流れが逆転する。
少年が、一行の前に立っていた。
「心配しなくていい。女神は無事だよ」
一拍遅れて、ディレクが叫ぶ。
「てめぇ! 俺たちを生き埋めにしようとしたのはお前か!」
鋭い剣閃。だが少年の体はぶれるように動き、
ディレクの背に蹴りを叩き込む。
「がっ……!」
勇者が砂を吐きながら転がる。
「今世の勇者はこの程度? B級上位、といったところだね」
「アントニオ! 加勢しろ!」
「俺の役目は王の護衛だ。忘れるな」
アントニオは少年を楯越しに睨みつけ、
声の揺れを抑えるように問いかけた。
「……目的はなんだ?」
少年は肩の力を抜いたまま答える。
「僕の“女神”が帝国へ向かおうとしている。
帝国の巫女は少し特殊でね。君たちに同行したい」
「同行だと?」
警戒しながら、トロンは少年の瞳を凝視する。
アントニオは盾を前にわずかに間合いを詰める。
「俺にはエラフ公国に帰還して報告すべき任務がある。
霊道卿の信頼も得た。連邦の内情も把握した。
ここでのミッションは完了だ」
「なら帰ればいい。そこの王様の指輪を使って」
少年は淡く笑う。
アントニオの気配が一瞬荒れ、低く唸る。
「――帰還の指輪は使い捨てだ。
遺跡迷宮で命を賭して手に入れた。安易に使えるものではない」
少年の青い瞳がわずかに細くなる。
「君はA級上位に手が届きそうだね。
エラフ公国は良い駒を持っている」
その口調は挑発ではない。観測。分析。断定。
「僕はノクス。“魔王の感覚の残滓”だ」
一瞬、誰も声を出さなかった。
「……聞き覚えがない名だな」
トロンが呟くと、少年は肩をすくめた。
「それでいい。僕の名は、記録より影の方が多い」
ディレクが苛立ちを押し殺しきれず叫ぶ。
「アントニオ! こいつと話してる場合か!
もう一度やれば当てられる!」
「黙れ!」
アントニオの怒号が鋭く空気を裂いた。
普段冷静な聖騎士の声音に、
ディレクは反射的に言葉を飲み込む。
「……俺はすでに三度、こいつに切りかかろうとした。
その瞬間、判断が止められた。
殺到する魔力に、体が勝手に警戒を優先した。
――この若さでこれほどとは、化け物め」
ノクスは淡く微笑む。
「僕はこの“状態”で存在を定義されているからね。
実体より概念が強い」
その言葉の意味を測りかねつつも、トロンは問うた。
「……君が言う“女神”とは、佐和子のことか」
ノクスの青い瞳がひらりと光る。
「そう。彼女はまだ気づいていない。
自分が何を背負っているのかを」
崩れた岩の表面に淡い幻影が浮かぶ。
黒い霧の中を歩く佐和子の姿。
「佐和子――!」
トロンが一歩踏み出すが、アントニオが腕を掴む。
「触れるな。実体を持たぬ幻術だ。精神干渉まで孕んでいる」
幻は霧が散るように溶ける。
ノクスは淡い声音で続けた。
「安心して。僕は彼女を害するつもりはない。
ただ――僕が案内しなければ、彼女は“魔王”に敗れる」
空気が張り詰めた。
「魔王……?」
ノクスは頷く。
「帝国の地下に封じられたS級ダンジョンに巣食っている。
女神の器がそれと共鳴すれば、この大陸はもう戻れなくなる」
一行は言葉を失う。
砂塵が風で巻き上がり、トロンの頬をかすめていく。
「……信じろというのか」
アントニオの声が低く響く。
「敵か味方かも知れぬ者を」
ノクスは静かに――しかし揺るぎなく答えた。
「信じなくていい。
けれど、僕はそこへ向かう。
止めたければ――君が斬ればいい」
一歩、前へ。
砂がふわりと宙に舞い、魔力が圧を生む。
ディレクが反射的に剣を構えた。
「上等だ……! 今度こそ当てる!」
だがトロンがその腕を掴む。
「やめろ、ディレク。聞け」
ディレクが悔しげに奥歯を噛む。
それでもトロンは少年から視線を逸らさぬまま言い切った。
「感じた。――この少年の魔力には“敵意の色”がない」
短い沈黙ののち、ディレクは唸るように答えた。
「……王がそう言うなら従う。
だが、こいつの動きは俺が監視する」
アントニオが小さく息を吐き、頷く。
「もしかしたら……この出会いは幸運なのかもしれない」
ノクスはくすりと微笑む。
「僕は大陸を観測している“魔王の眼”だ。
だから未来の“灯り”を視ることができる」
風が一瞬だけ止んだ。
「行こう。間に合うかどうかは、この世界の灯りが決める」
次の瞬間、ノクスの姿は砂の流れと共に崖の縁へ消えた。
誰も声を発せられなかった。
しばらくして――
トロンが静かに呟く。
「……S級ダンジョン。
できれば世界の終わりまで眠らせておきたいものだ」
ディレクが剣を肩に担ぎ、無理にいつもの笑みを作る。
「まずは帝国、行くんだろ? だったら、早く行こうぜ」
その笑みに宿った焦躁も、誰も否定しなかった。
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