マーレ加入と新たな旅立ち
ギルドでの報告を終えた佐和子達に
マーレが静かに立ちはだかる。
視界が落ち着くと、佐和子達はダンジョン外縁部、
転送結界の張られた祭壇の上にいた。
──低く唸る魔力の響きが、疲れた体に染みる。
「……首都外縁まで戻って来たようです」
ミュリアが腰を下ろし、大きく息を吐いた。
「さっちゃん、大丈夫か?」
セリアの手はまだ佐和子の袖を掴んでいる。
「ありがと……でも、手離して? 汗だくよ」
「結局、あいつ何だったんだろうな」
セリアが手をぱたぱたと振り、苦笑する。
ミュリアは少し離れた場所で、
スカートの裾を払いながら、布に包んだ《灰面の仮面》を見つめていた。
「ドロップ素材は持ち帰れました。
……けれど、果たして任務達成と言えるのでしょうか」
寿命蠟は灯らず、ダンジョンは崩落。
勇者パーティとマーレも行方不明。
その視線の先には、崩れた転移陣を見つめる佐和子の背があった。
──彼女の瞳に、かすかな影が揺れる。
【ギルド・任務報告室】
ダンジョンからの帰還後、数時間。
疲労と興奮が冷めぬまま、
佐和子たちは王都のギルド本部へ足を運んでいた。
「あら、随分早いご帰還ね」
「お前こそ、どうやって戻った?」
マーレはセリアに微笑かけると、お互いに様子を伺う。
「私は公宮の転移陣を使えますから、
ギルドには貴方達の捜索依頼も兼ねて報告に来ました。
たった今、不要となりましたが」
「私達は隣接していたC級ダンジョンにあった転移陣を使った」
佐和子は静かに答え、セリアに先を促す。
「トロン達はどうなった?」
「落石がひどく、貴方達同様に見失いました。
ティレク連邦側の街道は完全に崩落しましたから、
生きていればリアステ帝国に向かうはず」
「仕方ありません。まずはギルドの報告を済ませましょう」
ミュリアが一息ついた。
報告室では、封魔壁に囲まれた静謐な空間に、
ギルド上位職員と記録官が待っていた。
扉の軋み音が響き、緊張が走る。
「……以上をもって、《第38灯:自己否定》の断章ボス撃破を確認。
ドロップ素材の収集記録も揃っています。
世界寿命は煩悩断章が砕けた為、推定11日分の延長」
書記が手早く記録を取りながら、淡々と読み上げる。
「よって、B級任務達成報酬の全額、
貢献ポイントが付与されます」
「ほう……」
その声とともに、室内の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、深緑の軍礼装をまとった男。
──ティレク連邦の影、
グレトス・ヴェルディア団長その人だった。
空気が一瞬、重くなる。
「こんな公の場所に姿を?」
ミュリアが驚いたように眉を上げる。
グレトスはわずかに頷き、マーレの方へと視線を向けた。
「……約束は破ったな」
「ええ、破りましたわ。ごめんなさい、お父様」
マーレはしれっと答えながら、断章の欠片を取り出し、
恭しく差し出した。
――その手が、わずかに震えるのを、彼女は隠した。
「ですが、成果は持ち帰りました。
――そして、より重要な観測も」
グレトスは欠片を受け取り、一瞬だけ瞳を細める。
「……煩悩断章とは、予想よりも“深い”。
執着とは、人を救う幻想の延長にあるものだ」
「はい。ですが希望も見えました」
マーレは、目の端だけで佐和子を見た。
佐和子は無言で、それを見返す。
グレトスは全員を見渡し、最後に言った。
「お前達、《第38灯:自己否定》で最後に何があった?
黒印煩悩師団の主力が全滅だ」
「さあ、黒印煩悩師団のことも始めて知ったわ」
佐和子はぶいっと横を向いた。
「断章を研究している内に私は、確信した。
煩悩を求めるものこそ“神格の引力”に収束していくと」
「……つまり、あんたは自分が神になりたいんだな。
分不相応は身を亡ぼすと小さな子供でも知ってたぜ」
セリアが毒づき、佐和子が微笑みんで追撃する。
「お兄さんと会ったけど、出来の悪い弟に心労が絶えないみたいよ」
それはグレトスで無くとも、とても腹の立つ笑みだった。
◇ ◇
「マーレ」
「はい」
二人きりになると、グレトスの口調は高圧的に変わった。
「次は、お前に“断章以外の仕事”を頼むことになる。
……覚悟はあるか?」
「もちろんですわ。わたくしは、
まだ“終わっていないもの”を見届けたいのです」
団長は無言で立ち上がり、マーレの背後に歩み寄る。
「その煩悩の欠片はどうされるのですか?」
マーレは静かに尋ねた。
団長は娘の背中に力任せに欠片を埋め込む。
「あっ、ああっ……」マーレの身体が小さく痙攣し、
痛みの波が彼女の瞳を曇らせる。
「お前が制御を離れていることはわかっていた。
霊道卿から全ての灯粒子を奪ってこい! 最後に役に立つのだ」
◇ ◇
夕暮れの王都は静まり返り、影が長く伸びている。
報告を終えた後、佐和子たちはギルドを出て、
夕日に照らされた広場に立っていた。
「はぁー……やっと終わった……」
セリアが両腕を伸ばして欠伸を漏らす。
「終わってないよ。魔王の残滓が漏れ出ている」
佐和子は静かに呟いた。
その声に、二人はふと立ち止まる。
「トロン達はギルドに着いていなかった」
「うん」
「ティレク連邦の街道は崖崩れで埋まったから
どうにか帝国に行く方法を考えないとな」
セリアの言葉に、佐和子は微笑を浮かべた。
その夕闇を背に、静かに佐和子の前に立ちはだかるマーレ。
『執着』と『自己否定』の断章が不気味に共鳴し
白蝋のような顔には黒い血管が無数に走っていた。
「こんなことだろうと思った」
ちび佐和子はため息をつくが、
その瞳はどこか憐れみを浮かべていた。
「私がただで煩悩断章の欠片を渡すわけないでしょ」
佐和子はゆっくりと手を翳す。
「《異世界術式・浄化の滅針》
──あなたの内側から、精神干渉していた煩悩ごと浄化してあげるわ」
暖かい光がマーレの背中に宿り、静かに広がっていく
──欠片の黒い影が、光に溶けゆくように薄れ、
温かな波が彼女の体を包む。
「あああっ!」
マーレは背中に埋め込まれた断章片に手を伸ばしながら
石畳の路地を転がりまわる。
「巫女が心配しておりました。
元々、貴族令嬢らしからぬ、裏表のない明るい性格の方だったと」
ミュリアがそっとマーレの肩に手をあてる。
マーレは静かに泣いていた。
佐和子は日が沈むまで、広場に腰を掛け彼女が落ち着くのを待った
──セリアが隣に座り、ミュリアが手を握り、
光の残り香が皆の疲れを優しく癒す。
「ピルシアに会っていかないの?」
ゆっくりと立ち上がり、踵を返したマーレの背中に
佐和子は声を掛ける。
「後生を。合わせる顔もございません」
「私たちと一緒に行く? 行き先もないのでしょう?」
ミュリアが駆け寄って、再度マーレの手を取る。
「まだ、こんなに温かいじゃないですか。
心を冷ますのは、一番最後でいいのでは?」
「いえ、一箇所だけ行く所がございます」
「復讐は認めない」佐和子は毅然と断言した。
「では、行き先は母の墓標へ」
「それが宜しいと思います」
ミュリアは頷き、佐和子に向き直る。
「大公にダンジョン攻略の報告をされないと」
「不要。ロア・ヴェルディアは減点1」
「しかし、追っ手がかかるかもしれません」
「やってみたらいいよ」
「ひょっとして怒っていらっしゃいます?」
「わからない。胸が少し苦しい」
「では、私が代理で手紙をしたためておきます。
ギルドから渡されるでしょう」
「リアステ帝国には魔道飛行艇が出ているって」
「はい」
「マーレも連れて行く」
「はい、もちろんです」
夕暮れの光に染まる広場で、三人の影が長く伸びる。
その影は、新たな旅路の始まりを、静かに告げていた
──リステアの空へ、向かう灯のように。
『踏襲少女』第2章で完結です。
次章リステア帝国編、構想中ですので
開始が決まり次第、活動報告にてお知らせいたします。
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ホノトダヨ…。




