《第38灯:自己否定》光あれ、否定の核を断つ
閃光が否定を断ち、虚空が牙を剥く
アッシャー・フェイス戦決着!
「ッ……!」佐和子は即座に膝をつき、
呼吸を整える。
手を胸に当て、自分の鼓動の感触を確かめる
――“ここに在る”ことを、意志の力で固定する。
ミュリアの白蜘蛛が背後で光を放つ。
「精神破壊、あと三十秒……!」
空間に数式が浮かび、座標が固定される。
「干渉層を固定。今だけ、再生のタイムラグを作れます!」
断章ボスの本体――
それは、複製された“誰か”の顔の奥、
否定そのものが結晶化した一点、
黒い球体として隠されていた。
露出と潜伏を繰り返し、
完全な攻撃タイミングを拒絶している。
「コア露出まで……十、八、六!」
マーレの叫びと同時に、
顔の群れが一斉に歪んだ。
伸びる手。咆哮。嗤う口
――自分自身のような鏡像の嘲笑が、影を伸ばす。
アッシャー・フェイスの咆哮で、
空間が裂けた。
その中心に――黒い核。
「コア、露出……ッ!」
マーレが虚空に札を投げると、それが分裂し、
空間に浮かんだまま結晶化していく。
「次の接触は――あと三秒後、左上方、縦軸11度!」
「やるぞ、セリア!!」
「っしゃあああああああああ!!」
ディレクが右から、セリアが左から突撃する。
聖剣と冥斧の輝きが、断章の闇を裂く。
断章ボスが“彼らの顔”を複製して揺さぶりをかけるが、
セリアは構わず斬りかかる。
「それ、アタシの顔だろ!? キモいんだよッ!!」
冥斧がボスの外皮を割り、歪んだセリアの顔が砕け散る。
その隙にディレクが聖剣を突き立て、
核の露出を一瞬延長させた。
アッシャー・フェイス咆哮を上げ、
砕けた顔が黒煙で再生しかける。
――が、「勇者舐めんなよっ《限界突破》」
ディレクの聖剣が爆発的に輝く。
「今だ、佐和子!!」
断章ボスが“彼らの顔”を複製して揺さぶりをかけるが、
ディレクは構わず斬りかかる。
***
佐和子は胸元に手を置き、目を閉じる。
「煩悩断章・反核共振――秒で終わらせる」
淡い光が彼女の足元から広がり、
地面に螺旋状の灯陣を描く。
世界の命脈に接続するようなその光は、
断章の核を直に照らし出す。
その瞬間、ボスの核が彼女の否定を捉え、急速に蠢いた。
佐和子の心に、“かつて黒槍で貫いた恋人”の幻影が浮かぶ
――しかし、彼女はそれを見据えて、ただ一言、呟いた。
「それはもう、終わったこと」
そして――掌を突き出す。
「光あれ! “自己否定”の影を、断ち切るために」
「《神界術式・黒星の輝き》」
白く、そして金色に輝く灯の閃光が、空間を貫いた。
アッシャー・フェイスの核が、閃光に焼かれ、
模倣された顔たちが悲鳴と共に溶け落ちる。
全てを縛っていた“自己否定”は、
光に触れた瞬間、音もなく砕けた。
アントニオが溶けだしたアッシャー・フェイスから
トロンの体を引きずり出す。
体中が粘液に包まれた王がべしゃりと地面に投げ出された。
王の指に付けられたすべての指輪が鳴動し、
体を淡い障壁で保護する。
「トロン王!!」
聖騎士がその大きな背中にトロンを背負う。
指輪の光が王の息を繋ぐように脈打つ。
断章核が消滅した空間が悲鳴を上げた。
足元が砕け、重力の軸が捩じれ、
上下の概念が曖昧になっていく。
煩悩の灯が一斉に明滅し、
断章に支えられていた“構造式”が瓦解を始めていた。
アッシャー・フェイス:ドロップ素材
《灰面の仮面》
内側には“否定の言葉”が刻まれている。
ミュリア素早く素材を回収すると
全員に呼びかけた。
「灯を吸収する前に断章コアが壊れました……!
ダンジョンの維持制御が失われている!」
「コンマ0.3、タイミングがずれました。
トロン王の構造を読み取れなかったのが原因ですわ」
マーレが冷静に分析する。
「このままだと飲まれる。空間ごと落ちるぞ!」
アントニオが鋭く警告を発する。
耳障りな音が響く。
地面が泡立ち、壁がねじれ、空が溶けて落ちてくる。
「寿命蠟はどこ……」
地面に這っていた白蜘蛛の式神がふわりと浮かび上がり、
光の網を展開する。
「反応確認。戦闘記録を結晶に保存。脱出経路策定急ぎ」
「よかった……式神は残ってた。――皆、急いで!」
「了解ッ!」セリアが斧を肩に担ぎながら走り、
ディレクが背後を守るように続く。
空間の中心に、寿命蝋の燭台が稼働しはじめる。
半透明の花弁が淡い輝きを放ちながら広がっていく。
それは、“倒された煩悩”から抽出された命の残滓
──世界の寿命を数日延ばすほどの、貴重な光。
『煩悩断章破損:世界寿命11日延長』
佐和子は集めた欠片を灯に変えるが、
寿命蠟は灯らなかった。
「救済すら”否定”するなんて…」
「一部は、そのまま世界に還っていきますわね……」
マーレがその光景を見上げ、薄く微笑む。
光が収まった後、虚空には静けさが戻っていた。
激しい振動で、ぽつりと黒い“断章の欠片”が転がっていた。
マーレがそれを拾い上げる。
欠片はまるで熱を失った金属のように冷たい。
「……これが“欲しかったもの”。
でも、“見たかったもの”は、
もっと違う場所にあるのかもしれませんわね」
彼女はそっと微笑み、欠片を布に包む。
佐和子は最後に一歩進み、残滓の光に手をかざす。
「自己否定、アッシャー・フェイス。
貴方の灯は欠片しか救ってあげられなかった。
でも、もうここにはいられない……」
そのとき、崩落の音が一段と近づいた。
地面が割れ、断章の余波が押し寄せる。
「さあ、皆さん。入口で黒印煩悩師団が待ち構えています」
マーレは艶やかに微笑んだ。
「騙したのか?」
「いいえ、私がどう行動しようと結末は変わらない。
いつもそうでした」
佐和子何か言いかけて前に出ようとした瞬間、
足場が崩れかけた。
「──さっちゃん!」
セリアがすかさず手を伸ばし、強引に引き上げる
――その手が、虚空に飲み込まれかける。
模倣された顔と声に惑わされながらも、
佐和子は“終わったこと”を見据えた。




