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煩悩108の異世界で、踏襲少女は紅茶とともに世界を救う  作者: ふりっぷ
第一章・サン=ヴォーラ王国編
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灯(ともしび)と寿命蠟──ちび佐和子、世界を一日延ばす

素材を集めていた佐和子も一旦手をとめて、

近づいていく。

「ここだ…」


そっと近づいて壁に手を当てると──

すり抜けた。

「わっ──!」


ふわりとバランスを崩し、佐和子はそのまま、

ごろりと小部屋に転がり込んだ。


ほこりと石くれの中、柔らかく瞬く粒子が、

視界に広がる。


──遺跡の裂け目。


その奥に、かすかに灯る、名もなき光。

まるで、誰かがとても昔に落とした言葉のように。

震えながらも、あたたかく、ただそこにある灯。


「……」


佐和子は、そっと槍を拾い上げ、

ぱんぱんと埃を払った。


そして、何事もなかったかのように、

光へと手を伸ばす。

──その瞬間。

光は彼女の掌でふわりと膨らみ、

**「ともしび」**のように、やさしく輝いた。


「……何か、ダンジョンの仕掛けが動くと

思ったのですが」

背後から、ミュリアの控えめな声が届く。


「ん……何もない」

佐和子はきょとんと振り返り、

もう一度、光を見つめる。


──それはただの光だった。

誰のものでもない。

けれど、確かに“ここにあった”という、

小さな証のように。


「帰ろっか」

そう言って、佐和子はそっと、

光の粒子を胸元に仕舞った。


◆ サン=ヴォーラ王国


若王エルディ・ヴォーラの元に、

巫女レン・ウィが駆け込んでくる。

「エルディ陛下。寿命蠟が一つ灯りました!」


「真か!祖父の代から消える一方だった寿命蠟が

 ーー間違いないのか!」

「小さなものですが、間違いありません」


「おお、寿命蠟が残されたのは

人類への贖罪かと思われたが、

神は見捨ててはいなかった!」


この日、各国の分岐観測塔でも同じ現象が起こった。

すなわち、寿命蠟が灯り、

世界寿命が一日延長されたのだ。


世界寿命観測会議《緊急議題》:

ヴェルム・セグロ大公国・中立議事塔


「……本当に、灯ったのだな」

老公爵グレトス=セグロが震える手で資料を置いた。


書類には、《寿命蠟:灯火報告》

と赤い印が押されている。


「はい。各国の分岐観測塔から同一報告。

最初の灯火は《サン=ヴォーラ王国》にて確認。

規模は小さいが、確かに“1日”の延長が記録されました」


重苦しい空気の中、

ティレク連邦の代表たちが顔を見合わせる。

「……これで黒印煩使団も少しは大人しくなるか」


エラフ公国、リアステ帝国にも

それぞれ緊急の報告が入った。


宿屋《月影のほころび亭》の朝。


食後の食器を下げると、

ミュリアはひょいと自分の荷物袋をあさり始めた。


ギルドで金貨三枚を山分けして懐が温かくなったのだ。

「ふふ……特別な紅茶葉、ようやく買えた…」


銀毛の猫姿から、すっとメイドの少女へと姿を変えると、

小瓶を取り出し、その中に詰まった乾燥葉を

ひとつまみ香り立たせる。


「ラ・シャルレの夜摘み茶

 ……サン=ヴォーラの修道院で育てたって話にゃ」

湯沸かしポットに手をかざすと、

ミュリアの指先から淡い光が漏れる。


魔力でゆるやかに加熱されていく水が、

コポコポと音を立てた。


ほどなくして、小さな銀のティーポットに

香り高い紅茶が注がれ、

湯気とともにふんわり甘い香りが漂う。


ミュリアはそっとトレイにカップを載せ、テーブルへ。

「佐和子様、よろしければ

……お口直しに一杯どうぞ。少し、落ち着くと思います」


「ん……紅茶?」

ちび佐和子が椅子の上で脚をぶらつかせながら、

カップを覗き込んだ。


「わあ……いい香り。

こんなの、ギルドの食堂じゃ出てこないやつだ」


一口すすると、深くやわらかな渋みと、

微かな花の甘さが舌に広がる。


「……おいしい。ミュリアが入れてくれたからかな」

「……昨日、素材売った帰りに市場をちょっとだけ回って

 ……お安く譲ってくれるおばあさんがいたのです」


「ふーん……」

佐和子は静かにカップを傾けた。窓の外からは、

遠くで開く市場の喧騒。けれど、このひとときだけは、

どこか遠くの修道院にいるような静けさがあった。


そこに隣で寝ぼけたセリアがベッドから

転がり落ちてくる。

佐和子はお腹丸出しで寝ている

セリアを指で突っついた。


「また飲みたい。今度は、セリアのいないときに」

「了解しました」

二人だけの、静かなお茶会の朝だった。


ちび佐和子は自分が何を成し遂げたか、

今だ知るすべはない。


**


翌日、昼下がりのギルドは、妙に静かだった。

依頼票を貼り替える手も止まり、

視線は受付前に集まっている。


老人と若い騎士が向かい合い、

短く言葉を交わしていた。


鎧の金具がわずかに鳴り、重い空気が漂う。

佐和子に気づいた騎士が面を上げる。


「やあ、お初にお目にかかる。

騎士団長のバルティスだ」

 彼は一歩、いや半歩だけ進み出た。


 ──瞬間、空気が鋭く張り詰める。


 ミュリアは反射的にカウンターから飛び退いた。

ごく短い殺気。それに即応できる者は、そう多くない。


 セリアは腰の武器に手を掛け、

佐和子は微動だにせず淡々と視線を返す。

(……ふむ、C級上位とB級下位。そして──)


 バルティスの瞳が佐和子を射抜く。

(A級以上、間違いないな)


「私の父を救ってくれた礼を言いに来たのだ。

 ありがとう」


 深々と頭を下げる騎士団長。その礼儀正しさの奥に、目測する鋭さが隠れている。

「礼はもう騎士団長からされている」


「前騎士団長です。父は先日の傷が原因で引退しました」

「そう……後でお見舞いに行くわ」


「激しい戦闘が出来なくなっただけで、

日常生活には支障ありません。

今も王宮でぴんぴんしておりますよ」


 笑みを浮かべながらも、

その視線は佐和子から一度も外れない。


「用はそれだけ?」

「はい。父の分までお礼を申し上げます。

いつでも王宮に遊びに来てください」


 すれ違いざま、低い声が老人の耳元に落ちる。

「──佐和子殿には余計な介入をするな。

他国に情報を漏らすことも許さん」


 さらに一拍置き、声を潜める。


「もう一つ。受付嬢のフェリア

……あれはエラフ公国のエルフだな」

「……承知しております」


「閑職に回せ。王国に不利益を招く芽は、

早めに摘むべきだ」

「しかし、即座の人事異動は目立ちます。しばし猶予を」

「……まあいい、だが監視は怠るな」


ギルド長は深く頭を垂れた。


バルバロッサの姿が扉の向こうに消え、

重い扉が静かに閉まる。


一瞬だけ、ギルド全体が深呼吸したように

静まり返った。


すぐにいつものざわめきが戻る


――受付カウンターには、

いつものようにフェリアが立っていた。


ブックマークや評価が、この物語を最後まで紡ぐための大きな力になります。

ぜひ応援いただけると嬉しいです。


受付嬢フェリア〈AIイラスト〉

挿絵(By みてみん)

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