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《第38灯:自己否定》― 霧の街と黒印煩使団 ―

ギルドでの束の間の休息。

霧の街にて交わされる笑いと食卓の後、

彼らは“否定”の迷宮へ向かう――。

冒険者ギルド


《牙折りの楼閣》には、

トロン達一行が依頼報告をしている最中だった。


「…ダンジョンボスはすでに討伐され、

黒印煩使団と名乗る一団が大量の素材を運んでいました。

全員、肩か腕に黒の紋章を付けています」


トロンは身振りで肩と腕に手を当てた。

「ギルドは何も存じ上げないと?」


「さようです。明らかに国が関与しているのですが、

公式に認めておりません。


「国が動かしてるにしても、やり方が露骨すぎる」

エラフ公国の王は不快感を隠さなかった。


「霊道卿がヴェルディア公爵と直接会談に臨みました。

 ほら、そちらに」


「おお、佐和子殿、いらしていたか」


「アントニオ!」

セリアが聖騎士の顔を見るなり抱き着いていく。

タックルのような突撃をアントニオは床を軋ませながら

しっかりと受け止める。


「セリア、バルグの件は聞いたぞ。

 むごいことになったな」


「姉さん、はしたないです」

ミュリアがむっとして腰に手を当てる。


「ちょっとあの二人は放っておきましょう」

佐和子も幾分へきへきしながら、トロンを控室に誘う。


「――では、次もB級浸食型ダンジョンということになりますね」

「うん、バルグを見ちゃったからね。

 マーレを放ってはおけない」


「では、ギルドで依頼を受けるのがいいでしょう」

ここでトロンは声を落とす。


「ギルドから受けた依頼は明らかに

黒印煩使団に横流しされています。

内通者がいるのでしょう。


今回も断章ボスの依頼を受ければ、

横からしゃしゃり出てくるはずです」


「了解。わかりやすくていいね」


「リアステ帝国寄りの山岳地帯で被害が拡大している

B級浸食ダンジョンがあります。

雄牛の角が次に攻略向かう予定だったはずが敵わず、

報奨金が吊り上がっている」


「バルグの後片付けか。いいね、そこにしよう」


控室から出てもアントニオとセリアは戻っていなかった。


「きっと酒場で飲み比べでもしてるんでしょ」

「辛いことがあったばかりだから、息抜きも必要だろうけど」


「霧の窓辺亭で待ちましょう。

申し訳ありません。アントニオが付いていながら」


「いいよ。もう、子供じゃないんだし」

佐和子は少し考えた後に言った。


「実は簡単な夕食を予約しておきました」

トロンは佐和子にウインクしてみせた。


「ディレクさん?」

ひとり予約を取りに行かされた勇者は仏頂面だった。

「俺は便利屋じゃねぇぞ」


◇  ◇


 大広間の奥、窓辺に用意された丸卓。

 外はすでに霧が深く、街灯が霞んで見え


 テーブルには温かいスープと黒パン、

川魚の香草焼きに、焼きたての肉の皿。

 湯気と香りが広がり、胃袋を刺激する。


「「素敵な食事ね」」二人の声が揃った。


「ミュリアさんのランク昇格も兼ねて奮発しました」

トロンは得意げにエスコートする。

「急な人数変更でごめんなさい。無理をお願いして…」

ミュリアはディレクに頭を下げた。

「俺が勇者でよかったな。この宿には顔が効くんだ」


「おお、このボリューム」

 さっそく席に着いた佐和子が肉を切り分けながら言う。


「落ち着いて食べてね、さっちゃん」

 ミュリアが微笑み、パンを丁寧にちぎってスープに浸す。


「どうです。私もお気に入りです」

 トロンが自分の皿を押し出そうとするのを、

 佐和子は慌てて手で押し返した。


「私はそんなに食べられないよ! でも……ありがとう」

 スープを口に運ぶと、心までじんわり温まるようだった。


 その横で、ディレクはワインを注ぎながら肩をすくめる。

「B級侵食型ダンジョンを

こんなに連続攻略するなんてイカれてるぜ」


「……私だってやりたくてやってるわけじゃない」

 佐和子がむっとする。

「私達もここにとまれば良かったな」


「馬鹿が、一泊金貨12枚だぞ!」

ディレクは肉を乱暴に口に入れる。


「こらっ、食事中に値段の話をする人がいますか!」

トロンが目くじらを立てる。


「この素敵な宿もトロン王子が選ばれたのですよね!」

ミュリアが慌てて話を変える。


「あまり自慢話はしたくないのですが…」

トロンにこにこと佐和子の顔色を窺っている。


「聞いていますよ。

 本当はダンジョン攻略が豪華な食事より大好きだって」


「ちょ、そんなこと……」

 佐和子は顔を赤くして俯いた。


 笑い声がテーブルに広がり、

冒険の緊張感が少しずつ解けていく。


「よし! 次のダンジョンでも勝つぞ!」

 ディレクがグラスを掲げる。


「姉さん……こんな時にいないなんて」

 ミュリアもグラスを掲げながら苦笑する。


 グラスが触れ合う音が、窓の外の霧に溶けていった。


結局、セリアは朝帰りだった。

ミュリアが鬼の形相でセリアを迎える。


「この大事な局面で羽目を外しすぎじゃないの?姉さん」

「うっ」

「ずいぶん優しく慰めて貰えたんでしょうね!」

「そうなんだよ」セリアの顔がへにゃりと崩れるのを見て、

ミュリアが大きなため息を付いた。


「戦闘中にその顔をしたら後ろから引っぱたきますからね!」


◇  ◇


B級侵食型ダンジョン《第38灯:自己否定》


 冷たい空気が通路を吹き抜けた。

壁に埋め込まれた“蒼白い目”が、

不気味に瞬きを繰り返している。


「……嫌な気配だな」

ディレクが肩にかけた聖剣をわずかに浮かせる。


「前の“精神揺さぶり”に比べれば……まだ、まし?」

セリアは軽口を叩きながらも、耳をぴくりと立てた。


「否定されるのは慣れてる、このまま進むよ」


 その瞬間、床石が音を立てて割れた。

ひび割れから、

黒鉄の鎧を纏った巨躯がずるりと這い出してくる。


「……鎧兵?」

トロンが目を細める。


 無数の鎧兵たちは人の形を保ちながらも中身は空洞。

だが、振り下ろされる剣の質量は実物そのもの。


「うわっ、重っ……!」

セリアが飛び退いた直後、

床に叩きつけられた衝撃で石畳が粉々に砕ける。


「精神系ダンジョンで、実体のある罠か……」

ミュリアはすかさず式神を起動しながら呟いた。


 鎧兵は一体では終わらなかった。

通路の奥から、

十数体の影がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

その歩調は重く、確実に――まるで

「お前たちの進む道は、否定する」とでも言うかのように。


「くそ、ここは通路が狭い……!」

ディレクが間合いを測る。


「私が先頭で受ける。後衛は魔力温存だ!」

アントニオが大盾を構えた。


 聖剣が閃き、最前の鎧兵の胴を斜めに断つ。

しかし――割れた鎧の破片はすぐに“別の顔”へと変じ、

床を這いながら再び一つの体を形成していく。


「再生型!? おいおい、めんどくさいな!」

セリアが舌打ちし、冥府を構える。


「しかも群体式……!」

ミュリアが記録を走らせながら顔を上げる。

「分断じゃなく、“まとめて”消さないと駄目です!」


「じゃあ――」

佐和子は黒槍を構え、瞳を光らせる。

「まとめて貫く」


 黒い灯が走り、槍先から放たれた

 魔力が鎧兵の群れを串刺しにする。

一瞬、群れ全体が痙攣し、壁に縫いつけられる。


「今だ、セリア!」


「おっけーっ!」

セリアが一閃、二閃。

ディレクも斬撃を重ね、群れを裂く。


「……奥に行こう。まだ、終わってない」


 通路の闇はなおも深く、否定の気配が渦巻いていた。


ほんの少しの日常と、すぐ隣にある危機。

次回、B級侵食型ダンジョン《自己否定》の核心へ。

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