表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/39

断章を纏う影 ― 黒印煩使団の兆し

バルグとの死闘を制し、昇格の栄誉を得た三人に、

新たな脅威《黒印煩使団》の影が迫る。

《牙折りの楼閣》

三人の帰還を告げると同時に、

見張り役の職員が目を見開く。

「お、お戻りに! 無事だったんですね!」

「ええ。少し手こずったけど、

 終わらせてきたわ」


 佐和子は片手に《断章の残牙》を掲げて見せる。

 その淡い光を見た瞬間、職員は言葉を失い、

慌てて奥へと走っていった。


 ギルドの大広間に姿を現すや否や、

ざわめきが広がる。

 派遣されていた鉄蹄牙団の者たち、

そして依頼を聞き及んでいた冒険者たちが、

一斉に三人を振り返った。


「……生きて帰ったのか」

「じゃあ、ダンジョンは……?」

「まさか本当に……」


 視線が集まる中、彼女たちを出迎えたのは、

蒼白な顔のヴォルドだった。


 ギルド長は、重い足取りで近づき、三人の前に立つ。

「……バルグは、どうなった」

 答えを出したのはミュリアだった。

 言葉を選ぶように、しかしはっきりと。


「断章の残滓に取り込まれ、

 ダンジョンボスと融合していました。

 討伐は……わたしたちが」

 短い説明。けれどその一言で十分だった。

 ヴォルドはしばし黙し、やがて大きく肩を落とす。


「そうか……やはり、そうなったか」

 拳を固め、唇を噛みしめながらも、彼は続けた。

「だが、奴が最後まで仲間の名を口にしたと

 ……そう思っていいのだな」

 佐和子が頷く。


「自我を無くしても、

群れと仲間のことだけは忘れなかった。

これは『雄牛の角』が集めていた魔石の素材」

大きめの革袋をギルド長に手渡した。


 ヴォルドの目が赤く揺れ、深々と頭を下げる。

「感謝する。仲間の仇を討ち、

 そして……《断章の残牙》を持ち帰ってくれた。

 これ以上の報告はない」


 その場にいたギルドマスター代理が立ち上がり、

 厳かな声で告げた。


「冒険者・佐和子、ミュリア、セリア。

 今回の依頼完遂により、

 汝ら三名を正式にB級へ昇格とする」

 広間にどよめきが走る。


 B級──それは中堅冒険者にとって、

一つの大きな壁だ。実力と実績が認められ、

国家級の依頼や広域探索にも参加できる

権限を持つことになる。


「……B級、ね」

 セリアは小さく笑みを漏らし、

 斧をくるりと回して肩に乗せる。


「少しは肩書きに見合う働き、してやらなきゃね」

「肩書きなんて飾りよ。

必要なのは力を証明し続けること

ーーでも二人が昇格してくれて嬉しいわ」

 佐和子が淡々と答える。


だがその横顔は、わずかに誇らしげでもあった。

「でも……昇格祝いくらいは、してもいいんじゃない?」

 ミュリアの柔らかな声に、広間の空気が少し和んだ。


 ギルドマスター代理は頷き、職員に命じる。

「《断章の残牙》は至急、中央評議へ送る。

煩悩断章の兵器化も一度凍結されるはずだ」

 その言葉に再び広間がどよめく。


 世界を蝕むダンジョン瘴気。

 滅亡まで残された時間は限られている。

 その残り火を更に減らしていく実験に、

どれほどの価値があるか。


「皮肉だな……」セリアが小さく呟く。

「バルグが望んだ力は自分を滅ぼしたけれど、

その残滓がティレク連邦を思い止まらせるなんて」

「それもまた、この世界の理ということよ」


 ミュリアが答え、視線を記憶結晶に向ける。

「誰かの犠牲が、次の一日を繋ぐ。

その繰り返しでしか、生き延びられないのだから」

 佐和子は黙ってその会話を聞きながら、

心の奥が妙にざわついた。


 ──これまでいくつも灯を取り込んできた。


私の中には、

果たして後いくつ煩悩を積み増しできるのか。

 すべてのダンジョンに灯が必要なのか。

 「答えはまだ出ない…」


 そう呟いた佐和子の横顔に、

ミュリアもセリアも頷きを返した。


 三人の歩みは、終末へと進む世界の中で、

さらに深い闇へと踏み込んでいくのだった。


 昇格の祝辞が終わり、

広間の喧騒も落ち着きはじめた頃。

 ギルドマスター代理──

いや、これからの長であるエルドランは、

三人に視線を送った。


「……佐和子殿、ミュリア殿、セリア殿。

お前たちには、別室で話しておきたいことがある」


 低く抑えた声。

祝賀の雰囲気に似つかわしくない緊張が、

三人の背筋を正させた。

 案内されたのは、ギルド最奥の重厚な執務室。


 窓は厚布で覆われ、

魔封じの結界が張り巡らされている。

 エルドランは腰を下ろすと、

机上に封蝋のついた黒い文書を置いた。


「まず、これを知っておかねばならん」

 封を切ると、

 中から現れたのは“黒い紋章”を刻んだ報告書だった。

 炎にうねる蛇の印。

 それは公的記録には決して残らぬ影の印章。

「──黒印煩使団こくいんぼんしだん

 耳にしたことはあるか」


 三人は顔を見合わせる。

 セリアが最初に口を開いた。

「剣を交えたこともある。嫌な奴らだったぜ」

「《アストラ=リフト》でも耳にしました。

 断章ボスを転用していると…」


「そうか。表向きには存在しないことになっている。

 非合法集団だ――実際には国家ぐるみで支援を行い

 煩悩ボスを人だけでなく、様々なものに“転用”している」


 ミュリアの瞳がわずかに揺れた。

「転用……? まさか、魔鎧や護衛獣にも……」

「そのまさかだ」

 エルドランの声は重かった。

「彼らは封印した煩悩断章を武具や鎧に組み込み、

戦力化している。


表向きは存在しないはずの異端部隊が、

実際には各地のダンジョンに先行して潜り込み、

新たな断章の獲得を進めている」


 佐和子が無言で腕を組む。

 眉一つ動かさないが、

 その沈黙は明確な敵意を孕んでいた。

「……バルグは死ななくて済んだのかも知れない」


「断定はできん。

だが、あの第六灯《焦燥》の断章破片を、

埋め込んだ後、どうなるか検証中だった可能性はある」

 エルドランはため息をつく。


「黒印煩使団は、ヴァルディア公爵の庇護下にある。

つまり、公国の大公自らが、断章転用を推し進めているのだ」

 その名が出た瞬間、セリアが鼻を鳴らした。


「ヴァルディア公爵、黒幕として申し分ないな」

「そう。そしてもう一つ。

 ──お前たちに宛てた召喚依頼が来ている」

 エルドランが差し出したのは、

 まさにヴァルディア公爵家の紋章入りの書状だった。


一区切りとなる『本能の檻』編を読んでいただき

ありがとうございます。

次回は10/8更新。ヴァルディア公爵との対峙。

より深い“煩悩”の闇を描きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ