第49灯《本能の檻》・後編 ―涙の終焉
前編から続く《雄牛の角》バルグとの決戦。
閉じゆく檻の中で、三人は力を振り絞りました。
迷宮全体がうねり、
壁から更に無数の筋繊維が生え出す。
まるで檻が逆さに閉じるように、彼らを包囲した。
「範囲ごと閉じ込めて殺す気ね……」
ミュリアが蒼ざめる。
だが同時に、バルグが肉体をさらに強化。
心臓が外にせり出すように鼓動し始め、衝撃波が走る。
「あれだっ、二人とも神力開放!」
佐和子の声に合わせ、二人は一斉に力を解き放つ。
体全体に神気が立ちあがり、
頭上に光輪が浮かび、瞳が金色に染まる。
人を逸脱した力で振るわれる斧と光弾が、
バルグの巨体を貫いた。
吹き荒れる精神干渉の嵐。だが佐和子は呼吸を整える。
「ただの残滓が騒ぐなっ」
彼女は光糸をさらに広げ、幻影ごと空間を切り裂いた。
「ミュリア、止めよっ!支援に集中して。
セリア、あなたは前へ」
「……っ、はい!」
「うん、任せて!」
セリアは正面から立ち向かい、
ミュリアは背後に回って触手で拘束筋を牽制し、
さらに周囲の檻を押し返す光結界を張る。
三人の連携は必死だったが、
致命傷を負ったはずの巨体を止めきれない。
「がっ……!」
セリアが再び吹き飛ばされ、血を吐く。
「セリア!」
ミュリアが駆け寄ろうとした瞬間、バルグの触手が迫る。
筋繊維が収束し、再び胸郭の中心から「赤黒い心臓」がせり出す。
「こんどこそっ!」セリアが呟く。
バルグの体は限界を超えて膨張し、腕が地を擦るほどに肥大化。
「守るために……俺は群れを屠る檻になるッ!」
彼の叫びと同時に、地面から檻の柱が乱立し、
三人を分断しようと迫った。
「そんなの……認めない!」
ミュリアが跳躍し、触手で柱を裂く。
神力が爆発し、幻影の檻を突破する。
「セリア!」
「わかってる!轟鳴一閃」
吹き荒れる衝撃波に二人が吹き飛ばされる。
ただ一人、佐和子だけが揺るがない。
「群れの長だったあなたはもう死んでいる」
彼女は光糸を心臓に巻き付け、刃のように収束させた。
「皆の元にお帰りなさい」
「グオオオオオッ!!」
苦悶か歓喜かも判別できない咆哮を上げ、
バルグはなおも立ち続ける。
だが裂け目から迸る光は、
断章の力そのものが制御を失っている証でもあった。
その時、佐和子が光糸を一点に集中。
「これでおしまい」
光が槍のように変化し、バルグの心臓を四つに裂いた。
飛び散る鮮血が佐和子の顔に降り注ぎ、筋繊維が崩壊していく。
光槍が心臓を貫いた瞬間、空間に檻の鎖も一斉に砕け散った。
倒れゆく中、かすかな声が漏れた。
「雄牛の角……リィナ、群れを……くれ……」
その声は誰に届くこともなく、血と光に溶けた。
バルグは塵となり、祭壇に静寂が訪れる。
「こんな形で決着を付けたくはなかったぜ…」
セリアはバルクだったものの残骸を見て涙を流した。
広間の中央には、彼が遺したドロップ品が浮かんでいた。
◆◆◆
床にはひとつの輝きが残された。
ひとつは《断章の残牙》と呼ばれる黒鉄の装具。
装備者に圧倒的な筋力を与えるが、
誇りを失えば暴走する危険な遺物だった。
そして、祭壇には銀の燭台――寿命灯の欠片。
「バルグの野郎、いつかぶっ飛ばしてやろうと思ってた。
ティレク連邦のギルドでさっちゃん――、
霊道卿のお披露目の舞台を私が台無しにしちまって。
あの野郎がからんでこなけりゃ、
こんなことにならなかったのにって思ってた」
セリアが目元をごしごしと擦る。
「でも、最後は仲間みたいに見えちまったーー」
堪えきれず、両手で顔を覆う。
「もうだめだ。二人の前で泣かないって思ってたのに」
「びぇぇぇええん。何でこんなことで涙が止まらないんだろう」
セリアは流れ出る涙で前が見えなくなった。
「『こんなこと』では無かったからよ、姉さん」
ミュリアはハンカチでセリアの涙を拭った。
「あんた、嫌な奴だったけど
――確かに誇り高くて、群れを大事にした漢だったよ」
佐和子は背伸びしてセリアの頭を撫でた。
「いいよ、落ち着くまで待つよ。灯は逃げないから」
「……寿命灯」
ミュリアの胸元の記憶結晶が光る。
「これを灯せば、瘴気に覆われた大地の延命が可能。
世界の残り時間を、ほんのわずかでも引き延ばせるはず」
佐和子は静かに灯を手に取り、その淡い光を見つめた。
終焉へと歩み続ける世界の中で、
彼女たちの戦いはまたひとつ、確かな意味を刻んだのであった。
『世界寿命80日延長』
燭台に灯が戻ると同時に佐和子の体がふらりと傾いた。
ミュリアが慌てて手を伸ばす。
「入り口から神力解放を行うなんて、
いくらさっちゃんでも無理し過ぎです」
「今回は許せないことが多くて、むきになっちゃった」
佐和子は淡く微笑んだ。
「……寿命灯。世界の残り時間を少しだけ延ばせる……」
佐和子が灯を手に取って呟いた。
光は天井へ昇り、やがて佐和子に吸い込まれていく。
佐和子の体がびくりと痙攣した。
その瞬間、遠くの大地を覆う瘴気がわずかに後退し
祭壇を後にする彼女たちの背に、微かに残る炎の光が揺れていた。
「ねぇ、私、戦いのとき変じゃなかった?」
佐和子は小さな声で尋ねてくる。
「ええ、とてもご立派に戦われていました」
ミュリアは少女の体を抱きかかえると返り血に塗れた
顔をそっと拭い、セリアと顔を見合わせた。
自力で歩けなかった佐和子は
セリアに背負われている内に
うとうとと眠り込んでいた。
ダンジョンの瘴気が消え去り、
雄牛の角が集めていた
大量の魔石が入った袋を持って入り口まで戻る。
◆◆◆
ダンジョンから出たところで佐和子は目を覚ました。
「ここで一度下ろして」
小さく息を付き、最後の力を振り絞る。
「元凶がさっきまでここにいたね。逃がさないよ」
セリアに支えられながらも黒槍を両手で握り、
頭上に掲げる。
槍から無数の光の束が宙を舞い、
猟犬のように獲物を追い求めていく。
「墜ちた神格位-魔王残滓か…あっ切れた」
「魔王??封印されていると聞いてましたが…」
「へぇ、誰に?」
「あの、サンヴォーラの巫女姫です」
ミュリアはあっと口元を押さえた。
だが、佐和子は気づかないふりをした。
「ティレク連邦には完全に封印されていない魔王がいて、
地上に干渉する力を持っていることはこれで確定…
気を引き締めないとね、きっとまた出て来るから」
佐和子はそれだけ呟くと気を失った。
バルグ戦、決着です。
誇りを失い檻に堕ちた男が残したのは、
群れを守る願いと寿命灯の光でした。
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