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第49灯《本能の檻》・前編 ― 堕ちた雄牛

《雄牛の角》の団長バルグ。

かつて誇り高き獣人戦士が、

いまや「檻の番人」として立ち塞がります。

「ここでバルグたちが……」

 ミュリアが低く呟く。


 佐和子が祭壇に近づき、指先で血を調べた。

「魔力干渉の痕跡。精神系

 ……リィナの魔道具ではこれに耐えきれなかったか」


 佐和子は祭壇の奥を見据える。

そこには重々しい扉が鎮座し、

筋繊維が脈打ちながら封をしていた。

 扉の向こうこそ、

 ダンジョンの核心――ボスの間だ。


「さて。ここからが本番ね」


重い扉に手をかけた瞬間、

脳裏に奇妙な囁きが流れ込む。

 ──群れを裏切れ、己を解き放て。


 セリアが一瞬ふらりとよろめいた。

「……違う。私は……守るんだ」

 幻影の中で、家族や仲間が次々に現れる。

罵倒する声、嘲笑する顔。

心を削り、誇りを砕こうとする幻だ。


「気にしない。全部、肉の作り物よ」

 佐和子の声が鋭く響いた。

 彼女の周囲だけは幻影が届かず、

 体から光球が泡のようにいくつも湧き出していた。


 しかし、他の者には容赦なく干渉が迫る。

 ミュリアには猫獣人の群れの幻影が現れ、

 彼女を咎める。

「裏切り者……主を見捨てるのか……」

 その声は血に飢え、群れの掟を盾にする。

ミュリアの耳が震え、爪が無意識に伸びた。

「やめろ……私は……!」


 その時、佐和子が軽く手を叩いた。

「はい、そこまで!」


 次の瞬間、幻影はすべて砕け散った。

佐和子が撒いた光の球が、

仲間たちを覆うように広がっていたのだ。


「……さっちゃん、なぜ……平気なのですか」

 ミュリアが息を荒げながら振り返る。


「私は最初に黒槍を突いた時から

 神力解放しているからよ」

 佐和子は肩をすくめ、

 まるで取るに足らないことのように言う。


”神力”--”魔力”とは別次元の人に非ざる力。

神格位を持つセリアとミュリアですら

使い続けると獣と化してしまう。


この小さな体で長時間維持できるようなものではない。

(きっと、相当無理をされている)

ミュリアは気を引き締めた。


 幻惑が晴れると同時に、

扉の筋繊維がびくりと震え、ひとりでに開き始めた。

 内部からは熱気とともに、

獣の咆哮が漏れ聞こえてくる。


 中は広大な円形闘技場。

 壁一面が赤黒い筋肉で覆われ、

天井からは脈動する管が垂れ下がっている。


その中心に、獣人めいた巨体が鎖で繋がれていた。

筋繊維が肉体を補強し、異様な膨張を繰り返す。


 本来なら断章の王

《グロウル=ヴァルガ》が鎮座するはずの祭壇。

「……ボスが、いない?」

 セリアが息を呑む。


 代わりに低い咆哮が広間を満たした。

「グロウルは……飲み込んだ……。

俺が代わりだ。群れを試す檻の番人として……!」

その中央に、異様な存在が立っていた。


「……バルグ……?」

 セリアが声を震わせた。

 鎖につながれた存在は、

牛獣人――かつて《雄牛の角》を率いたバルグだった!


 眼が開かれ、真紅の光が漏れ出す。

 もはや彼は人でも獣人でもない。

ダンジョンに喰われた「檻の番人」へと成り果てていた。


 佐和子は眉をしかめた。

「どこまでも悪趣味な奴」

「俺は選ばれた……断章の力に適合したのだ。

 グロウルが消え去った今、

 俺こそが孤高の王となる!」


 バルク言葉を合図に、戦いの幕が上がった。


 巨躯が鎖を引きちぎった瞬間、轟音が響いた。

 肉塊と化した腕は三倍に肥大し、

筋繊維が鞭のようにしなりながら地を薙ぐ。

衝撃で床が裂け、熱気が吹き荒れた。


「魔鎧開放が出来ないっ!」

「私も式神の制御ができそうにないにゃん」

再び魔力干渉を受け、本能を刺激される。

二人は動揺しながら、なお戦闘態勢を維持。


「来い、霊道卿の眷属ども! 

 俺の力で、猫獣人どもの血を啜ってやるッ!」


ミュリアは、咄嗟に霊府を展開。

だが、衝撃で結界を形成する前に札ごと粉砕された。


 その間にバルグの大斧が唸りをあげて

振り下ろされる。

 その一撃は地を穿ち、石の床を深々と割った。

もしまともに受けていれば、

三人の誰ひとりとして無事では済まない。


バルグが更に踏み込む。床石を砕く一歩とともに、

筋繊維の鞭が四方に走る。

「っ、動きが重いくせに一撃が致命的ね!」

朱符しゅふ雷火顕現らいかけんげん

 ミュリアが飛来する破片を焼き尽くす。

 バルグの眼窩に宿る赤光は

 理性の欠片を残していない。


だが咆哮の奥に、

獣人団長としての誇りがかすかに響いていた。

 「……貴様、猫獣人セリアか……俺を、殺せ……」


 ミュリアが震え、触手を構える。

その迷いを察したセリアが前へ出た。


「バルグ!こんな形で会いたくなかったぜ!!」

 冥府プルートが光を帯び、突き出される。

だが筋繊維の鞭に弾かれ、壁に叩きつけられた。

 その隙にバルグは跳躍。

 質量の塊が落下し、地を揺るがす。


「《黒星の輝き》!」

 佐和子の槍から紫電が放たれ、

 バルグの肩口を焼き裂いた。

しかし、彼は怯むどころか狂気の咆哮をあげ、

 さらに力任せに斧を振り回す。


「ちょっと! 耐久力おばけだな!」

 セリアが後退しながら叫ぶ。


ミュリアの結界が何度組み直しても砕ける。

「……っ、私では無理かも……!」

 そこで佐和子が一歩、踏み込んだ。

「私がやる」

 彼女の指先から光糸が伸び、

バルグの右腕を絡め取る。

筋繊維が暴れて切り裂こうとするが、


 佐和子は前に出て、黒槍を一閃。

纏う光糸が筋繊維を斬り裂いた。

「ふん、案外脆いじゃない」


「お前……何者だ……!」

 バルグの生の声が一瞬、肉塊の奥から漏れた。

「ただの冒険者よ」

 佐和子は笑みを浮かべ、筋線維を切り裂いていく。

赤光が揺らぎ、バルグがのけぞる。


 だがすぐに左腕の筋繊維が爆発的に膨張し、

 触手のように四方へ伸びた。

「まだ終わらん……! 俺は群れを……守らねば……!」

 その叫びに反応するように幻影が再び渦巻き、


仲間同士を罵倒させる声が祭壇を満たした。

 精神干渉の第二波だ。

「ちっ……本能まで武器にするか!」

 セリアが歯を食いしばり、冥斧を構え直す。


「セリア、右足狙って! 動きを止めれば!」

「やってみる!」


「――今楽にしてやる!」

 幻影を貫くように、セリアは斧を振り下ろした。

結界の隙間から突き出た刃が咄嗟に屈んだ

バルグの肩を裂く。

「ぐあああああッ!」

 血肉の塊が飛び散り、闘技場が揺れる。


 しかし倒れはしない。

むしろ赤光がより濃く輝き、筋繊維が蠢き始めた。

「これからが……本能の檻だァ!」


バルグ戦、前後編の前半です。

誇りを守ろうとした男が、断章の罠に堕ちました。

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