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本能の檻《雄牛の角》―B級攻略失敗の報せ

断章ボスを退けた直後、首都から届いた報せは衝撃だった。

B級冒険者団《雄牛の角》が攻略に失敗し、全員が行方不明に。

「どうした? 

 断章ボスを完全に退治したのだぞ」

戦いの疲れを滲ませながらも、

アントニオは満足げに腕を組んだ。


だが、その勝利の報せに呼応するような

歓声は、場には広がらなかった。

設計主任エルド・ハシェムは、

浮かない顔を隠そうともしなかったのだ。


「……首都のギルド《牙折りの楼閣》で、

B級冒険者パーティがダンジョン攻略に

失敗しました。牛獣人たちが

――全員行方不明に」


一瞬、空気が止まった。

斧を握りしめたままのセリアでさえ、

反射的に眉を動かしたほどだ。


行方不明。

それはただの敗北や死よりもなお、

冒険者にとって不気味で

恐ろしい響きを持っていた。

「牛獣人って、

あのモーモー野郎達じゃないか!

 ざまぁ!」

やがて口を開いたのは、

いつも通りの軽口を放つセリアだった。


わざとらしいまでに明るい声音は、

沈鬱な空気を振り払おうとするかの

 ようにも聞こえた。

「セリア、空気を読みなさい」

佐和子の声は、

咎めるよりも呆れを帯びていた。


「……さっちゃんに言われると、

 ちょっとへこむぜ」

肩をすくめながら、

 セリアは頭を掻いた。


エルドは彼女たちのやり取りを流しつつ、

深く息をつく。

「詳しく説明いたします。

 どうぞ、こちらへ」


彼は冒険者一行をギルド長室へと案内した。

重厚な扉を抜けた途端、

外の喧噪とは無縁の

 冷たい静けさが彼らを包む。


「お察しの通り、

行方不明になったのは獣人バルグ率いる

《雄牛の角》総勢二十名。

 B級浸食ダンジョン攻略の最中でした」

「口ほどにもないやつだな」

 セリアは舌打ちした。

「この攻略失敗により観測搭の報告より

 世界寿命は80日縮まりました」

「…本当に台無しだ」

 トロンがぼそっと呟く。


「――本来、あり得ないのです」

エルドは首を振り、続けた。

「バルクは断章ボスの破片を埋め込まれ、

 煩悩兵器の試作運用中でした。

A級冒険者と遜色ない力を

 有していたはずなのです」


その言葉に場が揺らぐ。

断章ボスの破片を人に埋め込む

 ――背筋を冷たく撫でるような話だ。

「煩悩兵器って?」

セリアが眉をひそめると、

 エルドは諦めたように説明を始める。


「倒しても復活する断章ボスを、

 いかに軍事運用できるか。

黒印煩使団とアストラ=リフトの工房が

 共同で開発した技術です。破片を解析し、

 能力の一部を人間に行使させることが

可能になりました」


「気分が悪くなる話ね……」佐和子が呟いた。

「さっちゃん」ミュリアがそっと袖を引く。

彼女の瞳は、静かに告げていた。


(――首都で会ったマーレは間違いなく、煩悩兵器です)

佐和子は小さく頷く。

「幽霊の正体見たり、ってやつね」

「すでに接触されておいででしたか」

エルドの声音に、わずかな安堵が混じる。


「このまま静観すれば、

 そのマーレが事態の収拾に派遣されるでしょう。

だが、原因も不明なまま、

運用可能な煩悩兵器を二体同時に

 失うわけにはいきません」

「おい、てめぇ」

何かを察したセリアが椅子を

 蹴立てんばかりに立ち上がる。


「いいよ。私たちが行ってみる」

佐和子が静かに割って入った。

「……本当ですか!?」

エルドの声に、ようやく希望の色が差す。


「ギルドからの臨時依頼にしてくれるんでしょう」

「もちろんです。貢献ポイントも上乗せしましょう。

 首都までの旅費も負担いたします」


「ほら、偉い人に直接言うと簡単でしょ」

 佐和子が鼻を鳴らした。

「さっちゃんも伯爵位ですが……」

ミュリアの小声に少女は

 小さく肩を竦めるしかなかった。


そのやり取りを聞きながら、アントニオが口を開いた。

「では、ここで一度お別れだな」

「えっ、来ないのか?」セリアが声を荒げる。


「素材の鑑定も終わっていない。それに

――王を、正体不明のダンジョン攻略に

 同行させるわけにはいかない」

「ああ、結局そういう奴か」

「そういうことだ」アントニオはにかりと笑った。


「セリア。霊道卿の側近を名乗るなら、

 政治も学ばねばならんぞ」

「姉には無理です。

 今よりちょっと賢くなってもらえたら、

それで御の字です」

ミュリアがすぐさま言い放つ。

「出来のいい妹を持って何よりだ」

アントニオの笑い声が、

重苦しい空気をほんの少しだけ和らげた。


ーーーーーーーーーーーーーー

「B級浸食ダンジョン《本能の檻》 

    その内部第一層――《群れの回廊》」


霧は獣の匂いを帯びていた。

 足元の土が微かに震え、

回廊の壁面からは低いうなり声のような残響が伝わる。

ここは獣人専用

 ――本能を喰わせるために仕組まれた罠だった。


 先陣を切るのはバルグ・モルダン。

幅広い背に角を立て、すでに群れ強化のバフを掛け

歩みは群れの鼓動と同期している。

だが《群れの回廊》が吐き出す幻影は、

ただの姿ではない。


 消えた仲間の笑顔、共に祝った戦利品の光景、

忘れてはならぬ古い約束が、

あたかも今ここにあるかのように現れた。


「バルグ、右だ!」――声。

 振り向けば幼い頃の盟友が手を振る。

命令と記憶が混ざり、隊列は無意識に揺れる。

幻影が手招きするたび、

誰かが一歩、群れから外れた。

影が牙をむき、その者を押し潰したとき、

バルグは初めて自分の胸の中に潜む

“個になりたい”という囁きの強さを知った。


 灰色の霧が立ち込める浸食ダンジョン。

《群れの回廊》の幻覚に悩まされながらも、

攻略を進めるバルグ・モルダン隊。


 そこに実体の群れが紛れ込む。

 霧から飛び出してきたのは

幻牙狼げんがおおかみ

――幻影と見分けがつかぬ存在。

牙が肉に届けば、たとえ虚ろな姿でも傷は現実になる。

 さらに、壁を突き破って突進してきたのは

鉄角猪てっかくいのしし。硬質な角を振りかざし、

幻影の混乱に乗じて隊列を分断しようとする。


「この迷路……群れ幻影の密度が高すぎる!」

 リィナ・ホーンが魔導装置を操作しつつ叫んだ。

第一層の幻影は、仲間たちの記憶と誇りを映し出し、

群れとの同調を強制する。


 隊長バルグは冷静に号令を飛ばす。

「すべて幻覚だ。孤立するな! 一歩ずつ進む!」

 その声に力が宿った。

バルグの背に埋め込まれている試作段階の

《焦燥の断章》が共鳴し、

仲間たちの胸に「急げ、抜け出せ」

という衝動を流し込む。


それは焦りにも似た推進力となり、

幻影の囁きを振り払い、足を前へと進ませた。

さらに、その衝動は仲間へと共鳴し、

幻覚への耐性を強制的に底上げする。


 だが代償は重い。

「……な、なんだ、この感覚……!」

 バルグ自身もまた、

煩悩波の増幅に呑まれかけていた。 

鼓動が速すぎる。呼吸が荒い。

理性と誇りの境界が削られ、

群れと己との境界さえ揺らぎはじめる。


獣人たちの敗北は、単なる戦闘ではなく

「群れを惑わす檻」の罠によるものでした。

次回9/26日、佐和子たちがその真相を追います。

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