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砕けた斧と、合同攻略の約定

訓練場でセリアは聖騎士アントニオと激突するも、若王の裁断で戦闘は終息。

敗北を認めた彼女に合同攻略が告げられる。

一方ミュリアは旧式神符を再構成し、記録者としての矜持を示す。

振り返りざま、剣を押し返すと同時に、鎧の継ぎ目から魔力の蒸気が立ちのぼる。


その全身を覆う鉄壁が、黒い光を帯びて脈動した。

「これ以上は……手加減できんぞ」

アントニオの声は低く、重く、地面を震わせる。


剣先から迸る圧が、

戦場の空気をねじ曲げるようだった。

セリアは額の血を拭い、にやりと笑う。

「上等だ……最後までやってやる!」


再び踏み込もうとした、その時――

「――そこまでだ」

澄んだ声が、二人の間に落ちた。


次の瞬間、風が止まり、戦場の喧噪が遠のく。

若王が、ゆったりと歩み寄ってくる。


背後にはわずかな護衛を従え、

その眼差しは氷のように冷たく、

しかし底に燃える炎を隠していた。

「この場は私の名において禁ずる。

……聖騎士アントニオ、退け」


その声には反論の余地がなく、

アントニオは眉をひそめながらも剣を下ろす。

「……御意」

アントニオは剣を下げ、

セリアも肩で息をしながら斧を背負う。

ただし、二人の視線は互いに突き刺さったままだ。


「止めてもらってよかったな」

アントニオは目を細めると、軽く聖刻刃を振るう。

さざ波のような風がセリアを覆うと、

背負った斧が粉々に砕け散った。

「なっ」

「そんな武器で良く戦ってこれたものだ」


セリアは肩で息をしながら、聖騎士を見据えた。

「いい訓練になったんじゃない」

佐和子が訓練場の中に入り、声を掛ける。


猫耳に戦いの熱はまだ残っている。だが、

佐和子の笑顔を見ていると

不思議と心が落ち着いていった。

「ああ、完敗だよ。少し自惚れていたみたいだ」

セリアは素直に負けを認めた。

その表情は、悔しさよりもむしろ清々しかった。


「よし、俺達と合同でダンジョン攻略を行ってくれれば、

 壊した詫びに武器を進呈しよう」

「本当か!?」

「しかも先払いだ」


――じゅるり。

「セリア、涎が出てる」

「でも、まだC級にあがったばかりなんだ」


「問題ない。ティレク連邦ではA級冒険者が一人いれば、

その下のランクまでは何人でも連れて行ける。

B級だったら下位のC級までなら、

無制限という仕組みだ」

「獣人達がゴリ押ししたんでしょ」


「よくわかったな。獣人パーティーは全体バフをかけての集団戦を得意としている。

五人ずつスクラムを組んで

二段構えで突撃を繰り返すんだ。

山岳ダンジョンでもかなりの成果を上げているらしい」

「力こそパワーね」


「ははっ、その通り。断章ボスも何度か撃破してダンジョンの浸食を抑えているから、

首都じゃ英雄扱いだ。あまり事を構えない方がいい」


「聞いてた?セリア」

「悪かったよ…」セリアの耳がしゅんとした。


「攻略対象は侵食型B級ダンジョン、

『夢見の花園』になる」

「素材の配分はどうするの?」

「山分けでいいだろう。ただし、

ボスは倒したパーティーの総取りだ」

「わかりやすいな!了解だ」


「おい、あれを持ってきてやれ」

工房技師は布に包まれた一振りの斧を持ってきた。


「冥斧『プルート』だ。

握っただけで持ち主の魔力を吸い取るが、

魔力の余っている君にはうってつけだろう。

魔鎧開放の時に出る

無駄な雷も効率よく魔力に変換してくれるはずだ」

「無駄っていうな!でも、嬉しいぜ」

セリアは工房技師とアントニオに抱き着いた。


「霊道卿もお着きになられたばかりで、

 準備もあるでしょう。

 攻略は明後日、

 ダンジョン前で待ち合わせでいかがでしょう」

「でしたら、星灯りの庵をお勧めしておきます。

宿主のイリナは冒険者達に慕われておりますよ」


星灯りの庵――。

一泊二食付きで銀貨八〜十枚と、

冒険者にも優しいお値段だ。


女将のイリナ婆さんは人懐っこく世話好きで、

宿泊客の冒険話を聞くのが何よりの楽しみ。


そのせいか、この宿は「癒しの宿」と呼ばれ、

冒険者だけでなく旅芸人や学者までもが足を運ぶ。


宿帳には旅人たちの寄せ書きがびっしり残されていて、

読み返すだけでも一晩楽しめるほどだった。


「どうする? 

婆さんだから飯の支度も遅いかもしれないぜ」

セリナが妙に大きな声でぼやいた、

その瞬間――。


「聞こえてるよ、宿無しの野良猫が。

 夕食、あんたの肉は一枚減らしておくね。

 支度が遅いからさ」

奥から返ってきたのはイリナ婆さんのしっかりした声。


「おい、そりゃねーだろ!」

「自業自得よ」佐和子はにんまりと笑った。


魔具店《フミガヤ堂》


「翌日、街の外れに足を運んだ

 ミュリアは想いを新たにしていた」

(記憶者に準じた戦い方を、構築しなおさねば)


 ギルド長に紹介された、

煤けた看板を掲げる古い魔具店《フミガヤ堂》。

 棚には色あせた呪符、乾ききった式神紙、

煤で黒ずんだ符墨が並び、

奥では老人が胡坐をかいてうたた寝をしていた。


 きぃ、と扉の軋む音。

 白のローブに包まれたミュリアが入ってくる。


肩口の隙間からは、

金属光沢の触手が二本、無言で揺れていた。

 「……変わった客だな」

 薄目を開けた老人は、にやりと笑う。


 「神格持ちかと思えば……低圧型だな。魔力が足りん」

 佐和子と同じく一目で見抜かれたが、

 以前のような動揺はなかった。


 「最初にさっちゃんに指摘されています、

 反論はしません」


 ミュリアは静かに返し、古い式神紙を手に取った。

 墨の香りがふわりと立つ。

 「この術式……旧神代式。

 昔、クレタ島で見たことがあります

 ――再構成が必要そうだけど」


 彼女は文机の前に座り、筆を摘み上げた。

 筆先が紙を走り、古式の線をなぞりつつ、

 滑らかに改変していく。

 「……筆圧、安定。軸角、変位なし。記録可能」


 すらり、すらりと描かれる円弧。

 直線で断ち切られる余剰。

 一見古い陣式に見えて、

その奥には“記録者の手”による圧縮と省略が潜んでいた。


 その時――。

 ぱちん、と呪符が青白く閃光を走らせた。

線が一つ、暴走を始める。

 「――逸脱」

 触手の一本が即座に反応し、

筆を逆に走らせて術式を切断。

もう一本が紙を押さえ込み、暴発は寸前で鎮まった。


 傍らで見ていたセリアが思わず叫ぶ。

 「お、おい今の見たか!? 

 符が爆ぜる寸前だったぞ!」

 「ここの札が全部燃えたら弁償できないよっ」

 佐和子も目を丸くして頷く。


 ミュリアは淡々と、

 しかしわずかに口元を緩めて呟いた。

 「いざとなればユリハも出せました

  ……こっちの方が、性に合っているかもしれません」


 老人はその様子を眺め、くっくっと笑った。

 「あんたみたいな“神格持ち”は、たまにいる。

だがな、最後まで残るのは――“記録する者”だ」


 ミュリアは静かに目を伏せ、

書き終えた符を手に取った。

 中央に浮かぶのは、淡く光る「眼」の文様。

紙人形がぱらぱらと舞い、

式神が呼吸を始めたように見えた。


 ミュリアは静かに目を伏せ、

 書き終えた符を手に取った。

 紙人形がぱらぱらと舞い、

 式神が呼吸を始めたように見えた。


 「観察用式神構造把握、リンク成立。

 ――初期型シロガネ、起動可能」


 触手大きな”眼”が描かれた札を丁寧に収める。

 無駄のない動きの奥に、確かに職人の矜持と、

 記録者としての静かな熱が宿っていた。


今回はセリアの完敗と、ミュリアの符実験を描きました。

勇者一行との合同攻略が決まり、次はいよいよ「怠惰」の断章ダンジョン攻略に突入します。

次回9/19日更新予定です。

三人の成長がどう交わるか、ぜひ見届けてください。

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