国境都市《アストラ=リフト》と鉄壁の聖騎士
国境都市《アストラ=リフト》。セリアと聖騎士アントニオの激突が、火花を散らす。
翌日 ― 《アストラ=リフト》へ
朝。
窓から差し込む光に目を細めながら、
セリアは大きく伸びをした。
「よーし! 今日はもうゴチャゴチャなしで行くぞ!」
佐和子は寝ぼけ眼のまま髪を結い、ミュリアはすでに地図と記録を整えている。
三人が向かう先は――
冒険者ギルドと工房ギルドを統合した巨大施設、
《アストラ=リフト》。
城塞都市ティレクの知と力を象徴する拠点。
三人は結局首都にを一夜で離れ、
再び魔道列車に乗り込む。
「一人、金貨二枚だって。
だんだん感覚がおかしくなってくるな」
「でも、徒歩で三日かかる道のりが半日だよ。
そのうち、誰も歩いて旅をしなくなる」
佐和子は魔導列車が気に入ったようだった。
再び車窓をいっぱいに開け、
にこにこと微笑む。
三人が向かう先は
――冒険者ギルドと工房ギルドを統合した巨大施設、
《アストラ=リフト》。
エラフ公国とティレク連邦の国境に築かれた
“境界都市”であり、
両国の交易・技術・冒険が交差する、
いわば国際都市だった。
街の中心には白亜の工房塔《星見の斜塔》がそびえ、
周囲には宿舎や研究所、鍛冶工房が環状に広がる。
石造りの大路を進めば、
聖歌と笑い声が同時に溢れる広場。
魔導機器を並べた職人の露店と、獣人傭兵が鎧を叩き合う酒場が隣り合っている。
聖と俗、秩序と混沌――相反するものが渾然一体となり、
冒険者たちの血を熱くさせる場所だ。
「……活気があるな」
セリアが低く呟くと、佐和子は肩をすくめた。
《アストラ=リフト》の設計主任エルド・ハシェムが、
冒険者ギルドと工房ギルド双方の長を兼ねており、
この都市そのものが彼の実験場のように
運営されていた。
そして――施設に入った直後、佐和子たちは
エラフ公国から訪れたトロン王子率いる
勇者パーティと鉢合わせる。
「あんた、ずいぶん強そうだな!」
セリアは大柄な騎士に声を掛けた。
「何を殺気立っている?闘志がむき出しだ」
「昨日、嫌な奴らと立て続けに会ってさ。
あんたならわかるだろ。
そんな時どうしたらいいのか?」
セリアはニカっと笑った。
「いいだろう。相手してやろうか」
聖騎士アントニオは隣の小さな少年に頭を下げ、
セリアと共に訓練場に向かっていった。
「ずいぶん気が合いそうだな。名を聞こうか」
「サンヴォーラ霊道卿側近のセリアだ」
「よし、エラフ公国、
トロン王護衛の聖騎士アントニオだ。いざ参る!」
「もう始まっているぜ!」
聖騎士アントニオは、セリアの振り下ろすバトルアックスを大盾で正面から受け止めた。
轟音と共に金属の火花が散る
――まるで戦場そのものが目を覚ましたようだった。
「アントニオは聖騎士でありながら、エラフ公国の遺跡発掘を担う現役のA級冒険者でもあるのです
…お辞めになった方がよろしい」
少年王トロンは心配そうに見た目は
可憐な金髪娘を見やった。
一方、訓練場の二人はお互いに称え合う。
「やはり……いい腕をしている!これは楽しいな!」
その顔には、高揚の熱が混ざっていた。
セリアも、息を整えながら口の端を吊り上げる。
「名前は覚えたぞ、アントニオ!」
王の装束を肩で支えながら、
トロンが佐和子の前に挨拶に向かう。
足取りは幼さを残しながらも、瞳だけは揺らがない。
「灯の救済者を見つけ、我々が国家として、
何もしないわけにはいかない」
「どうか、私にも……共に戦うことを許してほしい」
その言葉に、場の空気が僅かに引き締まった。
見るものが見れば、少年の背負う“国”を見えただろう。
その横で、勇者ライザックがミュリアに向き直る。
「俺の名前もを覚えておいてくれ、
エラフ公国、勇者ライザックだ」
佐和子はぷいっと横を向く。
「あんたからも何か言ってくれよ」
ライザックは後ろに控えていたミュリアに声を掛ける。
だが、セリアの戦いに集中していた
ミュリアは冷ややかに答える。
「必要ありません」
「俺は勇者なんだぞ!」
訓練場で二人の戦いは佳境に入っていた。
セリアが斧を引き、アントニオが踏み込む。
鍛え抜かれた鋼の脚力で一気に間合いを詰め、
聖騎士の剣が閃いた。
「――光剣五連・破軍閃!」
次の瞬間、一本の剣撃が五つに分裂する。
残像ではない、本物の五連撃
――アストラ=リフト製の聖刻刃が起動したのだ。
(くそっ……幻覚じゃねえ、全部本物かよ!)
咄嗟に、本命と思われる右上段からの
切り下ろしへ狙いを絞り、斧で弾き返す。
だが残る四本の斬撃が鎧を裂き、
肩、脇腹、腿に熱い痛みを刻みつけた。
血飛沫が弧を描く。
肉を裂く痛みに膝が折れそうになるが、
セリアの目は笑っていた。
「――っは、やべぇな、お前!」
「終わりじゃないぞッ!」
アントニオは畳みかけるように再度剣戟を繰り出す。
今度は左下段切り上げへ狙いを絞り、
火花を散らして受け止める。
それでも他の斬撃は容赦なく肉を削り、
視界の端が赤く染まった。
「未熟だが――その思い切り、嫌いじゃない!
聖騎士団でなら大成するぞ!」
「余裕こいてんじゃねえよ……!」
「魔鎧解放――剛閃・魔斧裂旋ッ!!」
大地を踏み割る勢いで斧を振り下ろす。
圧縮された魔力の旋風が爆ぜ、
アントニオの大盾をきしませた。
「ぬぅっ……!」巨体が後方へと押し返される。
「鉄壁アントニオが……後退した!? 初めて見たぞ!」
トロンが佐和子との話を切り上げ、訓練場に目をやる。
「そのまま鉄壁を砕いてやるぜ!」
「調子に乗るなッ!」
アントニオは距離を詰めると、
鋼のような脚でセリアの鳩尾を打ち抜く。
(ぐぅッ……!)
肺の空気が一気に押し出され、体が宙を舞い、地面を何度も転がりながら土煙を上げた。
肺が焼けるように苦しい。
視界は揺れ、喉から漏れる息が血の味を運んでくる。
それでも――セリアの口元には、笑みが浮かんでいた。
「……っは、悪くねえ……。
やっぱ殴り合いはこうでなくちゃな」
ぐらつく膝を地面に突き立て、
斧の柄を支えに立ち上がる。
その瞳は、まだ折れていないどころか、
むしろ炎を増していた。
アントニオは、短く息を吐き、剣先を下げた。
「立ち上がるか……。やはり、お前は――」
「口閉じろ。まだ勝負は終わっちゃいねえ」
斧の刃が、血と土を滴らせながら構えられる。
地面が軋み、セリアの足元にひび割れが走った。
それはただの踏み込みではない。
体中の筋肉と魔力を一点に凝縮する、
獣の跳躍の予兆だった。
「行くぞ、聖騎士!!」
次の瞬間、風圧が砂を巻き上げ、
セリアの姿が掻き消える。
アントニオの目がわずかに見開かれる
――反応よりも早く、背後から轟く斧の唸り声。
「魔斧――烈破衝ッ!!」
火花と衝撃が交錯し、戦場が一瞬、光に飲まれた。
アントニオは背後へ剣を差し込み、
セリアの一撃を受け止めていた。
鉄と鉄が噛み合い、耳をつんざく悲鳴を上げる。
「……なるほど。今のは、悪くなかった」
ついに勇者一行との出会い。
セリアとアントニオの戦闘はまだ始まりにすぎません。
次回更新は9/17です。
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