群れなき者の雷――猫耳セリア、連邦に牙を剥く
猫耳セリアは獣人ギルドで侮辱を受け、怒りを胸に夜の回廊へ。
そこで待つのは任務に執着する魔装の女――マーレ・ヴァルディアとの邂逅だった。
牛獣人が鼻を鳴らすと、周囲の緊張がさらに高まる。
彼の名はバルグ・モルダン
――重装歩兵隊《鉄蹄牙団》の副隊長であり、
煩悩兵器との共鳴適性が最も高いと言われる男だ。
そんなバルグの肩に、後ろからひょいと手が置かれた。
白銀の角を持つ山羊獣人、
魔導技師リィナ・ホーンだった。
「バルグ、よそ者に構うな」
しかしバルグはリィナを振り返らず、
低く唸るように答えた。
「最初が肝心なんだよ、リィナ。
“牙”を見せねぇ奴は、すぐに食われる」
「ぶもっ! ぶもぉおおっ!」
後方にいた別の牛獣人たちが、雄叫びで同調する。
セリアが今にも飛びかかりそうになったとき、
佐和子が一歩前に出た。
「……バカばっかり」
ため息をひとつ、きっぱりと言い切る。
「ここで暴れたら、
あんたたちの群れもアタシたちもまとめて出禁だよ。
ティレク連邦の冒険者ギルドはここだけじゃない。
エラフ公国寄りのギルドに行こう」
佐和子が呆れたように踵を返した。
その声に、セリアは悔しそうに牙を噛んだ。
バルグは一歩踏み出しかけた足を止め、
鼻を鳴らして背を向ける。
「チッ……逃げるなら勝手にしな、チビ猫」
しかしその去り際、バルグの紅い瞳は
「次に会うときは容赦しねぇ」と告げていた。
ギルドを出たときには、
すでに街は群青の帳に沈んでいた。
大通りはまだ灯りと人の声で賑わっているが、
少し外れれば、
城塞都市特有の冷たい石畳が露わになる。
セリアは腕を組んだまま、つんと顔をそむけていた。
「ったく……あのモーモー、
次に会ったら角ごとへし折ってやる」
その尻尾の膨らみは、まだ怒りの余熱を隠せていない。
佐和子は歩調を合わせながら、肩をすくめた。
「セリア、今日は抑えたほうが正解」
「……わかってるよ」
口ではそう言うが、
セリアの爪は無意識に石壁をかきそうになっていた。
ミュリアは二人のやり取りを黙って記録していた。
「獣人ギルドの空気、予想以上に排他的。
猫耳の受容度――最低値に近い」
淡々と呟きながら、魔導記録球の光を閉じる。
やがて、彼女たちは繁華街の喧噪を離れ、
人気の薄い回廊へと入った。
城塞を支える補強壁の内部に造られた古い通路。
油灯が等間隔に揺れているが、
ところどころ火が消え、影が濃すぎる。
その時だった。
セリアの耳がぴくりと動く。
――空気が変わった。
湿度も温度も同じはずなのに、
肺に吸い込んだ途端、重たく、鋭い。
皮膚の下を這うような圧迫感に、
彼女は思わず立ち止まった。
「……おい、今、感じたか?」
低く問うセリアに、佐和子も頷く。
「うん……魔力の密度が変わってる。
いや、それだけじゃない……時間まで、ねじれてる」
薄明かりの回廊。 セリアは、
空気の密度が変わったことを直感で理解した。
時間そのものが凝縮し、皮膚が焼けつくような圧迫感。
ゆっくりと振り返ったその存在は
―― 鎧の左肩に刻まれた煩悩契約の紋章を鈍く脈打たせ、
死灰色の肌に冷たすぎる光を宿していた。
「立入禁止区画です」
――これは、生き物じゃない。
“任務”という意志だけで歩く、執着の器だ。
「立入禁止区画です」
まるで録音された機械音声のように繰り返される声。
セリアは反射的に構える。
だが次の瞬間、瞳を見た途端、呼吸が止まった。
――“視るな”。 脳が本能で警鐘を鳴らしているのに、
まるで、任務そのものが具現化したような…
“執着の器”が歩いているような感覚。
そして彼女――マーレ・ヴァルディア――は、
静かに一歩踏み出した。 灰煙が舞い上がる廃区。
セリアは瓦礫を踏みしめ、
目の前の白銀の魔装を纏う女を睨んだ。
血の気のない肌に、静謐すぎる瞳。
だが、それ以上にセリアの癇に障ったのは、
その「言葉遣い」だった。
「わたくしの任務は、貴女を排除することでございます。
非戦闘を選ばれるならば、
その選択を尊重いたしますが」
セリアの額に青筋が浮く。
「“ご尊重”? 殺すって言ってんだろうがよ……
あんたの辞書、どんな順番で単語並んでんだよ」
胸の内に滲み出したのは、怒りと
――どこか、理解不能な存在への恐怖だった。
マーレはほんの僅か首を傾げた。
「いいえ。任務遂行に感情を交えることは、
無用と心得ております故」
邂逅 ― 礼と雷の開戦 廃都市の残骸に立つ二人。
空気すら焦げつきそうな魔力密度の中で、
マーレ・ヴァルディアは優雅な姿勢を崩さず、
対峙するセリアを静かに見据えていた。
「わたくしの任務――貴女の排除でございます。
ご覚悟のほどを」
セリアは舌打ちしながら、金色の斧を肩に担ぐ。
「丁寧に殺しを告げるんじゃねぇよ。
気持ち悪い令嬢だな…!」
「金斧爆雷っ!」
セリアが咆哮と共に地面に斧を叩きつける。
衝撃波が瓦礫を跳ね上げ、
雷の爆ぜる音と共に周囲が吹き飛ぶ。
だが―― マーレは一度、裾を翻して脚を軸に回転。
《螺旋護脚》が衝撃波を巻き込むように捻り、
威力を拡散・逸らして回避。
「ご威勢がよろしくて。
ですが、着弾が甘うございますわ」
その言い方が、セリアの怒りに火をつけた。
「強魔流転っ」 セリアの魔力が斧へと流れ込み、連続振りが空気を裂く。
一撃、一撃――それぞれが粉砕力を帯び、
マーレの結界すら軋ませる。
跳躍からの急降下。
「これならどうだっ!?《崩牙突砕》」破砕音が、街路の石畳を砕く!
だが―― マーレは正面から受けて立つ。
「重礼掌破」
セリアの一撃を懐に飛び込み、手のひらで急加速打撃。
衝撃波でセリアの体勢、武器の魔力循環を乱す。
マーレの顔に優し気な笑みが浮かんだ。
「いい夜でしたが――猫耳さん、さようなら
《白銀礼刃》」
儀礼剣を用いた高速斬撃がセリアの首元に滑り込む。
「礼儀とは、力にも通ずるもの。お忘れなきよう」
セリアの頸動脈に一閃。堪で躱すも首筋に切傷が走る。
吹き出た血を魔力解放で止める。
「ぐっ、今の一撃は見えなかったぞ、《魔鎧解放》!」
雷光が弾け、セリアの輪郭が炎のように揺らぐ。
だがマーレは微笑を崩さぬまま、静かに告げた。
「任務とは、勝敗を超えて果たされるもの。
――ご理解を」
第二章、本格的に戦闘突入です。
セリアとマーレの対比を楽しんでいただければ!
次回更新は9/13を予定しております!
いいね、評価いただけると嬉しいです。
よろしくお願いします!