素材を守れ!ちび佐和子の黒槍制裁
ちび佐和子は怒りに満ちた顔で、得意げに振り向いたミュリアの頭を再び黒槍でごんごん。
「そーざーいいぃぃぃーーー!!」
「ギニャァァア!」ミュリアは悲鳴を上げる。
「牙と毛皮はいい値段で売れたのに、
消し炭にしてどうする!」
「ごめんなさいぃぃ……」
ミュリアはくるりと身を翻すと、
銀色の猫に戻ってふわりと着地。
そしてちび佐和子の周りを、
くるくると軽やかに回り始める。
「にゃっ、にゃっ、にゃっ♪」
それを見たセリアも、もふんと金色の猫に変身。
続いてちび佐和子の周囲を
同じようにぐるぐると回り始めた。
「にゃーにゃーにゃーっ♪」
二匹の猫神が、神々しさのかけらもない
高速スピンを交互に繰り返しながら、
にゃーにゃーと高らかに鳴き続ける。
その真ん中で、ちび佐和子は腕を組み、
じっと彼女たちを見つめていた。
「……むっ」
唸るような声とともに、
黒槍の柄がわずかに持ち上がる。
にゃんこたちの軌道に、一瞬だけ緊張が走った。
「私より可愛くなるな!
今日は引き上げる。戦意がそがれた!」
肩に銀髪と金髪の猫を乗せたちび佐和子が、
冒険者ギルドの扉を開けて帰還した。
「お帰りなさいませ。お嬢様方」
ギルドの受付が笑顔で迎えたが、
その目線は肩の猫たちに釘付けだった。
「ふふ、肩に猫なんて乗せてると、
ちょっと魔女っぽいですね」
その言葉に、ちび佐和子は顔を少し赤らめ、
猫たちを撫でた。
「私は看護師天使」
「……あいにく、その職業は登録一覧にありませんね」
ちび佐和子が答えると、受付は肩をすくめて笑った。
「魔法使い、ということでよろしいでしょうか?」
「むむ、魔法使い
……騎士団長は自由に決めて良いって言ってたのに……」
「ですが、推薦状のどこにも
そのようなことは書かれておりません」
ミュリアはメイドの姿に戻ると、手帳を取り出した。
「“看護師天使”……記録しました。
きっと大切な記憶だと思います」
「わかった。魔法使いでいい」
ちび佐和子は小さく鼻を鳴らした。
宿屋《月影のほころび亭》
石畳の外れに佇む木造の宿は、
看板が軋む音を風にのせながらも、
中はハーブと焼きパンの香りに包まれていた。
「いらっしゃい、お嬢ちゃんたち。旅の方かい?」
カウンターの奥から現れたのは、
グレイの髪をターバンでまとめた、
ふくよかな中年の女性。
エプロン姿でにこやかに迎えてくれる。
「ようこそ、月影のほころび亭へ。女将のナツメだよ。
お嬢ちゃんたち、旅の疲れをたっぷり癒してっておくれ」
「よろしく」
佐和子が丁寧に頭を下げると、
ナツメは嬉しそうに目尻を下げた。
「一泊銀貨3枚、朝、夕食事付きなら6枚だ」
「ご飯付きで。とりあえず一週間」
佐和子は金貨を並べた。
「あいよ、今夜のお部屋は二階の角部屋。
ごはんはシチューと焼きたてパン、
それに宿自慢のハーブスープ付き。
疲れに効くから、冒険者には人気なんだよ」
指を鳴らすと、奥から湯気の立つトレーが運ばれてくる。
見るからに美味しそうな料理が所狭しと並んでいた。
「おおおおお……!」
セリアが真っ先に駆け寄ってシチューの鍋を覗き込む。
「肉、すごい! ほろほろ!」
「今朝、冒険者が獲ったばかりの肉さ。
さあさ、熱いうちにどうぞ」
ナツメが笑いながらエプロンで手を拭くと、
そっとミュリアの頭を撫でた。
「猫ちゃんもいるのかい?すごい魔力がある子だね。
……もしかして、変化できるタイプ?」
「ふにゃ……ご明察。余計なこと言わないでにゃ」
「あらまあ、口もきくのね。可愛いわ~。
じゃあ、猫用のミルクも出しておこうかね」
そう言ってナツメが厨房に戻ると、
三人は料理を囲んで食事を始めた。
温かい味と、どこか家庭的な雰囲気が、
疲れた身体にじんわり沁みていく。
「いい宿だね」
佐和子がぽつりとつぶやいた。
「うん。ちゃんと休めそう」
ミュリアもこくりと頷いた。
「セリア、何皿目……? それ、ミュリアの分じゃ──」
「にゃーん!」
「にゃーんじゃない!」
その夜、佐和子とセリアが寝た後も、
ミュリアは借りてきたF級ダンジョンの
魔物図鑑を読みふけっていた。
(私だけ……全然お役に立てなかった。
このままだと……見捨てられる)
ページをめくる手が止まらない。
(佐和子様に任されたダンジョンボスを
──私はけっ、消し炭にっ!!)
頭を机にごんごんと打ちつけながら、
ミュリアは悔しさを噛みしめる。
(セリアは注意された直後には動けてた
……私だって知識があれば、醜態を晒さずに済んだのに)
翌日、F級 ダンジョン入口前
ちび佐和子は腰まである紫髪をまとめ、
地図を広げながら呟いた。
「F級とはいえ、油断大敵。今日のボスは……大ムカデね」
セリアはバトルアックスを担ぎ、ニカッと笑う。
「ムカデごとき、この斧でドーンと叩き潰して──」
「だーめっ! 殻が高く売れるの。
丁寧に外殻を切り出して、形を残すことがポイント!」
佐和子はセリアの腕を引っ張って止めた。
「今日こそ、ちゃんとお役に立たせてもらいます!」
ミュリアは拳を握りしめた。
ダンジョンに入ると、
ふわふわと黒い瘴気を帯びた小さな石柱が向かってくる。
「いつもの黒いの出た」
「燈篭尖頭です、佐和子様。
素材にならないので砕きます」
「いつものデカいネズミ」
「むじな鼠です、佐和子様。
小さすぎて素材にならないので潰します」
「ちっ、素材のことばっかり……」
セリアが不満げに銀髪猫耳メイドをにらむ。
「昨日、素材のことを注意されたでしょ。学習しなさい」ミュリアが涼しい顔で返す。
「そう、資金がなきゃ活動できない。
ミュリア、いいこと言った」
猫の姿に戻ったミュリアが尻尾で敬礼。
「にゃるほど、忍耐と観察か!」
セリアはむじな鼠を薙ぎ払いながら鼻息を荒くした。
「鼠を見ると興奮が抑えきれないにゃん」
巨大ムカデの頭をバトルアックスで切断し、
殻の採取が始まった。
「大ムカデの殻は、“硬質魔材”って分類で。 魔導具の核素材にと言われています」
「でも、厚みがバラバラ。砕く前に厚みと色調をチェックして……よし、この殻節いける!」
セリアが我慢できずに斧を構えたその瞬間──
「待ったぁぁあ! 壊したら価値が半分になる!」
黒槍がセリアの頭に容赦なく振り下ろされる。
ごちん。
鈍い音と共に、セリアの頭に大きなこぶが出来た。