素材を守れ!ちび佐和子の黒槍制裁
ちび佐和子は怒りに満ちた顔で、得意げに振り向いたミュリアの頭を再び黒槍でごんごん。
「そーざーいいぃぃぃーーー!!」
「ギニャァァア!」ミュリアは悲鳴を上げる。
「牙と毛皮はいい値段で売れたのに、消し炭にしてどうする!」
「ごめんなさいぃぃ……」
ミュリアはくるりと身を翻すと、銀色の猫に戻ってふわりと着地。
そしてちび佐和子の周りを、くるくると軽やかに回り始める。
「にゃっ、にゃっ、にゃっ♪」
それを見たセリアも、もふんと金色の猫に変身。
続いてちび佐和子の周囲を同じようにぐるぐると回り始めた。
「にゃーにゃーにゃーっ♪」
二匹の猫神が、神々しさのかけらもない高速スピンを交互に繰り返しながら、
にゃーにゃーと高らかに鳴き続ける。
その真ん中で、ちび佐和子は腕を組み、じっと彼女たちを見つめていた。
「……むっ」
唸るような声とともに、黒槍の柄がわずかに持ち上がる。
にゃんこたちの軌道に、一瞬だけ緊張が走った。
「私より可愛くなるな! 今日は引き上げる。戦意がそがれた!」
肩に銀髪と金髪の猫を乗せたちび佐和子が、冒険者ギルドの扉を開けて帰還した。
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「お帰りなさいませ。お嬢様方」
ギルドの受付が笑顔で迎えたが、その目線は肩の猫たちに釘付けだった。
「ふふ、肩に猫なんて乗せてると、ちょっと魔女っぽいですね」
その言葉に、ちび佐和子は顔を少し赤らめ、猫たちを撫でた。
「私は看護師天使」
「……あいにく、その職業は登録一覧にありませんね」
ちび佐和子が答えると、受付は肩をすくめて笑った。
「魔法使い、ということでよろしいでしょうか?」
「むむ、魔法使い……騎士団長は自由に決めて良いって言ってたのに……」
「ですが、推薦状のどこにもそのようなことは書かれておりません」
ミュリアはメイドの姿に戻ると、手帳を取り出した。
「“看護師天使”……記録しました。きっと大切な記憶だと思います」
「わかった。魔法使いでいい」ちび佐和子は小さく鼻を鳴らした。
**
宿屋《月影のほころび亭》
石畳の外れに佇む木造の宿は、看板が軋む音を風にのせながらも、
中はハーブと焼きパンの香りに包まれていた。
「いらっしゃい、お嬢ちゃんたち。旅の方かい?」
カウンターの奥から現れたのは、グレイの髪をターバンでまとめた、
ふくよかな中年の女性。エプロン姿でにこやかに迎えてくれる。
「ようこそ、月影のほころび亭へ。女将のナツメだよ。
お嬢ちゃんたち、旅の疲れをたっぷり癒してっておくれ」
「よろしく」
佐和子が丁寧に頭を下げると、ナツメは嬉しそうに目尻を下げた。
「一泊銀貨3枚、朝、夕食事付きなら6枚だ」
「ご飯付きで。とりあえず一週間」佐和子は金貨を並べた。
「あいよ、今夜のお部屋は二階の角部屋。ごはんはシチューと焼きたてパン、
それに宿自慢のハーブスープ付き。疲れに効くから、冒険者には人気なんだよ」
指を鳴らすと、奥から湯気の立つトレーが運ばれてくる。
見るからに美味しそうな料理が所狭しと並んでいた。
「おおおおお……!」
セリアが真っ先に駆け寄ってシチューの鍋を覗き込む。
「肉、すごい! ほろほろ!」
「今朝、冒険者が獲ったばかりの肉さ。さあさ、熱いうちにどうぞ」
ナツメが笑いながらエプロンで手を拭くと、そっとミュリアの頭を撫でた。
「猫ちゃんもいるのかい? すごい魔力がある子だね。
……もしかして、変化できるタイプ?」
「ふにゃ……ご明察。余計なこと言わないでにゃ」
「あらまあ、口もきくのね。可愛いわ~。じゃあ、猫用のミルクも出しておこうかね」
そう言ってナツメが厨房に戻ると、三人は料理を囲んで食事を始めた。
温かい味と、どこか家庭的な雰囲気が、疲れた身体にじんわり沁みていく。
「いい宿だね」
佐和子がぽつりとつぶやいた。
「うん。ちゃんと休めそう」
ミュリアもこくりと頷いた。
「セリア、何皿目……? それ、ミュリアの分じゃ──」
「にゃーん!」
「にゃーんじゃない!」
**
その夜、佐和子とセリアが寝た後も、
ミュリアは借りてきたF級ダンジョンの魔物図鑑を読みふけっていた。
(私だけ……全然お役に立てなかった。このままだと……見捨てられる)
ページをめくる手が止まらない。
(佐和子様に任されたダンジョンボスを──私はけっ、消し炭にっ!!)
頭を机にごんごんと打ちつけながら、ミュリアは悔しさを噛みしめる。
(セリアは注意された直後には動けてた
……私だって知識があれば、醜態を晒さずに済んだのに)
**
翌日、F級 ダンジョン入口前
ちび佐和子は腰まである紫髪をまとめ、地図を広げながら呟いた。
「F級とはいえ、油断大敵。今日のボスは……大ムカデね」
セリアはバトルアックスを担ぎ、ニカッと笑う。
「ムカデごとき、この斧でドーンと叩き潰して──」
「だーめっ! 殻が高く売れるの。丁寧に外殻を切り出して、形を残すことがポイント!」
佐和子はセリアの腕を引っ張って止めた。
「今日こそ、ちゃんとお役に立たせてもらいます!」
ミュリアは拳を握りしめた。
ダンジョンに入ると、ふわふわと黒い瘴気を帯びた小さな石柱が向かってくる。
「いつもの黒いの出た」
「燈篭尖頭です、佐和子様。素材にならないので砕きます」
「いつものデカいネズミ」
「むじな鼠です、佐和子様。小さすぎて素材にならないので潰します」
「ちっ、素材のことばっかり……」セリアが不満げに銀髪猫耳メイドをにらむ。
「昨日、素材のことを注意されたでしょ。学習しなさい」ミュリアが涼しい顔で返す。
「そう、資金がなきゃ活動できない。ミュリア、いいこと言った」
猫の姿に戻ったミュリアが尻尾で敬礼。
「にゃるほど、忍耐と観察か!」セリアはむじな鼠を薙ぎ払いながら鼻息を荒くした。
「鼠を見ると興奮が抑えきれないにゃん」
巨大ムカデの頭をバトルアックスで切断し、殻の採取が始まった。
「大ムカデの殻は、“硬質魔材”って分類で。魔導具の核素材にと言われています」
「でも、厚みがバラバラ。砕く前に厚みと色調をチェックして
……よし、この殻節いける!」
セリアが我慢できずに斧を構えたその瞬間──
「待ったぁぁあ! 壊したら価値が半分になる!」
黒槍がセリアの頭に容赦なく振り下ろされる。
ごちん。
鈍い音と共に、セリアの頭に大きなこぶが出来た。