煩悩断章 第九灯『優越』の臨界点
「──来たね、“灯”の子」
ボス:断章型煩悩 第9灯『優越』
討伐履歴が無く、素材報酬不明。
騎士団より素材持ち帰りを討伐証明とし
金貨200枚を確約。
・その姿を見たものは高揚心を煽られ、
無謀な突撃を敢行する。
・水棲特性
ーー周囲一帯の地形を変化させことができる。
「一撃でケリをつけてあげる!
怨重突風」
──夢クラゲ周囲の水流が歪み、
強烈な断層風が発生する。
辺りの岸壁が抉れ、海水は鋭い槍と化し、
高速で降り注ぐ。
佐和子達の足元に海水が溢ち、
動くことすらままならない。
しかしーー
「あーあ、髪が濡れちゃった」
佐和子は両手で雫を祓った。
「えっ、何!?」
――水系統の大技狙っていたのが丸わかりだったから
構造解析していたのよ。
初見じゃなかったらもっと完璧に防げたんだけど。
「私も驚きました」ミュリアは口元を押さえる。
「あいつは、私達の実力を確かめようともせず、
大技で決着をつけようとした。
つまり、これまでの冒険者には有効な手段だった」
――ミュリア、こちらも大技の準備。
佐和子は声を落として囁く。
「夢クラゲはそうやって成功体験を積み上げてきた。
だから、戦闘経験値はそこしかない
ーーそこに私が力の差を見せつけた。今なら当たる!」
「ヴァルミリオン・ルイン!」
「ぐあぁあぁああ!!」
夢クラゲが足を何本か失いながらも回避する。
「C級ボスに納まらない強さなかのはわかる。
フィールド操作、ヴァルミリオン・ルインへの
耐久力を見ても優秀」
波に抉られた暗い岩礁。
半透明の巨体が光脈を走らせ、
灯のように脈動するたび、
水圧ごと空間が震えた。触手が槍へと変じ、
鋭利な穂先が突き出される。
「来るぞ!」
セリアが斧を構えるより早く、鋭い突きが走った。
――《羨望打突》。
水が爆ぜ、槍の一突きがセリアの斧に激突する。
衝撃が骨を伝い、腕が痺れる。
「っ……重い!」
「何でこれで潰れないの?」
夢クラゲは動揺しながらも攻撃を切り替える。
次の触手が拳に変形し、連続で叩き込まれる。
――《重澱連打》。
ゴン、ゴンッ、と鉄槌のように叩き込まれ、
受けるたびに衝撃が増幅する。
セリアは岩に弾かれ、
泡を撒き散らしながら吹き飛んだ。
「魔鎧解放したセリアを
力勝負で吹き飛ばし、
人語を解する。間違いなく強い」
「コイツ、力を溜め込む気だわ!」
ミュリアが霊府を飛ばし、拳の軌道をずらす。
拳撃は岩に逸れて大穴を穿った。
その隙――巨体の中心で光核が眩く輝く。
――《澱核爆射》。
超圧縮の粘液弾が炸裂し、精神残滓の霧が漂った。
「……ちっとも効かない」
霧の中から、佐和子が歩み出た。瞳には笑み。
「羨望の気持ちを増幅させる精神攻撃、
仲間割れには最適ね」
「私を、分析するなぁ!!」
苛立つように触手が広がり、
背後から迫っていたセリアを捕らえる。
「こいつ、後ろに目がついてんのかよ」
――《絡撃触手》。
全身を締め上げ、骨が軋む音が響く。
「ぐっ……くそっ!」
「油断し過ぎ!」
佐和子が黒槍で斬り裂き、
粘液を散らしてセリアを救出する。
「常に先手を取り、多彩な技で圧倒するスタイル
ーーだけど、そこ止まり。
『優越』に浸るには早すぎたね」
「くっ」
夢クラゲの全身が赤く脈動し始めた。
「……核が暴走する!」ミュリアの声。
――《優越解放》。
感情の奔流が衝撃波となって炸裂し、
三人の身体を宙に弾き飛ばした。
「がっ……!」
まだ先程のダメージが残っているセリアは膝をつき、
肺から泡を吐き出す。
ミュリアは障壁展開してセリアに駆け寄った。
一方で、夢クラゲ自身の核にも亀裂が走っていた。
「……チャンス」
佐和子の口元が笑みに歪む。
夢クラゲは残った足で高速の突撃を放つ。
――《羨望打突》。
「最後くらいいいとこ見せておかないとな!」
セリアが全身でそれを受け止め、
斧と槍が火花を散らす。
「佐和子様!」
ミュリアの声に応じ、少女は宙を舞った。
黒槍が一直線に光核へ――。
――砕け散る。
光の粒子が舞い、夢クラゲの巨体は崩れ落ちた。
「……核、ちゃんと残ってるわね」
佐和子は破片を拾い、無造作に笑った。
「まったく……命がけで抑えたんだぞ、
感謝ぐらいしてもいいだろ!」
セリアが息を荒げ、座り込んだ。
「はーい。ふたりともお疲れさま」
ミュリアが霊府を戻し、安堵の笑みを浮かべた。
戦場に、ようやく静寂が戻る――。
冷たい靄が道を覆う。
廃墟の階段に腰を下ろして、
ちび佐和子は石に手を当てた。
灯が、うっすらと共鳴している。
「二人は奥に散らばっている冒険カードを集めて…」
「あっ、ギルドは喜ぶでしょうね」
波打ち際に打ち上げられた
攻略失敗者達の冒険カードを二人のメイドが
拾い上げていく。
ごつごつした遺跡の隙間に、かすかに光る粒子。
それはまるで誰かが忘れた古い言葉のように、
弱く、あたたかく、震えていた。
二人がカードを集める間に、
佐和子はどんどん岩壁の階段を下りていく。
「おい!そっち危ないぞ!って、もう下りてるし!
馬鹿!聞いてんのかァ!」
ドン、と音を立てて駆け降りてきたのはセリア。
斧を背負ったまま勢いよく飛び出してきて、
階段に足を滑らせた。
「うおっ……あぶ……セーフ!」
「……アウト寄りですわね。
姉さんの命運は滑りやすい床に支配されてますの?」
ミュリアが、ため息まじりに言った。
スカートの裾を払いつつ、
紅茶のポットを大事そうに抱えていた。
「まったく……お前が黙ってたら、
あたしの立場ないんだからな!
あっ! もう灯に辿り着いてる!」
佐和子は、灯を見ていた。大きな燭台に1本、
その脇に小さな灯が2本。
触れたわけでも、話しかけたわけでもない。
ただ、そこにあった灯が、消えなかった。
ふつうなら、これだけ強い晒され瞬く間に消える。
記憶は散り、世界はそのぶん寿命を縮める。
けれど、今日は違った。
それだけのことで、セリアはじっと佐和子を見つめる。
彼女の目の奥に、何か答えがある気がして。
「……佐和子様、やっぱこれは普通じゃないぜ」
セリアがぽつりとこぼす。
「灯に好かれてんのか、世界に甘やかされてんのか……それとも、ただの子供なのか…」
ミュリアは隣で微笑む。
紅茶を注ぎながら、小さく呟いた。
「……いずれにせよ、結果は同じですわ。
今日、世界はひとつ、壊れずに済んだ」
佐和子はふと、セリアの方を向いた。
首を傾げ、小さな声で言う。
「……あったかいね、今日」
それが何を意味するのかは、
たぶん彼女にもわかっていない。
けれど、それでいいのだと、
セリアはなぜか納得してしまう。
「……そうだな。ボスもいなくなって、
陽が差してきたのかもな」
佐和子が一歩踏み出す。
「灯ったよ」
触手が切れ、クラゲが砕け、
洞窟に穏やかな光が差す。
石の壁に刻まれていた灯がふっと光り、
佐和子の顔を照らした。
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◆ 成果報告と余波
■ 煩悩断章:第9灯『優越』 攻略完了
■ 灯:灯火成功
■ 世界寿命延長:+181.04日
【ボス素材】討伐証明
夢核の欠片 ×1
(光を帯びたクラゲの核。高位魔道具の触媒)
夢泡の触手 ×2
(武器加工素材。水圧や精神干渉に耐性あり)
この物語が、灯を絶やさずに進んでいけるように。
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