灯哭の兵長 ―空の鎧に残るもの―
「……できた」
驚きと安堵が混ざった声が漏れる。
「ほらね、身近な方が成功率が高いって言ったでしょ。
使役の札を忘れないように」
佐和子の声は淡々としていたが、
口元にはかすかな笑みがあった。
小さな雫は、ミュリアの指先をくすぐるように震えた。
まるで、ずっと前から彼女のそばにいたかのように。
「……セリアの声が聞こえないと思ったら、もう寝てます」
「明日はユリハの素材集めだから、私も寝るよ」
「えっ、明日はギルドの依頼で
D級ダンジョンのボス確認では?」
「あっ、忘れてた」
「式神のことはその後でいいです。
私はもう少し、この子と話してます」
「まだ声は出せないし、思考もないかもよ」
「はい、それでも構いません」
ミュリアはそっと雫をすくい上げた。
「ユリハ、と名付けます」
(ミュリアの機嫌は直ったけど、紅茶は飲みそこなったな……)
佐和子は小さく首を振って、眠りに落ちた。
翌日。
灯哭の霊廟は、昨日よりも静かだった。
入口を覆う結界は、
まるで呼吸を止めたかのように沈黙し、
空気はひんやりと湿り気を帯びている。
佐和子がいつもの草を採集しよとうと手を伸ばすと、
ユリハがすっと現れ、草を体内に取り込み始めた。
「成長素材だったんだ…」
ユリハの雫が一回り大きくなった。
「ごめん、ザインの草は食べられちゃったよ」
(いいってことよ)
佐和子の脳内ザインが草を頬張りながら親指を立てた。
**
崩れ去った礼拝堂からスケルトンが湧き出てくる。
「ここは、私がいきます」
ミュリアがスケルトンの間を駆け抜けると
六本の触手が俊敏に動き、
瞬く間に元の亡骸に戻してしまった。
「ユリハを可動部に纏わせてみました」
「水の形態変化だ、ユリハの視界も使っていたね。
教えてないのに偉い!」
ちび佐和子は指でハートを作り、両肩に持って行った。
「一気に倍。120点」
「私の出番なくなるんじゃねーか」
セリアが呆然として妹の姿を見る。
近接と遠隔とお互いに超えられない壁を持って、
こう思っていたのだ。
ーー私達は二人でひとつ。
「いえ、もうユリハは力を使い果たしてしまいました…」
ミュリアはわずかに首を振り、姉に微笑みかけた。
ユリハは霊府に戻ったので、そっと布袋に入れる。
**
ボス:遺火の鎧魂
霊廟の結界は、既に破壊されていた。
灯籠も、名を告げた際に力を失い、沈黙している。
「兵長の霊鎧に宿っていた“加護”
――魔力強化・物理無効・自己再生などの結界強化が、
すべて無効。もう……ただのD級だ」
佐和子が冷静に言う。
「加護は消えてる。物理も魔法も通る、
行動は生前のパターン再現……」
「つまり、型だけ残った亡霊か」セリアが斧を構える。
最下層。黒く焼け焦げた広間に、
朽ちたままの甲冑が虚ろに立っていた。
鎧は無言のまま、ぎぎ、と首を傾ける。
中身など存在しない。
ただ、空虚な胸部で火が燻っている。
風もないのに、焔は吹き上がるように赤く点り始める。
直後、床に埋め込まれた魔方陣がゆっくりと赤熱化し、
鎧の足元から一筋の霊炎が這い上がる。
中身を失ったはずの黒鎧が、がしゃり、と膝をつき、
ぎりぎりと関節を動かす音が広がる。
「……まだ、終わってないのか」
セリアが、手にした斧を構える。
鎧が立ち上がった。
その兜の奥には、もう光も瞳もない。
あるのは、殺戮の記憶だけ。
「いや……違う。あれは“兵長”じゃない。
けど、“兵長だったもの”……!」
ミュリアが呟く。
視線の先で、鎧の全身が焔に包まれ、
形だけが残った存在が槍を構えた。
それは、燃える器のように、ただ本能のまま動く――。
攻撃は重く鋭いが、感情のこもらない、規則的な突き。
セリアは躱すが、殺気も無いのでやりずらい。
表情を消し、こちらも機械的に引手に合わせて踏み込む。
まったく防御姿勢を取らず、槍を再度構えた遺火の鎧魂に
バトルアックスを叩きこむ。
砕けた鎧の背から、幻影のような「兵長の記憶」が立ち上がる。
攻撃範囲が広がり、鎧本体が断続的に赤く脈打ち始める。
「……誰……護る……?」
炎の奥から、掠れた声が漏れる。
だが、それは鎧が発しているわけではない。ただの残響だ。
鎧の内部で魔力の音が膨れあがる。
そして放たれる、三段突き。
まさにカラムの十八番の技が、模倣の精度で再現されていた。
「動きが、同じ……いや、速いッ!」
セリアが一撃目を斜めに受け流し、
二撃目を体をひねってかわす。
三撃目はかすっただけで、地面がえぐれた。
鎧はためらいもなく、横薙ぎへと移る。
佐和子がその動きを見抜き、
身を翻すように跳躍――
ガンッ!
柄の部分で打ち返す一撃。
黒槍のカウンターが、鎧の左肩を弾いた。
が、怯まない。
「“痛み”がない……“間”も、“判断”もない。
完全に模倣された型が、魔力で駆動してる……!」
ミュリアが術式を解析しながら叫ぶ。
ガン──。
重い音とともに、鎧が起き上がった。
だがその動きは、鈍く、すでに“読まれている。
「……もう、全部わかってる。次は三段突き、
左にスライド、回転薙ぎ」
セリアはすっと肩の力を抜き、斧を肩に担ぐ。
「なんていうか
……カラムって、見てると律儀すぎてバカっぽい
死んでからまで、真面目すぎるでしょ」
次の瞬間、斧が閃いた。
「──《魔鎧解放・剛閃零閃落》ッ!!」
魔力が斧に一点集中、
軌道を歪めるほどの加速がかかる。
動き始めた鎧の突きが振り切られるより早く、
斧の刃が胴体を貫いた。
いや、貫くどころか――上半身ごと粉砕した。
ガンッ、ガラガラガラ……!
とどめの一撃が鎧を割る。
青く燻っていた残火が、
一瞬だけ紅くなり――静かに消えた。
鎧は崩れ落ちるが、内部には何も残っていない。
ただ、床にひとつの核が転がっている。
それは、焔の鼓動のようにしばらく
青白い霊気を放っていたが、
やがて沈黙し、霊廟の空間が落ち着いた空気に包まれる。
「え……いまの、終わり?」
ミュリアが呆然と呟く。
「……D級なんだろ?」
セリアが肩をすくめる。
軽口に見えたが、刃を払う彼女の手はわずかに震えていた。
「護るものを失った鎧
……ただ戦うためにだけ立ち上がるなんて」
ミュリアの声は低く、どこか痛みを含んでいた。
「……あった。ドロップ、これだけ?」
佐和子が近寄って確認し、ぽつりと呟く。
ドロップ品(今回)
•《灯哭の残灰》(確定):暫定金貨15枚
霊具の触媒や高ランク魔法陣の素材になる。
この物語が、灯を絶やさずに進んでいけるように。
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