表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
煩悩108の異世界で、踏襲少女は紅茶とともに世界を救う  作者: ふりっぷ
第一章・サン=ヴォーラ王国編
15/35

紅茶の祈り、水の式神

 フェリアは口を噤み、深く一礼した。


「恥の上塗りついでだが……

できれば、もう一度“追火の霊廟”を調査してほしい。

安全が確保されるまでは、

ダンジョンのランクを更新できないんだ」


 グラントが深く頭を下げたその時、

 佐和子は背中越しに手を振った。


「じゃ、また草あげるね、ザイン」

「だから俺は食わねえっての!!」


 いつものやり取りに、ギルド受付嬢の緊張がふっと緩む。

 佐和子が出て行った後、

 フェリアはグラントに頭を下げた。


「すいません、取り乱しました……」

耳がしょんぼり垂れている。

「全部俺のせいにしておけばいいさ。

 お前がいなくなると困る」


 グラントは軽くフェリアの背を叩いた。

「きゃっ……!」華奢な体がよろめく。


「エルフでも嫁入り前なんですけどー!」

「はっはっ、じゃあ、お互い様だな」


 親指を立てるグラントに、

フェリアはむくれ顔のまま書類に戻った。


**


「どうされます? 佐和子様」

「追火の霊廟は、もう一回いきたい。

 おもしろかったから」


「……マジで言ってんのか……?」

 セリアの小声を、ミュリアがそっと押さえつける。

「レアドロップも確認できましたし、

 再調査の価値はありますね。


 灯籠の仕組みも、もう一度検証したいです」

「うん、ザインも草をあげたらちょっとだけ嬉しそうだった」

 佐和子はこっそり微笑む。


「D級の周回はしんどいぜ……後一回だけだからな」

 セリアは肩を落としつつ、うなずいた。


「ローブも背中穴だらけになっているね」

「白糸のローブ。B級魔物素材《古灯の封皮》

 から出来ていると言っていましたが、

 同じものがあれば新調したいです」


「大丈夫。ギルドに払わせるから」

「ありがとにゃ…」ミュリア微笑むと、

 少しよろめいた。


(最高級ポーションで全快していない

 …使っておいて正解だったな)


佐和子が両手でミュリアを支えると、

セリアが素早く抱き上げる。


「一度、宿屋で休ませよう。

いつ猫に戻ってもおかしくないぜ」


「じゃあ、魔具店で買い物してから帰るね」

結局、ミュリアはは夕食も食べず、夜中まで眠り続けた。


佐和子達はミュリアの分の夕食は部屋に運び、

破れたローブを脱がし、全身を清めた。


「ご迷惑をお掛けしました。

 最後に気が抜けてしまって…」


ミュリアは遅めの夕食をしっかり食べると

ふっと息を吐いた。


「セリアが運んだ。私は何もしていない」

「ふふっ、新調したローブがそこに掛けてあります。

 ありがとうございました」


佐和子は頬をぽりぽりと掻いた。

「D級ダンジョンに行く前に

 霊府の特性を調べていたのですが…」


ミュリアは宿に残してあった霊府を

バッグに移し変えながら言った。


「この札に『浄化』と『服従』の印を刻めば

……魔物を式神として使役できるようです」

ミュリアが札の文様をなぞりながら呟いた。


「えっ、すごいじゃん。

でもそんな奴、ギルドで見かけたことないよ?」

セリアの瞳がきらりと光る。


「こんな便利な札があるのに……なぜでしょうね」

ミュリアが首をかしげたそのとき、

佐和子が口を開いた。


「それは、私たち全員が――神格位持ちだからです」

 一瞬、部屋の空気が止まった。


 佐和子の声は淡々としていたが、

 底に不思議な圧があった。


「魔力しか扱えない冒険者と違って、

 私たちは神力を操れる。

 そして――年を取らない」


 淡く、それでいて否応なく耳に残る声。

「だから、他の冒険者と共に

 年齢を重ねることはできない。


……十個くらいダンジョンを踏破したら、

この町を離れて別の国へ行くのが賢い」


 ミュリアの目が大きく見開かれた。

 セリアは口を半開きにしたまま固まっている。

「さ、佐和子様……急に言葉遣いが……」


「なに? あなたたちも魔力が切れてくると

 猫語が出るでしょ」

 頬をぷくっと膨らませる佐和子に、

 セリアが苦笑を漏らした。


「いや、それとは違ったぜ。

 まるで……女神様みたいだった」


 その瞬間、ミュリアがぴたりと動きを止め

 ――勢いよく頭を床につけた。


「申し訳ございませんッ……!」

「えっ、なんで謝るの?」


「私……佐和子様のお心も知らずに、ポーターを雇えだの、

この町に腰を据えろだの……全部、空回りでした……」


 声は震え、額は床にすりつけられたままだ。

「恥ずかしくて……死にそうです……」


 佐和子はしばらく黙って見下ろしていたが、

やがて口元をやわらかくゆるめた。


「……そんなことで死なないでよ」

 その声音は、さっきまでの神のような冷たさではなく、

年上の友人のような優しさを含んでいた。


 ミュリアは顔を上げ、深呼吸をひとつして立ち上がる。

「……先ほどのお言葉、胸に刻みます」


**


 ちび佐和子が手をぱちんと叩いた。


「じゃあ、ミュリアのために、

 ちょっと楽しい話をしよう」

「はい」


「さっきの式神の話だけど、ミュリアの場合

――魔物に限らず、

この世界のあらゆる現象を式神にできる。理論的にはね」


「えっ」ミュリアは絶句した。

「但し、その現象は祈りの対象になるもので

 無くてはならない。


更に、使役する為には

ミュリアの現象に対する深い理解が必要になる。


例えば、嵐を使役しようとしても、

貴方がそれを理解していなければ、

暴走する新たな魔物が生まれるだけだと言う事

――私のお勧めは」


佐和子はコップに一杯の水を汲んだ。

「これを水の式神とすることかな」

「はい」ミュリアは背筋を伸ばした。


「貴方は毎日紅茶を入れてくれるでしょ、

その過程で水の加熱、沸騰の状態変化を受け入れ、

理解している。

馴染み深い分、成功率も上がるわけだ」


「やってみて」


ミュリアは大きく深呼吸をした眉間に皺がより、

耳の先まで逆立っている。

ミュリアは深く息を吸い、

浄化の札を貼り、両手でコップを包み込む。


中の水面がわずかに震えた。

――紅茶を淹れるときと同じ。

やかんから立ち上る白い蒸気、

湯が踊る音、そして一滴一滴の変化。


あれを、ただ受け入れればいい。

指先から、静かな祈りが流れ込んだ。


次の瞬間、水面に小さな渦が生まれ、

渦は透明な糸のように立ち上がる。


形を持ち始めたそれは、

掌ほどの大きさの、小さな雫の姿をしていた。

水でできた体は光を屈折させ、青白くきらめく。


1.能力の範囲

ミュリアは「魔物だけでなく、祈りの対象となる現象」

なら式神化できる。

 例:嵐、水、火、光…

ただし信仰や敬意を向けられる存在・現象であること。


2.制約条件

 - 祈りの対象であること(宗教・文化的価値が必要)

 - 深い理解が必要(表面的な知識では暴走する)


ブックマークや評価が、この物語を最後まで紡ぐための大きな力になります。

”いいね”ボタンでぜひ応援いただけると嬉しいです。


ミュリア 水精創造〈AIイラスト〉

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ