《終焉の灯籠》──忘却の祭殿、第八の霊火を越えて
佐和子は咳をひとつして、苦笑しながら立ち上がる。
「ミュリア……また一基点火した。
あと一つで、結界完成しちゃうよ。
こいつ、完全結界状態になると
──たぶん、“神域”まで跳ね上がる。
……そうなったら逃げ場もないままなぶり殺し」
「わかってます。だからこそ、下がってください」
「シア・ルインの使用を許可するわ」
「必要ありません。あの程度のボス、
セリアと倒して見せます!」
ミュリアはにこりと微笑むと手にしたハンカチで
素早く佐和子の汗を拭った。
「……名簿、だよ。霊廟の奥に、記録があったはず。
“兵長は一人”……あれが鍵」
「セリア、霊廟までフォローして!」
ミュリアは身を低くして走り出した。
「ちょっと待て……この亡者ども、
三階層のスケルトンなんかより、遥かに強い!」
セリアの顔に余裕はない。
副葬霊からまとわりつく霊気、
肉体を補強する霊骨、そして異常な反応速度。
「ミュリア、後ろッ!」
セリアが叫ぶも一瞬遅く、
兵長の槍が弧を描き、ミュリアの背中を貫いた。
ぶち、と鈍い音。
背中の触手が三本、鮮血と共に宙を舞う。
「くっ……!この程度でっ」膝をつくミュリア。
「ミュリア、正面から受けないって言ったじゃん!!」
佐和子の叫びが響く。
その声に、兵長の眼窩の奥が、わずかに揺れた。
兵長が霊府の結界を槍で切り裂き、
再びミュリアの背に一撃を加える。
背中の触手が皮膚ごと引き剝がされる。
「こっち向けって言ってんだよ!」
セリアが斧を構え直す。
双子の妹が斬られた。
自分の警戒が甘かったせいで。
「──クソが……!」
セリアが歯を食いしばる。
「……時間稼ぎだな。ミュリア、
まだ、立てるか?霊廟へ急げ!!」
彼女の足元に魔力が炸裂した。
「《魔鎧解放──ッ!!》」
轟音とともに、黒い魔鎧が噴き出す蒸気と
雷光に包まれて形成される。
その肌には亀裂のような魔術の光が走り、
熱で空気が歪む。
──筋力上昇。耐久、反応速度、限界突破。
“戦闘特化”の解放形態。
「……兵長だかなんだか知らないけど、
私の妹を切った落とし前、つけてもらうからな!」
セリアが地面を蹴る。
その姿は、閃光だった。
兵長が槍を構え、二撃、三撃、立て続けに突きを放つ。
けれど、そのすべてを紙一重で回避しながら、
セリアが真横に飛び、
腰の斧を魔力で燃え上がらせる。
「──喰らえ、
《剛閃・魔斧裂旋》ッ!!」
斧が振り抜かれ、魔力の爆発とともに
真空の衝撃が兵長を包む。
霊骨が軋み、亀裂が一気に全身へ走った――。
兵長の霊体が悲鳴のように震え、空気が軋む。
その重斬の一撃が、確かに
「神力すら通さなかった鎧」を貫いたのだ。
「噓でしょ!」
佐和子が声を上げた瞬間、
兵長がミュリアへと向けて突進した。
ズズン……!
風が巻き、砂が浮き、結界が震える。
だがミュリアは背中の出血を堪え、
一歩も引かず、すべての霊府を宙に浮かべた。
「──あなたの名前を、必ず見つけるから」
兵長の動きが、そこで一瞬、止まった。
その槍の切っ先が、わずかに揺れる。
灯籠が、八つ目に火を灯そうとしていた。
霊廟の奥、結界の中心部には、
古ぼけた銘板がひとつ。
黒ずんだ石の中に、魔術式の光がほのかに脈打っている。
背後から斧閃が走った。
セリアの魔力を込めた一撃が再度兵長の霊鎧を裂き、
空間を軋ませるような断裂音が広がる。
「──やったか……?」
ミュリアが立ち止まり、振り返ったそのときだった。
兵長の体がぐらつく。
装甲の一部が砕け、魂の核が露出しかける。だが――
ゴオッ……!
八基の灯籠のうち、沈黙しようとしていた
最後の一基に、突如として霊火が灯った。
「しまった! 灯籠が勝手に再点火してる……!」
「自爆カウントが始まっています!離れて!!」
ギミック:全霊火が灯ると“霊哭”発動
瀕死状態で兵長が全霊火を強制的に点灯させると、
中央へ移動して詠唱を開始する。
『名を――呼んでくれ……
主君よ……我が名を……ただ、ひとたび……!』
祭壇に霊火が集い、空中に兵長の過去が浮かび上がる。
かつて彼が命を賭けて護った主君は、
戦場から消え、誰も彼の名を語ることはなかった。
兵長は「記憶されない苦しみ」で魂が砕けかけている。
「……まだ、時間はある」
ミュリアが手帳を広げ、霊廟の名簿をめくる。
「この名簿……術式で隠されてる。けど
──“たった一人”しか登録されてない。あなたは……」
ミュリアの唇が、その名を読み上げた。
「──《カラム・ユースベルク》。
あなたが、“慟哭の兵長”……!」
ミュリアは全速力で石畳を駆け戻りながら、
声を張り上げた。
「佐和子様ッ!」
遠く、副葬霊相手に戦線を維持し続ける少女が振り向く。
黒槍を振りぬいた姿勢のまま、滲む血と汗の中で笑っていた。
「聞こえてるよ、ミュリアちゃん!」
「兵長、あなたの名は、《カラム・ユースベルク》!」
その瞬間、兵長の全身が、揺れた。
霊気の鎧がひび割れ、槍の軌道が鈍る。
八つ目の灯籠が、淡く揺れて、火が灯るのをやめた。
結界が、音もなく“逆再生”を始めていた。
佐和子は、黒槍をくるりと回しながら、
嬉々とした声で叫んだ。
「《カラム》……その名前に相応しい……終わりをあげるよ!」
「異世界術式・浄化の滅針」
上空に無数の黒き光槍が現れ、兵長の胸を貫いた。
灯籠が、すべて消えた。
「カラム・ユースベルク。終わりの時が来た」
浄化の光が周囲を満たした。
終焉の灯
「あなたも……主を守る為、戦い続けていたのね」
ミュリアが手当てを受けながらつぶやく。
「最高級ポーション使うぞ」
セリアが有無を言わさず瓶の封を切る。
「…治癒の札で大丈夫よ」
「嘘つくな。二撃目はヤバい角度で入ってただろ!」
「苦労して作ったのに、すいません」
佐和子は、小さく首を振った。
そして、黒槍を構えたまま兵長に近づく。
もはや兵長に表情はなかったが、その両手が、ほんの少しだけ下がる。
灯籠の火が、七つとも消えていた。
「……カラム・ユーベスク」
佐和子が静かに呼ぶ。
やや発音を崩しながら、それでも優しく、名前を。
「よくやった。味方は……もう退却したわ。あなたのお陰よ」
その言葉に、兵長の槍が、力なく地に落ちた。
空気が揺れ、霊気の残響が静かに消えていく。
そして、微かに震えるような声が空間に響いた。
「──おお……佐和子様。よくぞ……ご無事で……」
その声はどこか懐かしく、
遠く、深く、古い時代の忠義を帯びていた。
「創生の女神を……御守りできて、光栄でした」
その瞬間、兵長の全身が、
やわらかな白光に包まれていく。
甲冑は消え、槍も消え、肉体さえも消えていく。
ただ一筋、淡い光だけが残り、
まるで霧のように霊廟を満たしていった。
――彼の魂は、ついに解放されたのだった。
◆ドロップ確定
ミュリアの頭上に、燐光のような光が舞い降りる。
小さな音と共に、3つの素材が順に現れる。
•灯哭の残灰 ×1
•幽鎧の破片 ×3
•慟哭の声紋石 ×1(レア確定:金光の円で出現)
「金貨100枚相当……初期装備10回買い替えられる!」
ミュリアに包帯を巻いていたセリアが場違いに
大きな声をあげ、慌てて口をつぐんだ。
ブックマークや評価が、この物語を最後まで紡ぐための大きな力になります。
ぜひ応援いただけると嬉しいです。