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煩悩108の異世界で、踏襲少女は紅茶とともに世界を救う  作者: ふりっぷ
第一章・サン=ヴォーラ王国編
12/34

《煩悩断章・第21灯〈渇望〉》──灯籠に刻まれし亡霊の式

第五層【忘却の祭殿】


階段を降りると、ひんやりとした風が頬をかすめ、

崩れた石殿からは微かに灰の匂いが漂っていた。


中心にある半壊の祭壇の前で、

騎士の亡骸が佇んでいた。

その甲冑は焼け焦げ、右半身は溶け落ちて骨が覗く。


しかしその骸の奥で、青い炎がふるえながら脈打つ。

静寂の中、それが“生きている”ように感じられた。


「……灯哭の兵長」

ミュリアがつぶやいた。

騎士はゆっくりと頭を上げた。


青白い炎が目の奥で爆ぜ、空気が震える。

『――名を、呼んだか』

その声は金属と霊気が混ざったような響き。


立ち上がった瞬間、彼の背後に灯っていた

霊火が一斉に噴き上がり、広間を幽火で包む。


「きたっ……!」

佐和子が前に出る。


「距離、取って! このタイプは……近づかせると厄介!」

「はい!」

「全霊火、八つ……あれが全部灯ったらやな予感がします」

ミュリアが柱の紋様と霊火のギミックを見て叫ぶ。


灯哭の兵長とうこくのへいちょう

◇煩悩断章108灯 第21灯(渇望)

・ギミック:槍と盾による近接攻撃

-接敵すると霊火カウント開始


・霊火は戦闘開始から30秒ごとに自動で1基点灯

(全8基)していく。

・一定時間ごとに「霊火」が一つずつ灯り、

すべてが点灯すると大範囲霊爆が発動。

・霊火は「吹き消す」か「霊符を刻んで封じる」

ことで抑制可能。


 ──青白い光が瞬く地下聖域。

 石畳を這う霧の中、金属音が突如として鳴り響いた。


 現れたのは、亡国軍の幻影──《慟哭の兵長》

 重騎士の意匠をまとった幽鬼が、

濁った魔力をまとい、静かに槍を構える。


「来るね……こいつ」

 佐和子が口角をゆがめて、黒槍を片手に踏み込む。


 刹那、兵長の眼窩が光を灯す。

「これが躱せるか?」

兵長が重さを一切感じさせない仕草で槍を繰り出す。


「──三段突きッ!」

 ――シュッ、シュッ、シュッ!

 一撃目、二撃目、三撃目。


 鋭く、正確に、貫くように伸びる槍。

――佐和子は一切ガードしなかった。


 踏み込みを外し、頭をずらし、腰をひねる。

紙一重で、槍はすべて空を裂いた。


 だが、兵長は狙っていた。

 三段突きの流れから、“隙なし”で放たれる──横薙ぎ。


「…手強い」

 佐和子は、笑っていた。


 膝を屈め、一気に跳ぶ。

 黒槍の長い柄を反転させて、

 自らの体を支点に振りぬく。


 ――ゴッ!


 柄の一撃が、兵長の仮面を砕く。

 ガラスのようなひびが拡がる。


 しかし。

「……あれ?」

 砕けたはずの兵長の仮面が、

風のように元通りになった。傷一つない。


 神力を込めた一撃で、

A級魔物でも倒れていたはずだというのに。


 奥に──灯籠。

 いくつも並んだ石灯籠が、順に青白い火を灯していく。

 それが重なりあい、ゆがんだ六重結界を形成していた。


「なるほど……なるほどね!」

 佐和子は、戦闘中だというのに、また嬉しそうに頷いた。

 その頬に、奇妙な紅潮が走っていた。

「複合結界式! 

 場の構成式そのものが敵の耐久を維持してる


 ……これ、ボスっていうより“演算式”の一部か……!

 すごい、すごいよ……D級のはずなのに、

 大天使の“恐怖の創造”で出来た縁切りの黒槍で無傷……」


 その目は、救済者のものではなかった。

 探求者、あるいは異常者

 ――ある意味、“真の冒険者”の目だった。


 灯籠が一つ、また一つと灯っていく。

 場が“完成”に向かっているというのに

 佐和子はニコニコと、それを見上げていた。


ギミック:

火を灯した数に応じて兵長が変異/「副葬霊」の召喚


4つ目の霊火が灯ると、

兵長の体が一部霊化し、攻撃が一段と高速化。


「骨が……透けてる!?」

「やばい、形態変化しているぞ!」

 盾と槍の動きが一段と鋭くなり、風を切る音が耳を裂く。


 そして――兵長の霊気に呼応するように、

戦場の霧の中から、

鎧を失った亡霊兵士が二つ、ゆらりと現れた。


 副葬霊。

 彼らは迷いなく霊火へ歩み寄り、胸の奥から光る塊を取り出して

――供物を捧げようとする。


「ねえ、見せてよ。全部完成したら、どこまで防げるか

……あたしが全部ぶち壊してあげるからさ」


 黒槍をくるりと回し、彼女は再び構える。

 笑顔はそのまま、だがその足元には、

 狂気の風が吹いていた。


灯籠が、六つ目に火を灯す。

 青白い光が空間を包み、

兵長の槍筋が一段と速くなる。


 ズガァッ!


 黒槍と霊槍がかち合い、火花が飛ぶ。

 だが、佐和子の頬には汗が浮かび、息もやや荒い。

「……はっ、はは……速い、速すぎる……! 

これ、もうA級以上かも……!」


 兵長は、声ひとつ発さず、ただ動き続ける。

 その姿はもはや“機構”のようだった。

 戦闘式に沿った完璧な戦い。


 灯籠が一つ、また一つ、彼の“動き”を強化していく。

「どうします?佐和子様!」

ミュリアの切羽詰まった声で佐和子ははっと我に帰った。


二人が控えていたことを忘れていたのだ。

全身に汗が浮かんでくる。

このボスは今までと違う、この世界の根源に触れている。


佐和子自身も式の一部に囚われていたのだ。

「――まず灯りを三つ潰す。ミュリア、あれ封じられる?」


「印を刻むだけなら3秒で!」

「セリア、副葬霊を引きつけて!」

「了解、前のダンジョンから死にかける演技が得意よ!」


佐和子は指示を出しながら落ち着きを取り戻していく。

「まずは供物止めてね! ミュリアは右奥の霊火が優先!」


「わかりました!」

「佐和子様、兵長がこっち近づいてくる!」


「任せて! 今のうちに一基吹き消す!」

佐和子の叫びより早く、広間に、七つ目の焔が走った。


灯哭の兵長が槍を突き出すたびに、

床に刻まれた“名もなき戦士たち”の亡骸が震え出す。


――そして、青白い炎が、誰かの名を呼ぶ。

「盾の構えが変わったら突進がくるわ!」


「回避より先読みが必要!」

ミュリアは柱の陰で霊符を刻み、霊火の1基を封じる。


封印は成功するが、封じた霊火の反動で冷気の波動が襲い、

魔力と移動速度が一時的に低下するペナルティ。


灯哭の兵長は、重厚な盾で防御しつつ、

槍での横薙ぎと突進斬撃を繰り出す。


「くっ……!」

灯籠で強化された斬撃は佐和子を易々と吹き飛ばす。


 兵長が再び防御の間に下がり、槍を構え直す。

そのときだった。

「──佐和子様、お下がりください」

 ミュリアが、霊府を手にして前に出た。


 その視線はまっすぐ兵長へと向けられていたが、

 声は穏やかだった。


「ここまで来たら霊火を消すよりも、

兵長の求めるものを与えた方が早いと思います」


ミュリアの声は、戦場の喧騒を切り裂くように

落ち着いていた。

「あの亡霊、ずっと“名前を呼べ”って言ってるでしょう?」


 兵長の肩が、わずかに揺れた。


ブックマークや評価が、この物語を最後まで紡ぐための大きな力になります。


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