灯火の余白──螺旋の再訪と魔鎧の邂逅
帰り道、佐和子が小声で呟き、立ち止まった。
「あっ、灯を探すの忘れた」
「…もう、いいんじゃねーか?」
セリアはミュリアと顔を見合わせて呟く。
「でも今まで全部あったから……気になる」
セリアは肩をすくめ、天を仰ぐ。
「結局ここも周回かよ!」
二周目探索
再探索中、三人は音響の罠も巧みに
回避しながら素材を収集する。
魔物の数は減っているが、
警戒なしに歩けるほどではない。
《針脚蜘蛛》の糸網はセリアの斧で切り裂かれ、
土中からの《土噛蟻》は佐和子の黒槍で貫かれる。
空中から飛来する《翅跳蠅》は、
ミュリアが触手で叩き落とす。
各種昆虫の特性を把握しつつ、
連携攻撃で次々に撃破していった。
「さっきと同じ、殻が硬い
……でも、部位によっては斬れる」
「急所を狙えば、素材効率が上がるな」
「疲労は増すけど、手応えはある……!」
階層を進み、セリアが洞窟の土壁に手を付けると、
壁面がとぼろりと崩れ落ちる。
土壁から大量の《土噛蟻》が現れ、
酸を飛ばしてくる。
「やばっ」
「壁面ごと固めるしかない〈断罪の黒晶〉」
ちび佐和子は間一髪、
溢れ出た蟻ごと壁面を結晶化した。
「助かった」
セリアは服の一部が酸で溶かされていたが、
皮膚に異常はないようだった。
「歩くたびに下着が見えてる。油断大敵の罰」
佐和子はにんまりと笑った。
「荷物は無事だったから許してくれ」
セリアは片手だけ挙げて謝罪した。
螺旋通路の奥、カーサス・ビートル出現ポイント。
「ボスはまだ復活していないみたい」
「あれが早々復活してたまるかよ」
「あっ、セリアがめり込んだ土壁、
人型になってるよ」
佐和子がてててっと駆け出していく。
「さっきは気付かなかったけど、
ここだけ妙につるつるして綺麗」
「結果も張られています」
ミュリアが触手で結界膜を弾くと、
奥から風が吹き抜け、異質な空気が漂う。
一本だけ生えている大樹の根元、
白い花をかき分けると、
朽ちかけた石碑と灯台座が現れる。
「灯、いるね……点けるね」
佐和子の祈りで淡い金の粒子が舞い、
灯台座に吸い込まれる。
小さな光が前より深く輝いた。
佐和子が槍を立て、灯粒子を集める。
それは祈りのような儀式。
セリアもミュリアも黙って見守る中、光が満ち
――灯が世界の余命を1.42日延ばした。
三人は戦利品を回収し、慎重に出口へ向かう。
戻り道、素材を詰め込み、
再び外界に出ると疲労がどっと押し寄せる。
三人は肩を落としつつ、戦闘の余韻をかみしめた。
「……さすがに今日の戦闘は効いた」
荷物持ちの為に軽鎧に換装し、
常に前衛に立ち続けるセリアが
負傷を隠せなくなっていた。
「でも、これで二人のDランク昇格は確実!
セリアの鎧も新調する!!」
佐和子は鼻をふんっと鳴らした。
戦いの充実感と仲間との連携を噛み締めながら、
三人は次なる冒険に思いを馳せる。
『セリア、魔鎧との出会い』
魔具店「黒き鋲」
Dランク昇格の帰り道。
素材を売った報酬の入った袋を握りしめながら、
セリアは薄暗い路地へと突進していた。
目的地は、灯りの揺れる一軒の魔具店
──「黒き鋲」。
ミュリアだけがローブを新調したのが、
ずっとずっと羨ましくて仕方なかったのだ。
「怪我の功名とはこのことだぜ!」
扉を押し開け、埃をかぶった陳列棚を
物色するセリアの目が、
ある一品に吸い寄せられる。
「うわっ、なんかこの鎧……ドキドキする!」
ちび佐和子が眉をひそめる。
黒鉄の表面には無数の棘。
肩口からは薄紫のもやが立ち上り、
目にあたる部分には血のように赤い魔石がふたつ、
じっとこちらを睨んでいた。
「ふふ……こちら、“魔鎧
ヴァルト=オブ=ブラッド”。
着用者に応じて形状が変化する逸品。
サイズ合わせの必要もございません」
黒マントを翻しながら現れた店主が、低く囁く。
「それは買うしかないっ!」
「セリア。完全に呪われてる」
「へーきへーき! 力は使って覚える派だから!」
「ちょっ、ちょっと! 魔力が勝手に増幅して
──腕に力が……めちゃくちゃ入るじゃない!」
装着した瞬間、魔鎧が呻くような音を立てる。
肩の魔石がちらりと赤黒く輝いた。
「本来は着用者の精神を削る仕様なんですが
……その方、根が図太いようで……」
店主は真顔で呟く。
「それ、本当に大丈夫なの?」
「うん。唸り声が聞こえるけど、
装着感は意外といい!」
佐和子は肩をすくめた。
「……まあ、金ぴか鎧よりいっか。
見た目も中身も“前衛全振り”って感じだしね」
「その金の鎧を下取りに出していただければ、
“魔鎧ヴァルト”金貨200枚の逸品を
特別価格金貨50枚でお譲りしましょう」
「おおっ。全然足りないな!」
「私の言っている意味わかった?」
佐和子は腕を組みながら金貨の袋を追加で置いた。
「今度素材も持ってきてくれ。
やばいやつでも、ちゃんと値をつけてやる」
「おっさん、いい人だなー!」
セリアはにっこり笑って鎧を受け取った。
そのとき、ミュリアがカウンター脇に
積まれた札束に目を留める。
「あの、これは……?」
「ああ、それか。魔力を込めて印を書き上げれば、
呪文を再現できる霊札だ。
精度は少し落ちるが、汎用性は高い」
「試しに一枚いただいていいですか?
調べてみたいので……」
「よし、一枚はサービスだ。持って行きな」
「いいよ、ミュリア。全部買いな」
佐和子が札の束をひょいと持ち上げて、カウンターへ。
「こっちは金貨20枚だ! 毎度あり!」
「ありがとうございますっ!」
ミュリアも嬉しそうに微笑んだ。
◆店主の独白
「へへっ、呪われた買い手のない魔鎧が
金の塊に化けたぜ……」
「霊札も、魔法の威力は半分。
精度も微妙……だが、使いこなせりゃ文句はないだろ」
誰に言うでもなく、ひとりごちる。
「この調子でお得意さんになってくれりゃ、
ぼろ儲けだわ……」
ニヤリと笑い、棚に残った札を整える。
四十三歳・グロース。
独身。性格が悪く、友達も少ないため、
独り言が少し多めな魔具店『黒き鋲』の店主であった。
「昇格おめでとうございます」
「D級ダンジョンからは名前が付きます。
現状ギルドで管理しているのは、
フェリアは黒縁眼鏡を指で押さえながら、
歌うように読み上げた。
「追火の霊廟
嘆きの赤盤
千指の洞
沈花の断崖
蟲哭の茨冠
黙砂の回廊
夢裂の眠都
幻灯の硝鏡殿
の8ダンジョンとなります」
「うわぁ……」
ミュリアはうっとりと見上げた。
「フェリア様、やっぱり素敵です
……では一番近くて素材が高く売れる
ダンジョンを紹介いただけますか?」
「追火の霊廟になりますが、
難易度は高いのでお勧めはしておりません。
特にここのところダンジョンボスの
被害が相次いでおります」
「さっそく行ってみよう」
「ちょっと、佐和子様どちらに行かれるんですか?
地図くらい貰っておかないと!」
ミュリアは慌てて追いかけて行った。
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