8. 相転移膜
八話で完結予定と言いましたが、長くなってしまったので分割しました、すみません……次回第九話で完結予定です。
「──いぇーいヨダカ見てるぅ? ワタシは今、『竜巣02』最深部の一層手前にいまーす。ドラゴンぶっ殺して二人で幸せになろうね」
「あの、一応わたしもいます……」
スマホからアイサの声が聞こえてくる。ついでにコヒナちゃんのも。
凄いスピード感でアイサが地上に戻ってから少し。『竜巣02』に到着した彼女が配信を始めたことで、大体一日ぶりくらいに、再びその顔を見ることができました。二人の後ろに見える光景は、こちらとそう変わらない薄暗い洞窟のような雰囲気です。竜巣の奥地なんてどこもこんなもんなんですかね?
というかスマホのおかげで私も、人間の時間感覚を取り戻しつつあります。いや画面タップはめっちゃ大変でしたけども。サイズ差のせいで。頑張ったんですよほんとに。こう、ちっさめの羽根を爪に引っかけて、その先端でどうにかこうにかちょいちょいっとつついて、いやもう何回誤タップしたことか……
〈コラボ配信かぁ〜〉
〈どっちの枠で見るか迷うなぁ〜〉
〈二窓一択でしてよ〉
〈逞しくなったなみんな……〉
そんな私の苦労を笑っていた視聴者どもは今この瞬間も変わらず好き勝手言っており、仮にもこれから竜を狩るというのにお気楽なもんです。ドラゴンに怯えてたお前らはどこへいった。
〈ヨダカさん良かったね〉
〈アイサが帰ってからずーっとそわそわしてたからなw〉
〈顔が露骨に寂しそうで笑っちゃったんすよね〉
〈そして今は尻尾ぶんぶんスキルぱちぱち〉
〈ホントは一緒にいたいんじゃないの? 本性見たりって感じだな〉
くそ、私が地上に出られたらこいつら全員生まれてきたことを後悔させてやるのに。
「ヨダカ、また余所見してる。こっち見て」
「ぐぎゅゆ」
はいすいませんいやなんで分かんの? ……あ、向こうもこっちの配信見てるからか。
「うん、それで良い。ほら、もう一層膜を潜れば最下層、竜の住処。合流して一緒に行こう」
「わたしもご一緒させていただきます。お役に立てると、思いますのでっ」
変わらないアイサに対して、コヒナちゃんは随分と気合が入ってます。てかよくついてこれましたね──え? はいはい、ああなるほど。放り捨てられるよりは……としがみついて来たんですね。
私の言葉を訳せるわけですから、『02』ドラゴン相手でも同じようなことができるはずだと。そのスキルで私たちをサポートする、竜討伐の確実性を高める、と自分を売り込んで。
それで一応アイサも納得というか、利用価値を認めたわけか。コヒナちゃんも必死だなぁ……まあしょうがない話ではありますが。よくよく見てみれば、アイサとコヒナちゃんの片耳にはインカムらしき物がついていました。
「コヒナには隅っこで小さくなっててもらう。サポートは適宜コレで。死んだらドンマイ」
「が、がんばります、のでっ……!」
〈良かった。アイサにも人の心はあったんだ〉
〈いやアレは便利なアイテムを見る目だぞ〉
〈アイサのほうが精神性は人外に近いかもしれん〉
〈ろくでなしとかひとでなしって意味でな〉
「そういうわけで準備はオッケー。繋ぐよ、ヨダカ」
ともかくアイサ的にはサクッとことを進めたい様子。さしたる気構えもなさそうに、一見してなにもない横壁に手をかざしました。少しして、画面越しにも分かるほどに、空間中のある一点の魔素が彼女の影響を受け始める。
「本当にこの深度でも干渉できるんですね……アイサさんのスキルは生体干渉系だと思っていたのですが……」
「そうだよ。だから正直これは専門じゃない」
「せ、専門じゃないのにここまで……機関の転移膜開通専任者でも、こうまでスムーズにはいかないですよ」
「だってクラス.Ⅴだし。『羽鳥』もどきどもと一緒にされても困る。それに──」
「それに?」
「──きっとヨダカのほうから、上手いこと繋いでくれる」
いや上手いことって……私は横の相転移膜なんてもの自体知らなかったんですけど。いやまあこの感じだと、いけそうではありますけども。
「らぎゅるりゅぁ……」
意識を集中してみれば、ほんの僅かな……ごく細い糸のような魔素の流動が、ここではない空間から伸びてきているのが感じ取れます。これを手繰って繋げろということですか。いや、感知できるということはすなわち、元来全てのダンジョンは縦も横もなく繋がっていたのでしょうか。その辺は研究者じゃないので分かりませんが。ともかく今すべきなのは──
「ほらヨダカ、早く早く」
──アイサの手を掴むこと。
再会して、昔と変わらない愛情を──なんかちょっと重ためにはなってましたけど──向けてくれて。一緒にいるための方法、私には考えつきもしなかった解決策まで示してくれて。そんな状態でまた一日離れ離れになっちゃ、そりゃもう、無理なんです。我慢できないんです。
私は極めて常識的なドラゴンだったはずなのに、アイサのせいで全部めちゃくちゃです。一緒にいられるのなら、たとえ異常な選択だったとしても、それを選んでしまいたくなっちゃうんです。
「んっ……繋がった」
「ぎゃぅ」
画面の向こうの、いやもうすぐそこのアイサに倣って、私も右の前脚を伸ばす。掴む。アイサの手を、二十年前の私には取れなかった選択を。本当に尽くすべきだった全力を、今ここで。
「──ぐぎゅ!」
「──来たっ!」
私とアイサの声が重なって聞こえた、その時にはもう、私は相転移膜を潜り抜けていました。
「ぎゅるぁっ!」
「わ……へへ。うん、行こうヨダカ」
で、横移動に成功した勢いのまま、合流したアイサとついでにコヒナちゃんを腕の中に抱え込む。止まらずにもう一つの──下へと繋がる相転移膜へ突っ込みます。
「わわっ、スマホスマホ……!」
コヒナちゃんが現代っ子っぽい声をあげた直後には、私たちは鈍虹色のヴェールを越え最下層に到達。やはり『竜巣01』と似たようなだだっ広い洞窟のような空間に下り立ちます。
「……いた」
「ぅゆ」
すぐにもそいつは見つかりました。てか目の前にいました。
薄暗いなかでもよく映える、薄翠玉の鱗に全身を覆われた大きな存在。ヘビのようにとぐろを巻いていたそいつが、ゆっくりと鎌首をもたげます。
「っ!!」
コヒナちゃんが、弾かれたように私の後ろへと下がっていきました。目の前の存在──『竜巣02』のドラゴンは鋭い目つきでこっちを睨んできてますから、まあそれで正解だと思います。
〈『02』のドラゴン!〉
〈デカい……ってか長い!!〉
〈見た目は情報通りだな〉
〈ヨダカネキとはぜんぜん違うけど〉
〈でもドラゴンはドラゴン、なんだよな?〉
浮かんでいた二つのスマホが、彼女のあとについていきます。さすがに戦闘中はそんなの見てる余裕はないので、コヒナちゃんに持っててもらいますが……今ちらっと見えたコメントの通り、『竜巣02』のドラゴンは私とはまるで異なる外見をしています。それでもあれがドラゴン──同種だか近縁種だかなのだと理解ってしまうのは、私もまたドラゴンだからでしょうか。
非常にざっくりと言うならば、私はいわゆる西洋竜に近いシルエットです。羽毛や猛禽めいた要素に着目すれば、グリフォンだとかその類の雰囲気もあるかもしれません。
対するこいつは竜というより龍。辰。あるいは蛟。そんな塩梅。手足こそありますが華奢で、細く長く翼もなく、けれども絶対に飛べる(というか宙に受ける)と確信させられる東洋龍。頭部からは枝分かれした枯れ木のような角が二本後ろ向きに生えており、鼻先にはヒゲらしき器官も二本。挙動もなんというか、流水のようにたおやかです。
翡翠の瞳でこちらを睨む龍はしかし、見るからにデカい私を警戒してかすぐに襲いかかってくることはありません。小さく開いた口からは、やはりヘビを彷彿とさせるしゅるしゅるという音が漏れています。あれは声という認識で良いんでしょうかね? そうでないなら、コヒナちゃんが翻訳できなそうですが。
「──うん? へぇ、そう。やるじゃん、クラス.Ⅳにしては」
こらこらインカム越しにマウント取らない。で、コヒナちゃんなんて?
「アレの思考が読めるって。声から翻訳じゃなくて、考えを直接」
「ぎゅらっ」
え、ほんとに凄いじゃないですか。でもなんで? 私に対してはダメだったのに。
「ドラゴン慣れしてきたとか?」
んなアホな。
「それか……ヨダカは元人間だから“モンスターの思考を読む”スキルが100%機能しなかったとか」
あー、ありそう。スキルってその辺けっこう厳密ですからねぇ。
まあなんにせよ助かります。
「で、むこうは今のところ警戒してるというか、そもそもそこまで気性の荒いタイプじゃないらしい」
なるほど。まあそうだったとしても、私たちの目的のために討伐するわけなのですが。申し訳ないという気持ちは……あんまりないですね。そもそも私はダンジョン踏破のための存在、『羽鳥機関』は『鴉』元部隊長、クラス.Ⅴの能力保持者なわけで。一番最初に投げ捨てたのがモンスターへの同情心でしたからね。
そしてそれは、私の顔のすぐ隣に立っているアイサも同じこと。
「こいつを倒すついでに、ワタシの力をヨダカに見せる。並び立つのに相応しくなったことを教えてあげる」
余裕たっぷりにそんなことまでのたまいやがる。言いよるわこいつという気持ちと、めちゃくちゃ強くなったっぽいのは事実だしなぁという気持ちが同時に湧いてきました。
「ぐる」
「……元々は復讐のために、ヨダカを殺した『01』のドラゴンを殺すためにと思って力をつけた。まあ結局、ヨダカが生きてるって知るまで『01』深部には行かなかったんだけど」
「ぅ、ぎゅ……」
「もしかしたらワタシは、ヨダカの死を認めるのが怖かったのかもしれない」
横目で見たアイサは、一瞬だけニヒルな笑みを浮かべていました。けれどもそれはすぐに、もう必要ないとばかりに消えてなくなって。表情に乏しいいつもの顔に戻りました。なんだか安心してしまう。
「なんにせよ、せっかく身につけた力。有効活用しよう」
「るぎゅぅあっ!」
アイサの体に力が入ったのを感じるのと同時、私は吼えながら踏み出し、龍へと突っ込む。デカくて頑丈な私が、先陣を切っていきましょうかね。