7. 竜巣ダンジョン
〈そ……そうきたかァ〜〜〜ッッッ〉
〈異種カプの片割れだけが醜く衰えてゆく。俺はつらい、耐えられない! 竜になれ、アイサ〉
〈最後のドラゴン百合セックスってのは、ワタシ自身がドラゴンになることだ〉
〈君ら少しは自分の言葉で喋れんのか〉
〈異種カプはァ! 寿命差が一番美味しい部分でしょうがァ!!!!!〉
〈うわ思想強っ〉
〈いやむしろ寿命差を強引に無くそうとするほうが思想強いんじゃないか……?〉
〈そもそもそうきたもこうきたもないでしょ。だって不可能だもん〉
視聴者どももびっくり。
当然私もびっくり。ついでにコヒナちゃんもびっくり。
………………えー、はい。では本日三度目の。
『竜巣ダンジョン02』ってのがあります。
あるらしいです。マジか。
アイサ曰く、例によって私が俗世から離れていた二十年のあいだに国内で発見された二つ目の“ドラゴンがいるとされるダンジョン”。いやそりゃ『竜巣01』だって、万が一にも今後第二第三の竜巣が見つかったときのためにってな理由で01なんてつけられたわけですけども。だからってほんとに見つかるやつがありますかい。
国土面積を考えれば竜巣が複数なんて災難以外の何物でもない。その考えは二十年前も今も変わっていない様子。今まさに心で理解したといいますか……この国は最早、良くも悪くもダンジョン大国というわけですか。
「──でも、ワタシたちにとっては幸運なこと。ドラゴンを殺してワタシもドラゴンになれば、ヨダカがうだうだ考えてる不安なんて全部解決する」
「ぎゅるぅーりゅあっ」
んなわけがあるかい、と、つい声も荒らげてしまいます。だってそうでしょう。どこもかしこも問題だらけです。
「問題って?」
まず第一に、そもそもドラゴンを殺すのがどれだけ困難なことかという点。
いくらアイサがかつての私と並ぶ──ドラゴンと戦えるほどの力を身に着けたからといって、それで確実に勝てるという話ではないんです。
私だって当時最高の隊を率いて、私以外の全員の命を犠牲にして、それでようやくどうにか紙一重で、刺し違える覚悟で、っていうかなんなら最後のほうはもう(アイサを突き放した自傷ダメージによる)ヤケクソメンタルでどうにかこうにか……って感じだったんですから。
ドラゴンというのは全ての生物の頂点に立つ存在。本来であれば、人間程度がどうこうできる相手じゃない。殺すだなんて簡単に言わないでもらいたい。まあ私は殺しましたけど。
「ヨダカそれマウンティング? 夜はワタシにマウントされる側だったくせに」
うるさいですね。
いやそれだけじゃなくって。
そもそも、竜殺しの呪いなんてのは私が勝手にそう呼んでるだけのもので。再現性があるのかも定かじゃないんですよ。
あんたが動画出すより前に視聴者どもに確認取りましたけどね、現状、全世界でもドラゴンを倒した人間なんて私くらいのもんで、竜殺しが人間にどんな影響を及ぼすかなんてまだ……あ、いや、あれか? 竜を殺したやつはみんなドラゴンになっちゃうから、今までドラゴン討伐の記録が残ってないのか……? うわーありそう…………いやいや、これも確証もなにもないただの妄想だし……
……と、とにかく、現状n=1の事象を当てにするなんて馬鹿のやることなんですよっ。
「別に、駄目だったら駄目だったで、とくにデメリットはないし。またべつの方法を探せば良い」
「……うぎゅーりゅら」
たーしかに。
……い、いや。いやいやいや。
てかそもそも、そもそもですよ? 大前提の話として。
「なに」
その『竜巣02』のドラゴンとやらを殺して、まあなんか上手いことアイサもドラゴンになれたとして。あんたそのダンジョンに囚われて終わりじゃないですか。モンスターはダンジョンから出られない。ましてドラゴンなんて、中層より上にあがることすらできやしない。
私と同じ存在になったとしても、それで二度と私と会えないんじゃ意味ないでしょうが。え、てかふつーに嫌ですからね? アイサがいつ死ねるとも分からない孤独な人生……もとい竜生を送るなんて。
「死んで欲しくないって言ったり、死なないのを嫌がったり……ヨダカは我が儘だね」
いや私なんもおかしなこと言っちゃいないでしょう。
真っ当に生きて欲しいって言ってるんですよ。なに嬉しそうにしてんだてめー。
「ワタシが真っ当に生きていくためには、ヨダカがいないと駄目」
「ぅ、ぎゅゆ……」
んねぇそういうこと言うのやめてほんとにっ。
てかだからその、一緒にいるってのができないっつってんですよ『竜巣02』でドラゴンになっちゃったら!
「いや別に、そこも問題はない」
「ぎゅぇ?」
は?
「『竜巣01』と『02』の深度は同程度。なら最深部同士を横方向の相転移膜で繋げればいい」
「ぎゅぇぇぇえ??」
はぁぁぁぁあ??
〈は?〉
〈なんて?〉
〈横方向?〉
〈なんすか横方向の相転移膜って〉
〈まーた知らん概念でてきちゃったよ〉
〈まるで違うダンジョン間を行き来できるみたいな物言い〉
まさしく私の考えを言い表したようなコメントが目についた。
アイサがまた「こっち見て」と囁いてくる。はい見ます、見ますけれども。あんた今なんて言ったの?
「ここ──『竜巣01』最下層と、『竜巣02』最下層を繋げるって言った」
……………………う、嘘でしょ?
え、だってダンジョンって普通は縦方向、地下深くへと進んでいくもんじゃないですか。いや横って。ダンジョン間を行き来って。
〈???????〉
〈ほんとに言ってる?〉
〈相転移膜って階層移動のためのもんじゃないの?〉
〈流石にフカしか?〉
〈いやでもここまでフカし妄言だと思ってたの全部マジだったぞ〉
〈マジすか? いやマジのマジすか?〉
「解体される直前に『羽鳥機関』が発見した相転移膜の機能。完全には解明されてないし、政府も公表してない。というか機関が力を失っちゃったから、ここ十年くらいは研究が進んでない」
えぇーマジですか。
──相転移膜というのは、隔てられたダンジョンとダンジョンをつなぐ移動経路。それは縦方向だろうと横方向だろうと変わらない……ってのが、全盛期の『羽鳥機関』が見つけ出した最期の成果。とかいう話を、アイサは淡々と教えてくれました。
コメント欄が荒れ狂ってるのが意識を向けずとも分かる。これほんとに表じゃ誰も知らない話っぽい。だとしたらそりゃ大混乱でしょうよ。ダンジョンの常識変わっちゃいますって──
「コヒナも『羽鳥』崩れのダサ仮面どもも、それでどこか別のダンジョンから来たんでしょ?」
「あ、はい。『羽鳥機関』所有の非公開ダンジョンから……」
「らりゅりゅぎ!?」
──そうなの!? いやなんでそんな大事なこと教えてくれなかったの!?
「え、いえその……聞かれなかったというか、わざわざ話すことでもなかったというか……」
ぐ、そりゃ、そっちからしたらそうかもしれないけどさぁ……!
えーいや、えぇー……ぁー…………しかしなるほどそうか……この子らが上の層に突然現れたように感じたのは、縦じゃなく横から来てたからか……えじゃあ、アイサがあいつら以上に突然現れたのももしかして……
「ううん。ワタシはシンプルに、気配消して全力ダッシュで下りてきた」
「うりゅ……」
あ、そう……ほんと強くなったねアイサ……じゃなくって。ほんとにほんとの話これ?
「まあ勿論、縦方向ほど簡単には通れない。ダンジョン間の距離が一定以内かつ深度が一致してる階層同士で……とかが前提になってくるし。そもそも、横の場合は双方向から転移膜に働きかけなきゃで、相応の魔素干渉力が必要だとか、色々条件はあるけど」
とにかく横移動は可能。で、竜巣最深部同士なら強度も問題ないはず……という話。
それはなんというか、私たちからすれば願ったり叶ったり──あ、いやいや、そも私はアイサがドラゴンになるってことに賛成してないですからねっ。
「嘘は良くない、ワタシには全部お見通し。ヨダカは今、“ドラゴン同士ならまあいっかなぁ……”って思ってる」
ぐ、ぐゅえぇ……
……て、てかほんとにいるんですか『竜巣02』のドラゴン? 私だって実在が怪しまれてたらしいじゃないですか。ほんとはそんなの存在しない可能性だって──
「あ、そこは間違いないです。その、『竜巣02』については機関が一度最深部まで下りて、ドラゴンの実在を確認済みですので……」
情報提供ありがとうねコヒナちゃんっ。
君のおかげでアイサがますます勝ち誇った顔してるよっ。
〈へーそうなんだ〉
〈『02』ドラゴンも映像記録とかはなかったよな〉
〈一応政府から外見の特徴とかは公表されてたけど〉
〈それも『羽鳥』由来の情報だったんすねぇ〉
〈横の相転移膜のことも黙ってたり、やっぱ現政府っていまいち信用ならんな〉
〈いやあのね、配信の最初のほうにも言ったけどね、情報量が多いのよ〉
〈衝撃の真実詰め合わせセット〉
〈もうみんな何周か回って冷静になってきてる〉
「ついでに言うなら、ほんとにドラゴンを殺せるのかって不安も解決。『竜巣02』で合流して、二人で戦えば良い」
〈婦婦の共同作業ですわね〉
〈仲直りのドラゴンスレイ〉
〈物騒だなぁ……〉
あーそういうこともできるのか。確かに一人で戦わせるよりかはだいぶ安心ですけどっ、いやでも、でもっ……!
「……ヨダカさぁ……」
「がぎゅぅっ!?」
なんですかその呆れたような目は。ぜったい私のほうがまともなこと言ってるから!
「いや、いい加減その“アイサの為を思って心を鬼に”みたいなのやめよう? 似合ってないよ、そういうムーブ」
〈まあ確かに〉
〈ヨダカネキめちゃくちゃ無理してるよな〉
〈俺らですら翻訳なくてももうなんとなく分かっちゃうからね〉
〈仕草とか表情とか嬉ションとかでな〉
〈ずっと漏れてんすよね嬉ション〉
〈やめてあげなよ、ドラゴン殺しのスキルを嬉ション呼ばわりするの〉
「だいたい、ワタシを突き放すのには全力だったくせに、一緒にいる為に力を尽くさないなんておかしいと思う」
〈ド正論〉
〈びっくりしたぁ〉
〈え、アイサってまともなこと言えるんだ〉
〈ドラゴンぶっ殺してドラゴン婦婦になろうぜ! がまともかというと〉
〈まあほら、健やかなる時も病める時もドラゴンになってダンジョンの底で生きる時もお互いを支え合うのが婦婦なので……〉
〈ほなまともか〉
「……………………えっと、差し出がましいようですが、その……さすがに腹を括るべきなんじゃないかなと、わたしも思います……よ?」
コヒナちゃん!?
〈コヒナちゃん!?〉
〈草〉
〈ドラゴンネキ、幼女に諭される〉
〈コヒナちゃんもなんかもう一週回ってる感じある〉
〈これは幼女先輩ですわ〉
〈まーこの面倒くさムーブを間近で見せつけられちゃそうもなるわな〉
くそくそくそっ、なんだよぅ全員で殴ってくるな卑怯でしょうがよぉ……!
「コヒナ、珍しく良いことを言う。それに免じて上層まで送っていってあげる」
「いえ、ですからそれはやめて欲しいと……」
「うーん……でもほんとに邪魔だから」
〈ごめん、やっぱアイサまともじゃないわ〉
〈知 っ て た〉
〈子供相手に面と向かって邪魔って言えるの大したもんだよ〉
──で、結局。
私がぐぬぐぬ唸ってるあいだに、“じゃ、そういうことで”くらいのノリでアイサが動き出してしまいました。一瞬だけぎゅってされて(こいつやっぱめっちゃいい香り)、それからすっと体を離して。
「よいしょっと」
「え、え? アイサさん? 嘘ですよね??」
それから、目にも止まらぬ早さでコヒナちゃんに近づくと、有無を言わせず彼女を小脇に抱え込む。当然コヒナちゃんはばたばた抵抗してるけど、アイサはまったく動じていない。で、そのままもう一度私の目の前まで戻って来まして、と。
「──もう一度言うけど、横の相転移膜は双方向での魔素干渉が必要になる。竜巣の底同士を繋げるのなら、それなりに強力なのが」
そう言ってアイサは、もう何度目か、私に微笑みかけてきました。こちらを信じて疑わない顔。すぐにも再会できると確信している顔。二十年前の別れ際とは、まったく正反対の表情で。
「じゃ、待ってるからね。ヨダカ」
コヒナちゃんを小脇に抱えたままアイサは高く跳躍、たったのひと跳びで天井の相転移膜へと消えていきました。残されたのは翻弄されっぱなしの私と、ふわふわ浮いたスマホだけ。
〈いやぁー…………スピード感〉
ほんとにね。