2. ダンジョン配信
──『羽鳥機関』ってのがあります。
これは私が勝手にそう呼んでるわけではなく、実際にそういう組織があるって話です。
表向きは孤児院の運営や貧困児童の支援なんかをしてる大きな団体、裏では能力保持者──、とくに幼いうちにスキルが発現した子たちなんかを囲い込んで鍛えたり実験したりしてる怪しげな機関。
かく言う私もその『羽鳥機関』で育ったダンジョン探索者でしたし。助けた女の子、羽鳥 コヒナちゃんが言っていた『機関』というのも、やはり『羽鳥機関』を指していたようです。
……というようなことを、いま私は“配信”とやらに乗せながら聞いたり話したりしています。通訳付きで、最下層の私の寝床で。コヒナちゃんを助けてから、まださほどの時間も経っていません。
〈ちょっっっっと情報量が多いかなって〉
〈なに? 『羽鳥機関』の残党がいて?〉
〈いたいけな幼女が人体実験されてて?〉
〈逃げ出した先にドラゴンがいて?〉
〈元人間などと申しており?〉
〈一つの配信に詰め込みすぎなんよ〉
ダンジョン配信。
まったく信じがたいことに、今の世の中じゃそんなものが当たり前に流行っているそうです。
私がドラゴンになってからなんと二十年以上が経っていたらしく、その間にダンジョンはすっかり一般人にも開かれた場所になったという話。
私が人間だったころ……つまりダンジョンの発生からそう経っていなかった時代にはこんな場所、能力保持者ですら迂闊に踏み入るようなことはしない……というか発見されたすべての入口を国が厳重管理して民間人は近づけないのが当たり前でしたし。『羽鳥機関』所属の強化実験やらなにやらを受けた特殊な能力保持者部隊が秘密裏に、少しずつ探索を進めていく、それですら慎重に慎重を期して、って感じだったんですが。
それが今じゃ、その辺の学生さんとかが放課後に、一狩りいこうぜくらいのノリでダンジョンに立ち寄るのも珍しくないんだとか。凄いなほんとに。
で、そのいわゆる“ダンジョンの娯楽化”とでもいうべき潮流の最たるものがこれ。ダンジョン配信なのだと。
〈スマホに興味津々ドラゴン〉
〈デカすぎて画角に収まりきれてないんだが〉
〈これコメントも読めてるのかね〉
〈人間だったんなら読めるんじゃね? 知らんけど〉
〈てか『竜巣01』にほんとにドラゴンがいるってのも正直半信半疑だったわ〉
〈政府がそう言ってるってだけだったからな〉
〈配信……どころか下手すると映像記録に残るのもこれが初の可能性すらある〉
眼の前に浮かぶスマホの超進化体みたいなやつ、そいつから立体投影される無数のコメントたち。
今やハイエンドなスマホなんかは普通に宙に浮くもんみたいで、機関の構成員から奪ったらしいそれでコヒナちゃんはさっきからずっと配信を続けてます。いやマジで凄いなほんとに。
「るぎゅるぅらぁ……」
「“浦島太郎の気分……”だそうです」
〈まあ二十年文明から離れてたんじゃ、ねぇ?〉
〈ほんっとに人間だったんか?〉
〈自分を元人間だと思いこんでいる異常ドラゴンの可能性〉
〈全盛期の『羽鳥機関』知ってるしガチだろ〉
〈このガキがほんとに翻訳できてるんならな〉
〈てかコヒナが『羽鳥機関』出身ってのもホントかどうか〉
〈もう十年以上前に解体された組織だぞ〉
〈その話さっきもした定期〉
新しい視聴者がどんどん入ってくるせいか、コメント欄の話題ももう何度かループしていますが……えーまあ、我が古巣こと『羽鳥機関』、私がダンジョンの底で丸まって過ごしているうちに壊滅してしまったそうです。能力保持者への、あー……世間様の言うところの非人道的な実験が表沙汰になっちゃったせいで。
要するにこの羽鳥 コヒナちゃんは、とっくに解体されたはずの倫理観ブン投げ異常組織『羽鳥機関』に、物心ついたときから捕らわれていたのだと。処罰を逃れた一部の研究者が水面下で続けていた強化実験の、その被験体だったのだと。ダンジョンでの実地訓練にかこつけて、上手く機関から逃げてきたのだと。
ある意味で話題性はバッチリで、だから今もこの配信には多くの視聴者が集まっているというわけでしょう。私まででてきちゃったものだから、なおさら。
「え、えと……正直ドラゴンさん……ヨダカさんに関しては、わたしからはなんとも言えないというか、あの、どうにか翻訳ができるだけですので……助けてくれたのは善意からだそうです」
「ぐりゃぅ」
「はい、えと、わたしとしてはその、早急に自分の身の安全を確保したいといいますか……」
とにかく、えー、なんでしたっけ。いや私も二十年分の情報をワッと浴びせかけられてわりと混乱しているんですが…………はい、そう、コヒナちゃんが逃げながら配信なんてし始めた理由。『羽鳥機関』からも何者からも自分を守ってくれる“強い個人”を探してるって話でしたね。
〈ってもねぇ〉
〈まあスキルはめちゃくちゃ有能だと思うが〉
〈『羽鳥』の残党敵に回してまで〉
〈『探索者協会』と縁切ってまで、ってなるとなぁ〉
〈てかそれやって食っていける探索者とかいるんか?〉
〈協会の支援無しの完全独立は流石に無理ある〉
〈そも羽鳥が『探索者協会』と繋がってるってのもわりとやばい話では?〉
〈『羽鳥機関』がフかしてるだけの可能性〉
〈コヒナちゃんが嘘こいてるだけの可能性〉
〈なんにせよ協会の偉い人たちてんやわんやしてそう〉
〈てか、いっそそこのドラゴンさんに守ってもらっちゃどうすかね〉
ざばざば流れ落ちていくコメントのうちの一つが目に留まる。コヒナちゃんも同じだったようで、問うようにまんまるな瞳を向けてきました……が。
「ぐぇ、うりゅぅあ」
「“え、嫌”だそうです……」
〈草〉
〈即お断りドラゴン〉
〈マジで“一応は助けてやった”くらいの感覚なんだな〉
「わ、わたしも、ずっとダンジョンの中で過ごすのは、さすがに厳しいかと……」
コヒナちゃん自身もあまり乗り気ではない様子。良かった。
小さな女の子の命が危ないってんでさすがに出張りましたが……べつに仲良くなりたいわけじゃないですからね。私としてはさっさと誰かに引き取ってもらいたいところです。
二十余年もダンジョンの奥底にいたせいで人恋しくてたまらない……なんて言うとでも思ったか馬鹿め。もとより私は、誰彼と仲良くできるタイプじゃないんですよ。
〈そもそも『竜巣ダンジョン』の深層までいける探索者って時点で〉
〈国内に何人いるのって話でして〉
〈あの……まず今映ってる『竜巣01』最下層、少なくともここ二十年以上だれも到達できてないわけで〉
確かに。
コメントを見る限りだれも私こと“『竜巣ダンジョン01』のドラゴン”について知らなかったようですし。なによりドラゴンになってから今日まで一度も、私の前に人間が姿を見せたことはなかった。
〈ドラゴンネキに中層くらいまで護送してもらって誰かに引き渡すとかじゃダメなんか?〉
〈お、ダンジョン初心者か?〉
〈流石に無理だろ。ドラゴン初見の俺でも分かる〉
〈九割九分の人間はドラゴン初見なんだよなぁ……〉
「らるぅぎゅる、るゅあう」
「えっと、わたしを助けてくれた階層までは行けるそうです、けど……」
それ以上は無理です。あそこより上に行くための相転移膜は、竜の身で通るには強度が足りないので。まあそのおかげで、ドラゴンに限らず深層にいるような強力なモンスターたちが上層にまであがってくることがないわけですけども。今では広く伝わっている知識なのか、大半の視聴者もそれは理解している様子。
〈いやあそこだって最深部数歩手前くらいなんすよ〉
〈そこまで行ける探索者が国内に以下略って話で〉
〈竜人ってあれ、協会が討伐確認できてる中では最上位のモンスターなんすよ〉
〈それも確か、最高同時討伐数が三頭とかなんすよ〉
〈フルパで行って犠牲者も出した上でそれなんすよ〉
〈人類からしたらほぼ上位存在っす〉
〈それを群れ単位で瞬殺してたの冷静に考えて怖すぎるな……〉
〈……もしかしてこのもふもふドラゴンめっちゃ怖い?〉
「ぐゅ」
〈ヒエッ〉
〈ゆるして〉
〈ごめんなさい〉
〈ころさないで〉
〈タメ口きいてスンマセンっしたァ!!!〉
〈そこのガキ一匹でどうか勘弁してください!!!!〉
「……あの、敵意は感じませんし、大丈夫だと思います……よ?」
今さらながらドラゴンが怖くなってきたのか、視聴者たちが怯えだしました。ちょっと面白い。なんかカスいこと言ってるやつもいますけど。
……というか竜人系のモンスターって私が機関の探索者やってたころは……まあ強敵の部類ではありましたけど、でも上位存在扱いするほどではなかったですけどもね。リザードマンなんて程度では勿論ないけれど、かといって本物のドラゴンにはまったく及ばず、系統的にも別の区分。ドラゴンを真似ようとしたけど上手くいかなかったみたいな雰囲気のやつら。
当時の深部探査部隊のメンバーであれば一対一でも倒せる程度なはず。正直、人間だったころの私でも、先と同じようにコヒナちゃんを助けることはできたでしょう。
となると探索者の水準はここ二十年で、ボトムこそ随分と引き上がったようですが、上限のほうは変わっていない……どころか下がっているとも考えられますか。
……やはり『羽鳥機関』は必要だったのでは?
そもそも私からすれば「強化実験も投薬も受けずピュアなスキルだけでダンジョンに潜るとか正気か?」という感覚は拭えないんですが。でもこれたぶん口に出さないほうがいいんだろうなぁ……老害ドラゴンとか人権軽視ドラゴンとか言われるのはさすがにちょっと嫌ですからね……
「話が逸れてしまいましたが……あの、本当にどなたか、助けてくださる方はいらっしゃいませんか。わたしにできることならなんでもします……っ、実験や投薬に比べれば、なんだって苦じゃありません……!」
〈えっ〉
〈ん?〉
〈今なんでもするって〉
〈ちょっと『竜巣01』潜ってくるわ〉
〈ハイ通報〉
〈しなくても竜人に殺されて終わりよ〉
〈いやこの顔、意味分かってて言ってそうだなぁ……〉
〈それでも『羽鳥』での仕打ちよりかはってことか……〉
〈年端もいかない幼女にこんな覚悟させるとか相当やぞ〉
〈『羽鳥機関』、やはりカス〉
おおう……私の古巣、ボロッカスに叩かれている……
まあ確かに真っ当な機関じゃなかったですが、そんなにしんどかったっけなぁ……? いや、残党というくらいですし、私の所属していたころより過激になっちゃってたとかですかねぇ。
「えっと、その……とにかくどなたか、お願いします……!」
コヒナちゃんはひたすら頭を下げて庇護を求めるだけ。対する視聴者たちは、どちらかというと『羽鳥機関』への罵倒で盛り上がっている様子。
〈見てこれ。なんか頭おかしい動画あげてるやついる→〉
そんな流れが、一つのコメントで不意に変わりました。
〈関係ないリンク貼るなボケ〉
〈荒らしかスパムか〉
〈いや関係あるんだって。ヨダカさんについて言及してる〉
〈はぁ?〉
〈怪しすぎ〉
〈再生数稼ぎやめてね〉
〈案の定売名カス沸いてきたか〉
視聴者のうちの一人が貼り付けたのは、どうやら別チャンネルの動画のリンクのようでした。まあ普通に考えれば皆さんの言うような荒らしか便乗売名行為か……ということくらいは、文明から離れて久しい私でも思うことですが。
「えっと……はい、一応見てみます、ね?」
しかし懐疑的な視聴者たちに反して、コヒナちゃんは頷いています。素直すぎるのか、それとも藁にも縋る思いなのか。後者でしょうかね。
ともかく細い指でリンクをタップして、配信は続けつつ別タブで動画を開くコヒナちゃん。まっさきに目に飛び込んできたのは、動画のタイトル。
『『竜巣01』ドラゴンの妻です。真実をお話します』
「ぅぎゅぅううりゅ?」
なぁにこれ?




