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1. ドラゴンと幼女  

全8話で完結予定。

ストックが続く限りは毎日一話ずつ更新していきますので、ぜひぜひよろしくお願いします。


 竜殺しの呪い、ってのがあります。

 まあ私が勝手にそう呼んでるだけなんですけど。

 

 起きる事象としてはシンプルで、竜を殺した者が次の竜になるっていう、それだけ。


 それを受けた私がドラゴンになってから、はたしてもうどれくらいが経ったのか……少なくとも一年二年って程度じゃないのは確かでしょう。なにぶん、竜化してからは時間の流れにさほど頓着しなくなってしまったから、正確なところは分かりませんが。この地下深いダンジョンの最奥じゃ、昼も夜もないってのも大きい。


 ともかくそんなわけで今日も今日とていつも通り、だだっ広い洞窟のような空間の只中で、自分の抜け毛で作った寝床で丸まって、人間だったころの思い出を反芻しておりましたところ。


「──っ」


 不意に、微かに、けれども確実に、人の声が聞こえてきました。


「──、──っ」


 ここよりもいくつか上の階層から。実際の音として耳に届いたというよりは、人間を遥かに凌駕するドラゴンの超感覚、ある種の第六感めいたものがその声を捉えたといったほうが良いでしょうか。

 なんにせよもう随分と久しぶりの、人間の気配です。思わず意識を向け、その動向を探る。幼い少女、いや女の子と言ってもいいくらいのそれはなにか──十中八九モンスターでしょう──から逃げるように動きつつも、絶えず声を発していました。


「追っ手──もう──撒け──です……が……!」


 あまり強い力は感じられないにもかかわらず、その子はダンジョン深層のモンスターどもから上手く逃げ続けている様子。そうしながらもより奥へ奥へと、つまり私のいる最奥へと少しずつ近づいてきています。


「──こ、このように、わたしはモンスターの思考を読──、行動を予測す──とができます……! 」

 

 最初は聞き取れなかったその子の言葉が、徐々に鮮明になってきました。


「お役に、立てると思います……っ! ですからどうか、この配信を見ているどなたかっ、強い探索者のどなたかに、わたしを『機関』から守っていただきたいんです!」


 幼い声のわりに、随分としっかりした言葉遣い。そして同時に、なにやら切羽詰まったような、切実な物言いでもあり。


「『機関』は、っ、とても大きな権力を持っているのだと言っていましたっ……警察や探索者協会に助けを求めても、それらとすら繋がっているかもしれません……! だから、強い“個人”に助けていただきたいんです! お役に立ちます、実験も投薬ももう限界なんです! だからどうか、どなたか……!?」


 とまあここら辺りで、女の子の声音がまた変わりました。モンスターの思考が読めるらしいけれども、だからといっていつまでも逃げ続けられるわけでもないんでしょう。彼女を囲い込むように、それなりに凶悪なモンスターどもの気配がいくつも立ち並んでいます。

 いくら強力なスキルを持っているからといって、より危険なほうへと自ら進んでいってしまっては、まあ、そうもなりましょうか。

 

「くっ……少し、焦り過ぎましたか……!」


 ……唐突すぎて状況は今ひとつ分かりませんが、幼い子供が危ないと分かっていてなにもしないのはさすがに気が引けます。いくら人間をやめたからと言って、見殺しにするのは寝覚めが悪い。

 それに、『機関』という言葉に思い出すものもありますし。なにより、ドラゴンになってから初めての、近くにまで来た人間です。

 だから私は身を起こし、女の子のいるほうへと向かうと決めました。こことは階層が違うけれども、この近さならわたしでも介入できるはず。


 ダンジョンの底の底、広く薄暗い洞穴のような寝床を抜け出して翼を羽ばたかせ、飛び上がる。すぐにも天井に到達、そこにかかった揺らめくヴェール──階層間の境目、相転移膜を通って、私はここよりも少し上の階層へと踏み込みました。

 

「──っ!? な、なにかもっと大きな存在が……っ、下からっ!?!?」


 油膜めいた鈍虹色のヴェールを通過するのと同時、女の子の声が超感覚ではなく聴覚によって耳に届く。境目を完全に通過し地に四足をつけた私の、ちょうど右前足の近くに、声の主はいました。

 白黒灰茶と妙なまだら模様をした長髪に、着覚えのあるようなないような微妙なラインの、手術着にも似た簡素な一枚着。やはりまだ十歳かそこらだろう女の子。


「──ぇ、ぁ……?」


 次いであたりを見渡せば、久しぶりに訪れた上の階層は、以前に見たときとさほども変わっていない様子でした。

 天然の洞窟とも人工的な道とも取れる岩の通路の只中、高い天井こそ青空のような不思議な明るさを有していますが、そう広くもない(ドラゴン()基準で)通路幅のせいで、どうしたって閉塞感は拭えません。もっとも、人間やそこらのモンスターにとっては通路と呼ぶにも広すぎるくらいでしょうけども。


「……どら、ごん……?」


 で、そんな場所で女の子と私を囲んでいるのは、竜人と呼ばれるモンスターどもでした。

 人ってついてるけど、もちろん人間とはまったく別の存在。二足歩行な見た目がまあ人に近いと言えなくもないからそう呼ばれてるだけで。

 触り心地の悪そうな薄汚れた体毛に覆われた体に、竜と言えば竜っぽく見えなくもない頭部。人間基準で言えば大柄なほうですから、私の足元にいる女の子からしてみれば威圧感も相当なものでしょう。わたしからすればほぼ誤差レベルのサイズ差ですが。

 

 そんな竜人どもが、まあ十匹かそこらの群れでこちらをぐるりと囲んでいるわけなんですけども。

 包囲円が大きく膨らみ乱れているのは、ドラゴン()という存在が下から割り込んできたせいでしょうか。相転移膜を通った先では、基本的に格の低いほうが押し退けられるようになっているから。もっとも、それで萎縮するのではなく怒りを抱くのが、深層に住むモンスターってやつなんですが。


「グルゥゥウウウウッッ……!!」


 群れのボスらしき個体が、私に向かって威嚇の唸りをあげています。んなことしてる暇があったらさっさと襲いかかればいいのに。

 私はその場から動かずに──うっかり女の子を踏んづけちゃったりなんかしたらさすがに気分悪いので──頭を、正確には頭部から生えた二本の角を掲げた。


「っ! こ、これは……っ!?」


 途端、周囲の竜人どもはひとりでに発火したり、虚空から生じた電撃に焼かれたりと可哀想なことになっていきます。当然みな即死。十体ほどいた群れが、十秒と経たずみな黒焦げになって倒れ伏す。耐えられるはずもないでしょう、なにせドラゴンを殺したスキルですからね。ドヤァ……


 とまぁそんな感じでさくさくっとモンスターどもを排除することができました。視線を下げて改めて見てみれば、女の子は、ぽかんと口を開けてこちらを見上げています。


「……………………助けて、くれた…………?」


「ぐぎゅるぅあ」


 一応、そういう形になりますかね。

 

 


 ◆ ◆ ◆




 ──ワタシがその配信を見つけたのは、日課である情報収集の最中だった。

 

 ダンジョン配信はもうすっかり市民の娯楽として扱われているけれども、ワタシは目的を果たすための手段の一つとしてそれを見ている。配信ならどれもこれもというわけではなく、ワタシが踏破を目指す唯一のダンジョン、『竜巣ダンジョン01』についてのものだけをピックして。


 たまたま、目に入った。

 現在急上昇中としてサイトのほうがオススメ欄のトップに載せてきた、その生配信が。


 凝ったサムネイルなんてものもなく、おそらく急遽立ち上げたチャンネルの初期フォーマットそのままで始めたであろう配信。まだらな髪色の小さな女の子が、『竜巣ダンジョン01』の深層を必死に駆け抜けていた。


 そこまではまあ、珍しくはあれども、ワタシにとっては“貴重な『01』深層の映像”という程度でしかなかった。その子が『機関』という言葉を口にした段階でもまだ、思い浮かぶものはあれども、“レアな情報”止まりだった。


 目が離せなくなったのは、モンスターに囲まれたその子のそばに、“彼女”が現れた瞬間から。

 

 さらに下の、おそらく最下層から相転移膜を通って現れたドラゴン。角に光を纏わせ、一歩も動かずに炎と雷光でモンスターどもを一掃してみせた巨躯。

 視聴者たちは頂点種であるドラゴンの登場に色めき立っていたけれども、ワタシはそれどころじゃなかった。そんな程度の衝撃ではなかった。


「──てた」


 そのドラゴンが用いた、傍目には発火と電撃の能力にしか見えないスキルは、紛れもなく“彼女”のものだったから。いや、それだけじゃない。


「──さ、流石にドラゴンほど強大な存在が相手では、直接思考を読むことは難しい、です……で、ですが、鳴き声からなにを言っているのかを聞き取る、感じ取る? ことはできると思います……!」


「ぐぎゅるぅあ」


「──え? はい? ……え、えと、その、ドラゴン……さんは“ヨダカ”というお名前だ、そうです……?」


「ぎゅるぁ、うぎゅるる」


「──あの、え? えへぇ? あの…………えー…………ドラゴンさんいわく、“元は人間だった”とのこと、です……???」


 モンスターの思考や言葉を読み取れるらしい少女の声が、ワタシの確信を後からなぞる。

 画面の向こうでは“彼女”が物珍しそうにこちら側を見ていた。画角に全ては収まりきらずとも、大まかな全体像はうかがえるくらいの距離感で。


「──いき、てた」


 しなやかさと力強さの同居した四足歩行のシルエット。一緒に映っている少女なんてひと飲みにできそうな巨体は、それでいてどこか女性らしさを感じさせるなだらかな曲線で構成されている。

 体の大半を覆うのは鱗ではなく羽毛めいたふわふわで、その色味、青から水色、水色から白へとグラデーションしていくさまは、記憶にある“彼女”の髪とまったく同じ。一見すると真面目そうにも思える細まった眼差しも、そのグレーの瞳も、やはり“彼女”と寸分も違わない。


「んぎゅらるりゅぅぅ」


「──“ドラゴン殺したら自分がドラゴンになっちゃいました。ウケる”……だ、そうです……?????」


 他の視聴者たちは女の子の……いや“彼女(ドラゴン)”の発言に混乱しきりなようで、視界の端ではコメントがものすごい勢いで流れている。気がする。

 

「いきてた……生きてた、生きてた」 


 通訳なんてなくとも、ワタシには“彼女”の言っていることが分かる。その瞳を見れば、なにを考えているかが伝わってくる。だからこそ間違いなく。大きな翼と角を携えた、爬虫類とも猛禽ともつかない顔立ちのこのドラゴンは、そう間違いなく、羽鳥 ヨダカ──ワタシの妻だった。


「っ、生きてた…………!」


 ずっと彼女の影を追っていた。

 二十年前に『竜巣ダンジョン01』の最奥へ向かい、そして戻ってくることのなかった彼女を。それがいま間違いなく、ワタシの目の前に。姿は変わっているけれど、そんなことはどうだっていい。


 向かわなければ、彼女の元へ。


 

「……えー、えっと、わたしも混乱しているんですけど……と、とにかく。ヨダカ、さん? あの、助けていただきありがとうございます……!!」


「るぎゅぅるる」

 

〈まあまあどうでもよさそうな反応で笑う〉

〈たまたま見かけたから一応助けたくらいの温度感〉

〈……てかさ、もふもふドラゴン可愛くね?〉

理解(わか)る。顔立ちもなんていうかこう美形だし〉

〈幼女の危機に颯爽と駆けつけるドラゴンとかもうこれ神話だろ〉

〈なお本人もとい本竜は元人間と主張している模様〉

〈電波系かな?〉

〈電撃系なんだよなぁ……〉

〈正直可愛いからなんでもいいかなって〉

〈いやよかぁないんすがね……〉


 ……その前にこの少女と、それから配信を見ている有象無象どもにも、釘を刺しておかなければならないだろうか。


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この世界の個人情報がどうなってるか知らないけど、羽鳥ヨダカを名乗るドラゴンの話を鵜呑みにして調べていったら普通にヒットしそう。そして機関のことも明るみにw んで、妻?俺の嫁?を自称するくらいの年代か…
祝新連載!タイトルに色々散りばめられてますねwww 元妻という強ワードも! 二十年!?行方不明だった妻とソレをさがし続ける妻 二人の間にどんな物語が紡がれるのか楽しみです しかし今回の終盤を見るに …
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