真の墜落 ― サラ、煩悩の花嫁
路地裏を照らした純白の祈りの光は、
一瞬で黒金の瘴気を飲み込み、
シンの暴走核へと繋がった。
「……シン……
もう……大丈夫だから……
全部……わたしが……!」
サラの掌が、シンの胸に触れる。
暴走の獣が苦悶の咆哮を上げる。
「……グルル……ガァ……ア……ア……ッ……!!」
――そのとき。
白い光が逆流した。
本来なら光が獣を清めるはずだった。
だが、シンの煩悩核はあまりに巨大で、
白い祈りを飲み込み、逆にサラの内部へと流れ込んでいく。
「ッ……あ……な……に……これ……!?」
胸の奥に、熱い煩悩が流れ込む。
白い鎧が軋む音。
「ダメ……これ以上は……わたし……ッ!!」
だが、光は止まらない。
サラがシンの核を抱きしめた瞬間――
煩悩が流れ込み、祈りの装甲を内側から焼き潰す。
「――ッ……ひぁ……あ……ッ……!」
白銀の光が、闇に爪痕を刻みながら黒へと変色していく。
《純白の煩悩解放》は、
今や《黒花の煩悩受肉》へと堕ちた。
「……あ……あぁ……
シンの……全部……わたしの……身体に……ッ……!」
サラの瞳が潤み、理性と恍惚が交錯する。
路地裏に立ち尽くすシンからは、暴走核が抜け落ち、
意識を失い、ただの少年に戻っていた。
だが――
その代償として。
サラの背から黒金の触手が芽吹く。
白い祈りの花弁が黒い花へと変わり、
路地裏に新たな煩悩の女王が誕生する。
「……わたし……シンの全部……
背負うから……
背負って……堕ちて……
守るから……♡」
涙を零し、笑うサラの背に、
新たな獣核が脈打つ。
彼女は今や――
暴走獣の花嫁。
誰がこの黒い祈りを止められるのか――
誰が、新たな堕天を赦すのか――
月は黙って見下ろしていた。
深夜の路地裏に、
白い月光と黒い瘴気が絡み合って流れていた。
中心には、
黒金の触手の玉座に腰掛けた少女――
サラ《黒花の花嫁》
その膝元に、かつての女帝カレンが、
裸の背を這う触手に絡め取られ、跪いている。
「……カレン……
あなたの力も……わたしの巣に還して……?」
サラの声は、もはやあの優しい祈りではない。
甘く湿った煩悩の吐息と化していた。
カレンの瞳は虚ろに潤み、
舌先を見せて微笑む。
「……あぁ……♡
女帝なんて……偽り……
わたしは……あなたの巣……♡
巣に、なりたい……サラ様……♡」
サラは触手の先端でカレンの頬を撫で、
小さく唇を奪う。
「ふふ……よく言えたね……
全部、あげる……
わたしの煩悩の一部になって……?」
カレンの裸身から黒金の花弁が咲き、
彼女の骨と血肉を媒介に、
路地裏はさらに深い《黒花の巣》へと変貌する。
――街の地下水路。
――廃ビルの奥。
――闇市場の隙間。
巣は繁殖し、
新たな《巣喰いの花嫁軍》が
夜の街を覆い始めた。
人々は気づかない。
街角の影が、息遣いのように蠢いていることに。
だが、
その中心で微笑むのは――
堕ちた元女帝カレンと、
全てを統べる《黒花の花嫁サラ》。
彼女たちの前に、
意識を取り戻したシンが這い出してきた。
「……サラ……っ……お前……何を……」
その瞳に映るのは――
もはや救いではなく、
甘く淫らな支配の微笑みだった。
「……シン……
おかえり……
わたしの、可愛い《オス》……♡
おとなしく……わたしの巣に還って……?」
サラの背後で、
カレンと数多の花嫁兵が、
くぐもった嬌声を上げながら蠢いていた――。
夜の街――
ネオンが滲み、背後の路地に黒金の花が咲き乱れていた。
カレンの堕落で拡張された《黒花の巣》は、
廃ビルの隙間から地下水路、
果ては街の人の心の奥へと浸透し始めていた。
一人目の犠牲者
街角で酒に酔ったOLが、
ふらつきながらスマホを落とす。
カサリ……
足元の排水口から伸びた黒金の蔓が、
彼女の足首を絡め取る。
「……え……な、に……?」
蔓は音もなく這い上がり、
彼女の脚を、腰を、喉元を撫でる。
瞬間、脳裏に甘い声が流れ込んだ。
『おいで……わたしの花嫁に……♡』
目が蕩け、白目を剥いたOLの背中に、
黒花の刻印が咲き――
彼女は街路樹の影で小さく快楽の呻きを漏らす。
花嫁兵、ひとり追加。
二人目の犠牲者
深夜のコンビニのバイト男子。
雑誌を並べている最中、
背後の冷蔵庫の奥から黒金の触手が伸びてくる。
「え、何これ……?」
気づいた時には、
後頭部を刺され――
黒い花粉を吸わされる。
脳内にサラの声。
『お前も……わたしの巣に還って……♡』
男子は目を虚ろにし、
棚から下着雑誌を抱えたままレジに座り込む。
花婿兵、ひとり追加。
街中で連鎖する煩悩の蔓
公園の噴水の水面。
地下鉄のホーム。
古びたビルのエレベーター。
黒金の花弁が風に乗り、
街中の「孤独」と「欲望」を嗅ぎ分け、
片っ端から人々を花嫁化・花婿化していく。
彼らの瞳はとろりと溶け、
口元には小さな黒花が咲く。
彼らの役目は――
さらに別の孤独を求め、
街中に煩悩の種を撒くこと。
支配者の玉座
繁華街の廃ホテル最上階。
黒金の花弁に囲まれた玉座に、
サラはカレンを抱き、膝の上で撫でていた。
「……もっと……もっと……
わたしの花嫁、花婿、増えて……
この街ぜんぶ……わたしの巣にして……♡」
背後には、
無数の花嫁兵と花婿兵が、
うっとりした顔でうごめいている。
「……シン……
あなたも……早く……
ここに還って……?」
サラの手の中で、
黒金のコアが脈動していた。