第一話 煩悩武装、発動す。
――人は恥を知るからこそ、理性を保てる。
だが、その理性が限界を超えたとき。
煩悩は力となり、戦場を染め上げる。
桐生シンは、今日も自転車を漕いでいた。
汗でシャツが背中に張りつく。梅雨の晴れ間、湿気と陽光が容赦なく体力を奪う。
(クソ……よりによって、こんな日に……)
後ろのカゴには、幼なじみの如月サラの買い物袋。
プリンだの生クリームだの、謎のコスプレ用らしい布きれまで、何がどうしてこれが必要なのかは謎だった。
「シン! ちょっと止まって!」
振り返ると、サラが額の汗を指で拭いながら叫んでいた。
ただの部活帰りのはずが、なぜか彼女は制服の上着を脱ぎ、シャツの第一ボタンを外している。
「……おい、なんでそんなに色々脱いでんだよ!」
「だって……もう……汗で……服が張りついて……動きにくいの……」
「なら俺が持つから、着とけ! ほら、荷物増えてんだぞ!」
サラはいたずらっぽく笑った。
その笑顔に、なんとなく胸騒ぎがする。
「シン、知ってる? 人の煩悩ってね、極限まで高めると――武器になるんだよ?」
「は……?」
言い終わるより早く、空気が振動した。
道の先、人気のない住宅街に突如、紫電が走る。
そして現れるのは――巨体の鎧武者のような化け物。
「な……なんだ、あれ……!?」
「エロマキナ……。煩悩武装の暴走体だよ。あたしたちみたいな武装者が制御できなかったとき、ああやって暴走するの。」
シンの頭が追いつかないうちに、サラは制服のシャツを脱ぎ捨てた。
下に着ていたのは、肌をほとんど隠さない黒いバトルスーツ。
腰のチャックを引き下げ、布地の一部が発光し始める。
「――見ないでって言っても、もう遅いからね……!
この羞恥心と一緒に、あたしの煩悩力、最大まで高めるから――!」
爆音と共に、サラの身体を覆う光の鎧が形成されていく。
その姿は、半分裸同然のくせに、誰よりも強そうで、誰よりも恥ずかしそうだった。
「ちょっと待てサラ!? お前何して――」
サラは振り返り、シンの顔を真っ赤にしながら微笑んだ。
「……見ててね、シン。あたしの……羞恥の全力、だから――!」
次の瞬間、光が弾けた。
巨大な化け物と、羞恥の武装少女の一騎打ちが始まる――!
紫電がはじけ、住宅街の壁が弾け飛ぶ。
暴走したエロマキナが巨体を軋ませ、サラに向かって鉄塊の腕を振り下ろした。
「――くっ!」
サラは瞬時に地面を蹴った。
ブレザーもシャツも脱ぎ捨て、身体に密着する漆黒のバトルスーツ。
胸元をかろうじて隠す薄布が、跳躍の衝撃で軋む。
(見られてる……! シンに……!
恥ずかしい……でも、これが――!)
大剣のように生成された光刃を構え、迫る拳を弾き返す。
火花が散り、コンクリートを砕く轟音。
地面を抉って滑ったサラのふとももが、汗と破けたスーツの隙間から艶やかに光る。
「うわ、あんなの……人間が相手できんのかよ……!」
声を上げるシンに、サラが振り返りざま叫ぶ。
「シン! 見てて! これが――
《羞恥解放・秘奥義――ベール・オブ・ラスト!!》」
サラの背後に、青白い残像の羽が広がった。
同時にバトルスーツが一部吹き飛ぶ。
恥ずかしさが極限を超え、心臓が爆発しそうになる。
しかしその羞恥心こそが力だ。
「暴走体め……恥を知れッ!!」
瞬間移動のように姿が霞む。
鋼鉄の拳が届く寸前、サラの光刃が怪物の関節を断つ。
紫の血が宙に散る。
咆哮。
拳がかすめ、サラの脇腹を裂く。
「っ――は……ぁ……っ!」
傷口から血が滲む。痛みより先に、さらけ出された素肌が突風に晒される羞恥がサラの神経を撃つ。
なのに、笑う。
頬を朱に染め、挑発するように。
「……もっと見てて、シン……。
私が、全部、全部晒して、勝つから――!」
刹那。
サラの背中から放たれた光が鞭のようにしなる。
暴走体の胸を貫通し、内部の「核」をえぐり出す。
光の核が砕け、巨体は爆発するように消えた。
吹き荒れる残滓の中、半壊したスーツの少女が、一人立っていた。
「……シン……どう? あたし……強かった……?」
――半裸の、でも誰よりも誇らしげなヒロインがそこにいた。
シンは思わず見惚れた。
羞恥も、煩悩も、痛みも全部抱えて立つその姿に。
(……ヤバい。こいつ、誰よりも強ぇ……)