光の旅人〜フレデリック・ワープドライブ〜
ワープドライブって人類というか男の子の夢だと思うんですが、最近エントロピーと重力の関係に関する論文を読み、こういった作品を書いてみました。SFは避けられるかもしれませんが、男の子の夢は誰にも邪魔できないのです。
西暦2055年。人類はついに、物理法則の壁を超える技術を手に入れた。
それは、重力とエントロピーの相互作用を操ることで超光速移動を実現する「エントロピック重力跳躍ドライブ(EGWD)」だった。アインシュタインの憎き相対性理論が築いた鉄壁の制約を打ち破り、最小限のエネルギーで瞬時に目的地へと到達する技術。これにより、人類は月を、そして星々の間を飛び越え、宇宙の深淵に足跡を刻む力を得たのだ。
この革命的技術を搭載した宇宙船、公募により圧倒的多数で決定し、その後3回の押し問答を経て採用された、その名も『エンタープライズ』。NASAと国際宇宙開発機構(ISA)が総力を結集して開発した、人類初の超光速宇宙船だった。その船体は流線型の金属と光沢を放つ複合セラミックで覆われ、まるで未来そのものを象徴する彫刻のようだった。
「中佐、止めるなら今ですよ」
冗談めいて言う管制官に、フレデリックは思わず溜息をついた。
「今それを言うかねぇ? マジな話、正直ビビり散らしてるが......」
フレデリックは笑いながらそう言ったが、その指先は微かに震えていた。このミッションは人類の歴史を変える。生きて帰れる保証などない。生きたとして、下手をすれば永遠に宇宙をさまよう事にもなりかねない。
「それでもあなたは宇宙へ......光を超すんでしょ?」
フレデリックは目を閉じた。彼がこの道を選んだのは、栄光や功績のためだけでは無い。
幼い頃、彼は夜空を見上げるのが好きだった。父は小さな望遠鏡を買い与え、彼と一緒に様々な星々を眺めた。
「寂しい時は、宇宙を思い出すんだ。きっと、どこかで誰かが同じ様に星を眺めてる。その人達にいつか」
「いつか?」
「いつか、会いに行くのは、お前かもしれないな」
父の言葉は冗談のようで、どこか確信めいていた。
父が死に、宇宙開発に身を置いても、その言葉はフレデリックの根幹となっていた。いつか会いに行くんだ。宇宙に住まう人々、そして宇宙の果てにある、誰も知らない何かをと。
「そうさ。 これは第一歩だ。アホみたいな偉業を成し遂げて、歴史の教科書にデカデカといついてやるよ」
「なら、真っ先に息子に落書きさせますよ」
フレデリックは短く笑った。
パイロットに選ばれたのは、NASAの伝説的テストパイロット、フレデリック・カーライル中佐。鋭い眼光と冷静な判断力、そして何よりも『フロンティア精神』を胸に秘めた男。彼は、地球軌道上のガリレオ・ステーションから火星前線基地へと向かう、歴史的初飛行の主役に抜擢された。
「カーライル中佐、こちら管制センター。エンタープライズ、EGWD、システムオールグリーン。これより、カウントダウンを開始します」
管制官の声が、コックピットのスピーカーから静かに響いた。
「エンタープライズ了解。全システム最終チェック完了。座標最終確認……OK……EGWD起動準備、スタンバイ」
フレデリックはハーネスを締め直し、目の前のホログラフィックディスプレイに映る複雑なシークエンスを一瞥した。無数の数値とグラフが、青白い光とともに脈動している。彼の心拍数はわずかに上がっていたが、表情は氷のように冷静だった。
「カーライル中佐」
「どうした?」
「任務報告、お待ちしております」
「────あぁ、楽しみにしておいてくれ」
管制官の声に、確かな信頼が混じる。
「美しい船だ。だがな、エンタープライズだぞ? デザインも揃えりゃ良かったんだ。さて、それでは......ネゲントロピー制御開始、ホログラフィック情報境界形成確認、ワープバブル生成完了。ワープカウント開始、10秒……9……8……」
ドライブの制御パネルに青白い光が奔り、船体の周囲で重力場がうねり始めた。エントロピーを逆転させる力学的操作が空間を歪め、エンタープライズを包み込むワープバブルが形成されていくのをフレデリックは肌で感じた。船の重低音と重なるように、呼吸が減り、意識が研ぎ澄まされていく。......船は代わりにと言わんばかりに呼吸の如く震え、微細な振動がフレデリックの全身を貫いた。
「7……6……5……」
視界が揺らぎ、重力波の干渉がコックピットの強化ガラス越しに蜃気楼のような歪みを生み出す。星々が滲み、宇宙の景色が混ざり合う。フレデリックの鼓動が、船と同期して加速する。
「4……3……2……」
——そして、1秒前。
突如、フレデリックの視界が暗転した。
フレデリックは自分の手を見た。
手がない。
記憶がノイズのように崩れる。厳しい選抜訓練の日々。身体に染み付いた、酸素マスク越しの息遣い。それらが断片的に浮かんでは消える。
(────あ〜これは、走馬灯ってヤツ? 俺、死んだか?)
そこに宇宙船はない。
コックピットも、制御パネルも、ハーネスすらも消えていた。 いや、そもそも彼自身の肉体すら、存在していなかった。
(光、闇......なんだ......どこに、どこに? ここは、どこに? 怖い? いや怖くは無い。むしろ......あれは......父さん?)
前を歩いているのは、フレデリックの父。
横にいるのは、父を尊敬していたフレデリック自身の後ろ姿。
フレデリックは今、純粋な『意識』あるいは『精神体』として、宇宙の果てしない闇を漂っていた。肉体という殻を脱ぎ捨て、時間と空間を超えた存在へと変貌していた。
(そうか、分かる、分かるんだ……ここは……)
目の前に広がるのは、無限の星々の海だった。青く燃え盛る巨星が脈動し、赤色超巨星が超新星爆発寸前で膨張と収縮を繰り返す。その傍らには、光すら飲み込むブラックホールが静かに口を開けていた。だが、それだけではない。
銀河の外に浮かぶ、巨大なリング状の宇宙都市。表面には無数の光の線が流れ、まるで生きているかのように蠢いている。 有機的な曲線を描く巨大な異星文明の宇宙艦には大きな街があり、様々な星々へと旅をしている。
ある場所では銀河間を超光速で移動する機械生命体の群れ。金属の体に宿る知性が、冷たくも美しい輝きを放つ。
——或いは無慈悲な炭素生命体によって焼き尽くされ、灰と化した無数の星々。そして、宇宙の星々を眺める、どこかの星の少年を。
(怖い? いや恐ろしくは無い......未来、パラレルワールド、違う、これは今であり、未来であり、過去……そうか)
ここは、時間も空間も、概念すらも溶け合った場所。フレデリックの意識は、まるでスポンジのように宇宙の記憶を吸収し始めた。
銀河の歴史が洪水のように押し寄せる。 異星文明の誕生と滅亡。宇宙戦争の残響。ブラックホールに飲み込まれた星系の最期。そして、人類がまだ知らない無数の技術と知識。それらは1秒にも満たない刹那に、彼の精神を満たしていった。
(膨張する宇宙……収縮するエントロピー……情報の奔流……これが、EGWDの......重力の本質なのか? 美しい、いや感情などというものよりももっと)
圧倒的な情報の波は、彼の意識を限界まで押し広げた。
(なんだあいつ、本当に息子に落書きさせてるじゃないか)
そして、次の瞬間——彼の精神は急激に収束し、現実へと引き戻された。
「カーライル中佐、応答せよ! カーライル中佐!」
耳元で響く管制官の叫び声。
「────あ、あぁ、声、声を……カーライル? そうだ、こ、こちらカーライル……私は……フレデリック・カーライル……」
——沈黙があった。
低い電子音が、断続的に響く。心電図の音だ。
呼吸をしている。自分のものだ。
瞼を開ける。天井がある。白い。無機質だ。
「……ここは」
声がかすれていた。空気を吸い込み、目を動かす。窓の外に広がる、褐色の大地。地球とは違う景色……だが、見覚えがある。ここは目的地。
生きている。生還した。その事実を理解するのに、フレデリックは30秒ほどかかった。
フレデリックはワープアウト後に意識を失い、次に目を開けると、そこは火星前線基地の医療センターだった。10年以上の歳月で拡張された移住環境区間を持つ火星は最早荒野ではなく、立派な人類の居住地となっていた。
「ここは地球……じゃなく火星、そうだ火星に、火星は、火星には遺跡がある、地下に埋まってはいるが先史文明の——」
フレデリックは混乱したまま呟いた。頭の中で記憶が渦を巻き、言葉が断片的に溢れ出す。
「中佐、落ち着いて聞いてください。」
医師が真剣な表情で近づいてきた。白衣のポケットから取り出したタブレットには、異常な脳波データが表示されている。
「検査の結果、あなたの脳には150年分の記憶蓄積が見られます。あの10秒少々の間に、あなたは一体何を見たのです?」
フレデリックの瞳が揺れた。
「あの時俺はここにもいて、地球にもいて、宇宙のあちこちにいた。いや、子供時代の俺にも会ったんだ。会ったんだよ」
彼の手が震えていた。脳内には、地球人類がまだ解き明かせない情報が詰め込まれていた。異星文明の言語体系、銀河規模の戦争の戦略、ワープ技術のさらなる進化の鍵。そして、それらを超えた『何か』を。
「間違いなく、わかったことがある」
「それは?」
彼は気づいた。
エントロピック重力跳躍ドライブは、単なる空間跳躍の道具ではない。
それは『情報の超伝達』を引き起こし、宇宙の全てと繋がる力——意識を時空を超えた次元へと解き放つ装置だったのだ。
フレデリックはゆっくりと立ち上がり、医療センターの窓辺に歩み寄った。火星から見える星は地球から見るよりも美しい。そこにあったのは、銀河の果てに広がる未知の世界。星々の歌と、暗闇の静寂。
彼はもう、ただのパイロットではない。
「俺達は、この宇宙でひとりじゃないって事さ。星を眺める人々に、会いに行こう」
フレデリックは静かに呟いた。 その声は、誰かに届けるものではなく、自分自身への確信だった。 彼の頭脳には、未来を切り開く鍵が握られていた。そして、その先には、無限の可能性が広がっている。
彼は『光の旅人』となったのだ。
ワープというのは本当に夢があります。
SFは面倒な人も多いですが、本来は夢と希望に溢れたとても明るく、同時に暗さも持ち合わせた科学的なローファンタジーなのです。最強とかチートとか異世界転生や悪役貴族令嬢とかざまぁとかも無いですが、いややろうと思えばSFで出来ないことも無いですね。SFファンタジーとかファイナルファンタジーありますもんね。
楽しいなぁ、とても楽しい。