08 増えゆくおじさん
シーン…。三郎さんが消え、場に静寂が満ちる。
…いや三郎さんさ、寿司力が無くなったとか言ってたけど、絶対あの大量に投げまくってたシャリが原因でしょうよ。
あーもう…自分の残りSP(寿司ポイント)くらいちょっとは考えて技使ってよ。
でも今はそんな三郎さんへの愚痴を言ってる暇はない。私一人のこの状況じゃ、パイさんを助けるどころか自分の身すら危うい。
逝ってしまった三郎さんの遺言を信じ、私はスキルに意識を集中する。
『魔再現LV3(1/3):手帳に記載してあり、かつ過去に取材した人間を強化再現できる』
おおすごい、本当にスキルのレベルが上がってる!しかも二つ!
うん、これなら確かに大丈夫かも。呼び出し枠も二人分あるっぽいし、ちゃんとした人を呼び出せばきっとこの状況を打破できるはず。
「手帳!」
そうと分かれば急がないと。レベルが上がったおかげか、ちゃんと出てきた赤い手帳をパラパラとめくっていく。
ここはピンゴブたちが徘徊するやつらの巣、あまりじっくり選んではいられない。かと言って、この先の事を考えれば適当な人も選べない。ここは何か指針を決めた方がいいかも。
「今はとにかく戦えそうな人、体力がありそうな人…そうだ!確か元軍人の人がいたっけ!ええと、確か…あ、あった!」
私は数年前の記憶をたどり、そのページを見つけた。
北野アレクサンダー吾郎、49歳。元軍人という経歴を持ち、今はプロの社交ダンサーとして社交ダンス教室を営んでいる、
数年前のメモだから今は50歳越えてるけど、元軍人なら戦闘訓練を受けているはずだしサバイバルの知識もあるだろう。
ただ一つ心配なのは、取材した内容が社交ダンスについてって事なんだよね。
出来れば軍人成分強めで出てきて欲しいけど、正直どんな形で出てくるのか未知数だ。
「…でも今はきっとこの人を呼ぶのが最善のはず。お願い、出てきて!!」
私は覚悟を決め、北野アレクサンダー吾郎50某歳の姿を思い描いた。
すると足元に魔法陣がパァーッと広がり、記憶に残る人物がそこからせり上がってきた。
ズモモモモモモモモ…
スモークと共に現れたのは、2メートルを超える体格の良い男性。ハーフ特有の濃ゆい顔、ぴっちりと油で整えた黒髪、つながった眉毛、ふっさふさのもみあげ。
下はぴっちりとした黒パンツ。タイトな白シャツの胸元からは、草むらみたいな胸毛がこんにちわしている。
うーん、イメージ通り。確かにこんな特濃マシマシな感じの人だった。
「あ、あの…北野、アレクサンダー吾郎さん…ですよね」
私は一応尋ねた。確認というものはいくらやっても困らないものだ。
「ンン〜、その通りですアスカサン。どうぞアレクサでも吾郎でも、お好きに呼んで下さいねェ。でもそのお堅い敬語、それはやめてもらえると嬉しいですねェ」
「あ、うん。よろしく、吾郎さん」
「ンッン〜」
この独特のねっとりとした喋り方。まさしく記憶に残る吾郎さんそのものだ。見た目も中身も濃い、濃すぎる。気を抜くと胸焼けを起こしてしまいそうだ。
うーん、それにしても見た目的にはあまり軍人成分を感じない。服装からして社交ダンサー成分が強そうだ。これはもしやハズレ…。
いやいやでも三郎さんの例もあるし。もしかしたら社交ダンサーが強い可能性だって十分にある。…はず。
さて…どうしようか。確かに強キャラ感もあるし強そうではあるんだけど、この人と二人きりはきついかもなあ…。無限にニンニク食べさせられてるような、そんなどぎつい感覚がする。
増やそうか…?多分この人だけでも大丈夫そうだけど、やっぱりもう一人増やそうか。
「ごめん、吾郎さん。やっぱり心配だからもう一人増やすね。ちょっと周りを見張っててもらえる?」
「ンン〜、アスカサンは心配性ですねェ。わかりました、私が見張っていますねェ」
よし、納得してくれた。とにかく吾郎さんのおかげで安全は確保できたし、時間が使える。少しだけじっくりと手帳を吟味させてもらおう。
パラパラ、と手帳をめくる。うーん、やっぱり理想は鍛えてる人。戦えそうな人。それと人間的にできてる人がいいなあ。何としてもこの特濃空間を中和したい。
ムムムと唸りながら次々ページをめくり、隅々まで目を通す。
「あっ、この人どうかな。けっこう理想的かも」
私はそのページで手を止めた。
水前寺 不破休、56歳。地元のお寺「軍鶏寺」の住職だ。確か座禅の話で取材したっけ。
その時に聞いたけど、この人はものすごく貪欲に体を鍛えているらしい。「寺生まれは体が資本」とかいう理念はよくわからなかったけれど、ここでフィジカルが強いのは高得点。
しかもお坊さん。そんなの異世界に来たら絶対に何かしらのパワーを発揮する、チート人間に決まってる。
体力、精神力、神力、全て揃ったパーフェクトな人。おっさんという点に目を瞑れば、このポンコツ手帳の中じゃSSR級の好人材だ。
「よし…!お願い、出てきて!」
ズモモモモモモモ…
私はスキルを発動。その願いに応えて、魔法陣から一人の人物がせり上がる。
体格の良い、そして袈裟服を着たハゲ頭の住職。優しげなその顔には多数の傷があり、数珠を持つ手にも細かな傷がいっぱいだ。きっと何かの修行で出来た傷に違いない。
「あ、あの、水前寺 不破休和尚ですよね?」
「うむ、いかにも。…アスカ殿、拙僧に敬語は必要ありませぬぞ。それに拙僧のことは呼び捨てで結構。不破休…いえ、ファッ休とでもお呼びくだされ」
「あ、はい。ええと、それじゃファッ休さん。よろしく」
「うむ。よろしくお頼み申す」
これよ、これこれ。ちょっと固い感じだけど、安心できる話し方、包容力、常識を感じますね。
名前はアレだけど、きっとこのファッ休さんは活躍してくれる。そう思わせるだけのオーラがこの人にはある。
「ンン〜、ファッキュー。私ともぜひ、よろしくですねェ」
「ああ、よろしく頼む。共にアスカ殿を守っていこうではないか」
「ハハハッ、共に。そうですねェ〜、正直私一人で十分だと思いますけどねェ。んま、どちらが優秀かなんてすぐに分かる事ですからねェ〜」
「ふむ…それもそうだな。ではその言葉、そっくりそのまま返させてもらおう。拙僧の力、刮目して見るが良い」
「ンン〜」
「ふん…」
そんなやり取りをしているけど、あれ?何だか険悪?もしかしてファッ休さん呼んだの逆効果だった?ちょっともう、ファッ休さん、大人の対応よろしくお願いしますよ。
まあいいや、とにかくこれで戦力は十分でしょう。二人もいれば三郎さんの穴をきっちり埋められるはず。
「それじゃあ行こう。パイさんが私たちの助けを待ってる」
「ンン〜」
「南無南無…」
そうして私たちは林の奥へと駆け出した。
それにしてもファッ休さん、縁起が悪いから念仏を唱えるのはやめて欲しい。ハッ、まさかファッ休さんも微妙に変り者なのでは…。
私の心に一抹の不安がよぎるけど、それを振り払うようにして洞窟の奥へと進んでいく。
不思議と他のピンゴブはいない、それに静かだ。みんな奥の方に集まっているのかもしれない。
そう思っていると、広い空洞みたいな場所に出た。そしてそこには思っても見なかった光景が広がっていた。
「これ…畑?それにあっちにあるのは…もしかして家かな?」
「ンン〜、どうもそのようですねェ」
そう、貧相だけど作物が植えてある畑があったし、ぼろっちいけど建物みたいなのがいくつもあるのだ。
これは…明らかな人工物。もしかして人間がいる?いや、それにしてはクオリティが低いし、家の大きさもバラバラだ。あっ、そういえば上位の魔物は知能が高いとかなんとか、どこかで聞いたような。
「という事は、やっぱりかなり強い魔物がいるかも」
私たちは警戒しながらそんな村的な場所を通り抜け、さらに奥へと進んだ。
するとそこには広場があって、ガヤガヤと騒ぐピンクの集団がいた。そう、ピンゴブたちだ。
そして大小様々なピンゴブに囲まれて、その中央に一人の人間の女性の姿が見えた。いた!見つけた、あれが多分パイさんだ!
「うっ、うう…もうやめて!」
そしてパイさんは泣いていた。パイさんの前にはショッピンゴブと同じくらいの大きさだけど、異様にムキムキなオレンジがかった魔物が立っている。
きっとこいつだ。こいつが親玉に違いない。早くパイさんを助けないと!
そして私は声を張り上げた。
「そこまでよ!覚悟しなさい、ゴブリンども!!」