07 お寿司は強いが燃費が悪い
「またここに戻ってきたね。この奥でピンクゴブリンを探せばいいんだよね」
この異世界でのスタート地点である森。その入り口に私たちはいた。
昨日は三郎さんが一撃でピンゴブを倒してくれた。とはいえ、やっぱり魔物と戦うのはちょっと怖い。こうして二の足を踏んでしまうくらいには。
何せ私自身には戦う力がない。スーパーな職人を呼び出せるだけの、ただの一般人レベルのアラサー女だ。そんな普通の私が魔物の攻撃なんて喰らったら、下手すると死んでしまうかもしれない。
「お嬢、あっしが先に入りやすんで、お嬢はあっしの後ろからついてきてくだせえ」
「三郎さん…ありがとう」
さすが三郎さん、頼りになるなる。
そうして三郎さんが先頭に立ち、私たち二人は森の中へと入っていった。
「お嬢、来なすったようですぜ」
「えっ。三郎さん、それってもしかして…」
そして森に入ってすぐのこと。三郎さんが魔物の気配に気付いたようだ。
「ゴフ、ゴフ」
「ガフクルル…」
そして森の奥からわらわらと出てきたのは、昨日倒したピンク魔物のちっこいバージョンのやつら。
子供くらいの身長しかないけど顔はしっかりキモい、そんなピンクのゴブリンたちが6匹も現れた。
多分これがノーマルのピンクゴブリン、ピンゴブなんだろう。というわけで昨日のショッキングピンクゴブリンの事はショッピンゴブと呼ぶ事にしよう。
「6匹…小さいけど多いね。三郎さん、お願いできそう?」
「分かりやした。しかし確かに数が多いでやすねえ。ちまちま握っていたら時間がかかっちまう。今回はまとめてやりやすぜ」
三郎さんはそう言って、開いた亜空間に手を入れた。まとめて?三郎さん、もしかして広範囲攻撃が使えるの?
そして三郎さんが動く。流れるようにシャリ的なアレを亜空間からすくいあげる。その動きは昨日と同じだけれど、その先が違った。三郎さんは寿司を握らなかったのだ。
「しゃらくせえ!寿司魔法、シャリクラーッシュ!!」
そう叫んで、三郎さんはばらまくようにシャリを投げた。それはもう節分の豆まきのごとく豪快に投げた。
「フギャッ!!」
「ギャギャギャッ!!」
広範囲に飛び散った米がピンゴブたちに命中し、次々と謎のダメージを与えていく。
バタリバタリとピンゴブは倒れ臥し、何と一度シャリをばら撒いただけで全てのピンゴブを倒してしまった。
「す、すごい三郎さん!あの数を一撃で」
「へへっ、お嬢、こんなもん敵の数にも入らねえですぜ」
またまたへへっ、と鼻をこする三郎さん。やだ…指についた米が鼻の下についてるじゃない。ちょっときついかも。
「じゃあこれも握っちまいやすぜ。寿司魔法、EXP握り!」
「あ…ちょっ」
そうして三郎さんはすぐにピンゴブの死体に手を添えた。グニグニと形を変えるピンゴブたち。正直鼻をこすった手でやって欲しくなかったけど、時すでにお寿司…いや遅しだ。
「へいお待ち!ガリでい!」
そう言って三郎さんが私に差し出したのは、大量のガリだった。
「ガリかあ…」
「すいやせんお嬢、こいつらじゃロクな寿司が握れねえんでさあ。もっと強い魔物ならうまい寿司が握れると思うんでやすがねえ」
「そっかあ」 ポリポリ
経験値がショボいのだろう、どうやら昨日出たショッピンゴブくらいでないと美味しいお寿司にならないらしい。
まあいいや、私けっこうガリ好きだし。
「ポリポリ、ねえ三郎さん、まだ戦えそう?報酬は歩合制だし、できるならもう少し倒しておきたいんだけど」
「もちろん、まだまだ大丈夫ですぜ。あ、お嬢。これ魔石でやす」
「ポリポリ、ありがと」
三郎さんの言葉を聞いて私は続投を決めた。薄ピンクのグミみたいな魔石を袋に入れ、私たちはさらに奥へと進んで行くのだった。ガリうま。
……
…
「う、うわあああああぁーっ!」
そんな悲鳴が聞こえたのは、普通のピンゴブを追加で15匹ほど倒した頃の事だった。
むむっ、今のは男の人の声。何だ何だ、フラグ回収来たか?
どうやら今の悲鳴の発生源は、岩場にあるあの洞窟の中らしい。ん?あれ…何か看板が立ってる。…「ピンクゴブリンの巣」?誰が立てたのか分からないけど、何と親切な人がいたもんだ。
呆れつつも警戒体制を取っていると、その洞窟の中から一人の男性が飛び出してきた。
人相はまさに荒くれ者といった感じ。身につけた皮鎧はボロボロで、まるで何かと戦った後のような出立ちだ。
「はあっ、はあっ…お、おい、あんたらハンターか!?早く逃げろ!魔物が…あいつが来るぞ!
息を切らせた男の人が叫ぶ。あいつ?この人やっぱり魔物と戦っていたのか。
すると間髪入れず、男の人に続いて一匹の魔物が洞窟から出てきた。
「ゴフゴフッ…!」
それは見覚えのある大きなピンゴブ。ていうかショッピンゴブだった。相変わらずピンクがどぎついし、顔もキモい。でもこいつがお寿司になると美味しんだよなあ…ジュルリ。
「あ、あんた変な顔して何考えてんだ!そいつはショッキングピンクゴブリン!ピンクゴブリンの上位種だぞ!早く逃げろー!」
私が昨日のサラダ軍艦の味を思い出していると、男の人は何か叫んできた。いや知ってるし。何なら味も知ってますし。
そうこうしてるうちにショッピンゴブはジリジリとこちらに迫ってきている。警戒しつつも、しっかり私たちのことを敵だと認識したようだ。
「三郎さん、頼んだよ!」
「お嬢、了解でやす。あっしに任してくんなせえ」
いつも通りに頼もしい返事をした三郎さんが一歩前へ出て、すかさず亜空間を開いた。
ブゥン。そこからシャリとネタををつかんでキュキュッと握る。うん、やっぱり早い。
そして寿司は完成し、三郎さんは魔法を唱えた。
「寿司魔法、ヤリイカバスター!」
その瞬間、三郎さんの手元からズバシューンと光る寿司が放たれた。
あ、あれはヤリイカだ。硬くて飲み込みづらいあのヤリイカ。私はあんまり好きじゃ無いけど、おじいちゃんが異様に好きだったヤリイカだ。
そんなバスターされたヤリイカのお寿司はものすごい勢いですっ飛んでいき、昨日みたいにあっさりとショッピンゴブの胸を貫いた。
ズゥンと倒れるショッピンゴブ。やっぱりワンパン、昨日と全く同じ結果だ。これは三郎さんが強すぎるのか魔物が弱すぎるのか、判断に迷うところ。
「あああああんた、一体何者だ?あのショッキングピンクゴブリンをそんなあっさり倒すなんて…。推定もも級の魔物だぞ」
まあやっぱり三郎さんが強すぎる説の方だよねえ。
うーん、それにしても推定もも級…そう言われてもピンと来ないんだよなあ。一撃だったし。あー、て事は三郎さんは軽くもも級以上の実力があるってことね。目安にしとこう。
「それより一体何があったんですか?あなた一人なんですか?」
「あ、ああすまん。いやそうだ、仲間!俺の仲間が襲われてるんだ!あ、あんた頼む、助けてくれ!まだ洞窟の奥に二人いるんだ!」
すると男の人は私、というか三郎さんにすがるように助けを求めてきた。どうも仲間二人をあの洞窟の奥に置いて逃げてきたらしい。まああんな魔物がたくさんいるなら、普通に考えて一刻を争う事態だよね。
「お嬢、どうしやすか?」
「うん、さすがに放っておけないよね。三郎さん、まだ戦えそう?」
「ええ、あっしは大丈夫ですぜ。分かりやした、助けに行きやしょうか」
「うん、ありがとう」
そのやりとりを見て、どうやら私の方が上の立場だと分かったようだ。男の人は私にお礼を言いつつ、私に詳しい事を話してきた。
この人、ジョンさんの仲間は二人で、男のミートさんと女のパイさん。もも級ハンターの彼らはこの洞窟で、数匹のショッピンゴブに襲われた。そしてさらに上位種の魔物も出てきて、そいつによってパイさんが洞窟の奥へと連れ去られた、との事だった。
もも級か。確かにそれじゃ同じもも級相当のショッピンゴブが多数出てきたら手に負えないし、その上位種がいるならお手上げ状態だろう。
でも…三郎さんなら多分いける。さっきのやつも余裕で瞬殺だったし、まだまだ力の底が見えない。今この場でその二人を助けられるのは私たちしかいないはずだ。
「間に合うかは分かりませんけど…行ってみます」
「おお!すまない、恩に着る!」
そう言うとジョンさんは勢いよく頭を下げた。一応逃げる準備をしながらここで待つらしい。
「それじゃ三郎さん、急ごう」
「あいよ、任しときなせえ」
大丈夫。三郎さんは強い。ショッピンゴブの上位種が出てきても三郎さんにかかれば一握りだ。
そんなフラグのような事を考えながら、私たちは洞窟「ピンクゴブリンの巣」へと入っていった。
ちなみに三郎さんはショッピンゴブからハマチを握ってくれた。引くほど美味しかった。
「…いた、あそこ!」
奥へ進むとそこに男の人がいて、多数のピンクいやつらが周りを取り囲んでいた。普通のピンゴブが7匹、巨大なショッピンゴブが3匹。多いなあ。
やっぱり女の人はいない。奥に連れ去られたのは本当らしい。
そして男の人、確かミートさんはすでにボロボロの満身創痍。早く助けないと危険が危ない。
「三郎さん、やっちゃって!」
「了解でやす。そんじゃまあ数が多いんで、またばら撒きやすぜ」
「あ、待って。ミートさん!伏せてー!!」
そして私が叫び、ミートさんが伏せると同時に三郎さんは魔法を放った。
「くたばれ!寿司魔法、シャリクラァーーッシュ!!」
そう叫びながら、三郎さんはシャリをまあ投げる投げる。まるで砂かけババア改めシャリ投げジジイだ。
「ギャギャッ!!」
「プギャーーッ!!」
やっぱり飛び散ったシャリが当たると、ピンゴブに謎のダメージが入っていく。そしてピンゴブは全て倒れ、残っているのは手負いのショッピンゴブ三体のみとなった。
「寿司魔法、まぐろ三貫盛り!」
そして三郎さんは容赦のカケラもなく、続け様に寿司魔法を放つ。
赤身、トロ、ネギトロ軍艦の三種盛りがそれぞれ巨大な魔物の胸を貫き、息の根を止めた。
またも瞬殺。完全にオーバーキルだ。今のところ全く危なげがない。さすがは三郎さんといったところか。
「大丈夫ですか!?」
私は急いで伏せているミートさんに駆け寄った。
傷を治す薬とか魔法とかあるのかは分からないし、私は今どちらの手段も持っていない。でもこういう時は気持ちが大事。その気持ちに人は救われるのだ。
「あ、ああ、ありがとう、助かったよ。俺は大丈夫、それよりもパイが…仲間があいつに連れていかれちまったんだ。頼む!パイを助けてくれ!あの強さ、あんたらなら出来るだろう!?」
なんかRPGみたいにノータイムで頼み事してくるなあ…まあこっちは元々そのつもりだからいいんだけど。
「分かってます、任せてください。私が必ずパイさんを助けます。あなたは退避して下さい。ジョンさんが洞窟の外で待っていますから」
「そ、そうか!すまない、頼んだぞ!」
そう言ってミートさんは駆けていった。しっかり走れているし、どうやら傷は浅いようだ。
三郎さんは、倒れたピンゴブたちからまたお寿司を握ってくれた。
大量のガリに加えてホタテ、赤貝、つぶ貝の3カン盛り。そりゃもう美味しくてすぐにペロリと平らげてしまった。
さて、こうしちゃいられない。すぐにパイさんを追わないと。
そう思った時、急に三郎さんがガクリと膝をついた。
えっ、何?急にどうしたの?
「…お嬢、すまねえ。寿司力が…もう空っぽになっちまったようで」
「えっ、寿司力?ちょっと、それどういう事?」
「あっしの力の源でさあ…。今の戦いで全部使い果たしちまったんでやす」
私は開いた口が塞がらなかった。
三郎さん…燃費悪すぎない?強いけど数回しか技が使えないとか、もしかしてそういうキャラ設定なの?
「くっ…お嬢、よく聞いてくだせえ。それなりのEXP寿司を食べた事で、多分お嬢はスキルレベルが上がっているはずでやす。それならあっしの他にも誰かしら創り出せるはず。何とかそいつに守ってもらえば…くっ、ダメだ。すいやせん、もう限界でやす。お嬢、どうかご無事で……」
それだけ言い残すと、私の唯一の戦力たる三郎さんはドロンと消えてしまった。あれ…これヤバくない?