06 フラグくっちゃい初仕事
「ふわあ…よく寝た。あれ、ここは…ってそっか、異世界だ。私、異世界の宿屋に泊まってたんだっけ…」
差し込む太陽で目を覚ました私は、ベッドの上でふわあと大きなあくびを一つ。
そして眠たい目をこすり、ぼーっとする。ああ、お風呂入りたいな。でもこの宿にはないんだよなあ。どこかに無いかなあ。
そんな事をボンヤリ考えていると、ふと三郎さんと目が合った。
見た目はガンコオヤジだけど優しい目。何かキレイなジャイ○ンみたいだな。
「…って、え?えええええっ!!?三郎さん!?」
私は仰天した。な、何で三郎さんがここに?いや確かにそれは驚いたけど、違う。問題はそこじゃない。
何も無いテーブルの上。そこから目から上だけを出した三郎さんが出ていて、私のことをじっと見つめていたのだ。その様はまるでホラー映画の一幕である。
「お嬢、おはようごぜえやす」
「な、なななな…」
言葉が出ない私をよそに、三郎さんはよく分からない空間からズニュルリと出てきた。やだ…すごく排泄物感を感じる。
「あ、あの三郎さん。どうしてここに?その、ここ私の部屋なんだけど…」
「いやあ、昨日はああ言っちまいやしたがやっぱり心配で心配で。お嬢に何かあったらいけねえと思ったんで、こうして気張って出てきたってワケでさあ」
「気張って…」
ダメだこの人、とても澄んだ目をしていらっしゃる。どうやら私の気持ちはガン無視の方針らしい。
ていうか昨日、呼び出せとか言ってなかったっけ。普通に自分で出入りできるんかい。
「全く…朝っぱらから疲れさせないでよ」
椅子に座り、痛む頭を手で押さえながら落ち着きを待つ。…ああでも丁度いいや、目も覚めたし少しスキルやら三郎さんやらについて考えてみよう。
私のスキル【魔再現】は、手帳に書かれてあり、かつ私の記憶にある人物を強化改造して作り出す事ができる。
一応普通の寿司職人だった三郎さんでさえ、超破壊力と補助能力を兼ね備えたスーパー寿司マンになってしまったところを見ると、その強化…いや魔改造具合は相当なものだと推測される。
もし今後も三郎さん並みに強化された人を作り出せるんなら、戦闘面だけでなく色々と助かる。
「手帳」
シーン…。手帳に書いてあるものを確認しようとしたけど、手帳は出てこない。
うーん、ダメか。何度か試したけど同じ結果になる。もしかして呼び出し枠が増えないと手帳は見れないのかな。【魔再現】のレベルもまだ1だし、2になった時にまた確認しよう。
「それにしても…」
と、私は三郎さんを見る。
この三郎さん…この人は結局、どういう存在なんだろう。再現というからには本人じゃなくて作り出された存在なんだろうけど、かと言って行動を見る限りかなりの自我があるように思える。それこそ自分で勝手に出たり消えたり出来る程度には。
人間というには魔法的だし、魔法生物や精霊というにはオヤジすぎる。本当、この人は一体私の何なんだろうか。
「ところでお嬢、今日は何をするんでやすかい?」
「え?あーと…今日は少しお金を稼ごうと思うの。お金がないと生活していけないし、それに色々と買いたいものもあるしね」
そんな事を考えていたら、三郎さんが今日の予定について聞いてきた。まあ現状ではまだよく分からないし、考えるのはここまでにしよう。
「なるほど。するってえと昨日行ったところに行くんでやすか?」
「うん。あのハンターギルドで何か依頼かクエストを探そうかなと。きっと私たちでもクリアできるものがあると思うの」
「がってん承知の助でい!」
腕まくりをしながらそんな昭和の返しをする三郎さん。さすがはガンコな寿司職人、令和にこびない男ですねえ。
「あ、でも私が朝ごはん食べてからね。ややこしいから三郎さんはちょっと消えてて」
「な、お嬢!あっしは今出てきたばっかりで…!」
頭の中で三郎さんを収納するイメージを浮かべる。するとそのイメージ通りに「お嬢ぉ〜っ…!」と言い残しながら、三郎さんはヌルッと空間に消えていった。
うん、何となく出来そうだからやってみたけど本当に出来た。きっと呼ぶ時もこんな感じで呼び出せばいいんだろう。
力の扱い方が少し分かって、私はまた一つ成長した。そんな事を考えながらスキルの出入り口をロックした私は、鼻歌混じりに一階の食堂へと向かうのだった。
…
ざわ… ざわ…
「おい、見ろよ。あれ昨日の…」
「ああ、例の女だろ。俺も昨日見てたぜ」
「ちっ、今日はあのイカしたおっさんがいねえのか。おい、お前ああいうの好みだったろ、ちょっと行ってこいよ」
「嫌だよ、どうせあの渋いおっさんの女なんだろ。俺あのおっさんに嫌われたくねえよ」
ハンターギルドに入ったら何やら周りが私のことをジロジロ見ている。
何だ何だ?何か妙な雰囲気だなあ…全く、何かあるなら筋肉ダルマらしく面と向かって言えばいいのに。私は速攻で逃げるけど。
「ええと…お、あったあった。あ〜やっぱり討伐依頼が多いのね。私でも出来そうなのはっと…」
周りは気にせず、テンプレのごとく依頼票にまみれた掲示板を見る。
ドブさらいや畑の見張りなんかの雑用もあったけど、やっぱり魔物の駆除や討伐依頼が多い。まあハンターっていうくらいだしね、魔物を倒してなんぼの商売なんだろう。
そして掲示板から情報を得る。この町の東には私のスタート地点である森があり、西には広大な畑が広がっている。そして北には街道とオテンコの街があり、南には巨大な山脈があるとの事。魔物の討伐依頼は基本的に街道と南の森が多い。
ちなみにこの世界には、ちゃんと普通の緑ゴブリンもいる。ていうかそっちが普通で、ピンゴブの方が特殊っぽい。どうもあのピンゴブは割とイレギュラーなやつだったっぽい
「えーと人面バッタの駆除に足アヒルの駆除…微妙だなあ。ん、何この長い依頼書。…なになに」
そんな中、私は一枚の依頼書を手にした。
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【急募】『東の森に出現するピンクゴブリンの討伐』
報酬:30ポリープ 倒したピンクゴブリンの数に応じてアップ
最近東の森に、ピンクゴブリンがやけに多く出現しやがる。安全のために五匹ほど倒してくれ。何ならもっと多く討伐してくれても構わない。
おっと、そういえばあそこで上位種を見たっていう噂も…上位種は知能が高い。行くなら気をつけろ。
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何だコレ。いや内容は分かるんだけど、何だコレ。
何でゲームのクエストみたいなこと書いてあるの?やだ、これもう絶対何かのフラグじゃない。
「あー…でも倒したら倒しただけ報酬がもらえるのか。何か香ばしい匂いがするクエストだけど、この中だとこれが一番割が良さそう。…うーん、でも上位種とかのフラグがなあ…」
報酬が良いのでこれは迷う。うーん、バッタとかアヒルは弱そうだけど10ポリープとか報酬がしょぼ過ぎる。でもピンゴブかあ…上位のやつもキモかったし、多分ノーマルのやつも普通にキモいんだろうなあ。それにそんなにいっぱい倒せるかな。
と、そんな風に悩んでいると、私の足元からズニュルリと三郎さんが出てきた。はいはい、やっぱり呼ばなくても勝手に出てくるのね。
「お嬢、あっしがいれば昨日の魔物くらいなら余裕でさあ。それより弱いやつなんざ数にも入らねえ。この依頼、あっしに任せてくんなせえ」
「余裕なの?うーん、三郎さんがそう言うなら。よし、じゃあこれを受けてみよう!それに危なくなったらすぐ引き返せばいいしね」
決断した私は、その依頼表を持ってすぐにカウンターに行った。正直早くこの場を立ち去りたいのもある、さっき三郎さんが出てきたのを見て、すごく場がざわついてる。
「な、何だ今の」
「ウホッ…いい男」
「あの渋いおっさん、いきなり出てきたよな?」
「もしかしてあの女、召喚士じゃないのか?」
「まさか。ただのオヤジ使いだろ」
「それよりもあいつ、あの長い依頼書持ってったぞ」
「あの書いてある事よく分かんねえやつか」
「やっぱ天才か」 ざわ、ざわ……
まーたいろんな声が聞こえる。ていうか三郎さんの出現もアレだけど、この依頼書も普通のやつじゃないのかな?参ったな、変に目立ってしまった。早いところ離脱しないと。
受付カウンターには昨日のお兄さんがいて、私たちを見るなり明らかに顔を引きつらせていた。
「あ、アスカ様、どうも…あの、今日は一体どのようなご用件で」
「おはようございます。今日はこの依頼を受けようと思いまして」
そう言って私は依頼書をカウンターの上に置いた。お兄さんは何故か少しホッとした顔になった。
「い、依頼でしたか。ええと…ピンクゴブリンの討伐。はい、確かに受理しました」
「ありがとうです。…あの、魔物って倒したあと何か証拠部位とか持ち帰らないとダメですか?」
「??いえ、大丈夫です、倒した魔物の情報はそのギルドカードに刻まれますので」
「えっこれに?一体どういう仕組みで??」
「さあ…私にはその辺は何とも」
「あ…ですよね」
うん、受理してもらえたし、その不思議機能については踏み込まなくていいや。
そう割り切った私は注目する人目を避けるべく、足早に東の森へと向かうのであった。
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