05 ハンターになりましたが
「しかし、まさかあの“古の難問”を解いてしまうとは…しかもあんなに早く。それにその服装…あの…失礼ですがアスカ様は、勇者や魔王という言葉に心当たりはありませんか?」
ようやく場がおさまってきた頃、受付のお兄さんがそんな事を言ってきた。勇者に魔王…またファンタジーなお話ですな。
「え、いえ知りませんけど…何ですか?勇者?」
「あ、その…いえ何でもありません。そ、それにしてもすごいですね!あの古の難問をどうやって解いたんですか?」
そしてお兄さんは慌てた様子で話を変えてきた。
お兄さんいわく、あの問題は何百年も前からハンターギルドに伝わっていて、ハンター登録をする初回にだけ出されるらしい。
ちなみに正答率は1%未満で、ここ100年で正答出来たのは私を含めてたった五人。しかも全てがここ5年ほどの話だという。
余談だけど、一ヶ月前に解いたその中の一人は、今もこの町にいるのだとか。
「というかあの問題、100年間もずっと同じもの出してるんですか?正解した人からすぐ答えが広まっちゃうでしょう」
「んなっ!?ひ、人から答えを聞く…ですって?ま、まま、まさかそんな手が…!…悪魔的。何という悪魔的発想。いいですかアスカさん、その方法、絶対に他の人に言ってはいけませんよ」
「はあ……」
アホだ。やっぱりここにはアホしかいないのか。程度が低過ぎて、この組織はちゃんとしたものなのかすごく不安になってしまう。
「それではアスカ様、ただいまギルドカードをお作りしますので少々お待ちください。その間にハンターギルドの説明をさせて頂きます」
ここには魔石を売りに来ただけなんだけど、カードを作った時点で私は自動的にハンターになってしまった。まあこの先就職は必要だし、丁度いいっちゃ丁度いい。
そしてそんな私に、お兄さんは色々とハンターについて教えてくれた。
話をまとめると、ハンターの仕事とは要するにラノベの冒険者的なアレだった。
依頼を受けたり魔物を倒したり、魔石を売ったりしてお金を稼ぐ。実に分かりやすいお仕事だ。
ちなみにギルドカードは身分証にもなるとの事。そしてランクが上がったらカードが豪華になっていくらしい。
「ランクについてはこちらの絵をご覧になって下さい。分かりやすく書いてありますよ」
受付のお兄さんはそう言うと、横の壁に貼ってある大きな紙を指さした。でも私はそれを見て大きく首をかしげる。
「ランク表」と書かれたその紙には小汚いおっさんの絵が書いてあり、その体の各部位に何やらいろいろと記載があった。
下から順に、足裏、すね、ヒザ、もも、股、ヘソ、乳、首、アゴ、デコという文字が矢印で書き込まれてあり、そして最後、頭の上に大きく『天』と書かれてあった。
「…あのー、この絵は一体何ですか?」
超適当な人体図みたいな絵。だからどうしたと思った私は受付のお兄さんに問いかけた。するとまあ、とんでもない答えが返ってきたじゃあありませんか。
「え?だからそれがランクですよ。ほら分かりやすいでしょう。みんなが知っているものでランク分けしてるんです」
「えっ…ランク?これが?」
「ほら見てください、足裏級が一番下で、すね級、ひざ級と上に行くほどランクが上がって…」
何ということでしょう。この世界の人たちは、体の部位の名前でランク分けしちゃってるらしい。話を聞く限り、
全部で10段階。例えるなら一番上のデコ級がAランクで、一番下の足裏級がJランクといったところ。
いやいや…それならゴブリン級とかドラゴン級とかさ。他にも分かりやすい尺度がいろいろあったでしょうよ。ていうか何?股級とか乳級とか嫌すぎるんですけど。
「あの…この上の『天』って何ですか?一つだけ級じゃないんですけど」
ツッコみどころが多すぎて色々とスルーすることにした私だけど、何となく大事そうだと思ったので聞いてみた。もしかしたら深い意味があるのかもしれない。
「ああ、それですか。いいですよね、天って。何かかっこいいですよね」
「え…それだけ?何か意味があるんじゃないんですか?ほら、例えばデコ級のさらに上が『天』だとか…」
「さあ…何とも。私がここに来た時からその紙が貼ってありましたから。でもかっこいいからいいじゃないですか」
アハハと笑う受付のお兄さんを見て、私は頭が痛くなった。
ひどい。ひどすぎる。意味が分からないものを書くギルド側もひどいし、それを誰も疑問に思わないハンター達もひどい。
この世界、本当に大丈夫なんだろうか。経済とかちゃんと成り立っているのか、すごく不安だ。
ちなみに股級から下が下級ハンター、ヘソ級から上が上級ハンターとして区別するとのこと。ああ…ちょうど10段階ありますもんねえ。分かりやすいですねえ。
「アスカ様、お待たせしました。こちらがギルドカードになります」
そしてようやく私のギルドカードが出来上がった。カードは茶色い金属の板で、表面に私の名前と「すね級」の文字が大きく書いてある。
あの難問とやらに正解した人は、一級飛びですね級(Iランク相当)からのスタートになるって聞いたけど、すね級…すね級かあ。何か嫌だな、早く上に上がりたい。
「あの、それでこの魔石を売りたいんですけど」
カードが出来たので、ようやく本題に入れる。お金を得るべく、私は濃いピンクの魔石をカウンターに置いた。
「なっ、何と!これはショッキングピンクゴブリンの魔石じゃないですか!ま、まさかこれをあなた方が?」
すると、その魔石を見てお兄さんは何かすごいビックリしていた。あれやっぱりピンクゴブリンで合ってたんだ。でもショッキングピンク…亜種かな。
「ええ、そうですけど。何か問題がありましたか?」
「いえ、その…。ショッキングピンクゴブリンはピンクゴブリンの上位種でして、推奨もも級の魔物なんです。それを、その…まだハンターにもなっていないアスカ様達が倒したというのが…」
あーなるほど、やっぱりアレは強いやつだったのね。まあ確かに助っ人外人選手並みに大きかったし、納得。
「でもそれは本当です。この三郎さんは魔法が使えるんですけど、三郎さんの魔法で一撃でしたよ」
「い、一撃?いや、まさかそんな…」
と、なかなか信じてもらえないそんなお兄さんの前に、ズイと三郎さんが前へ出た。
「おい兄ちゃん、俺の握りが信用ならねえってのか?寿司に命をかけた俺のNIGIRIをよう!てめえ、巻き簀で巻いてカットされてえのか?」
「ひっ…!」
あの優しかった三郎さんが、昔のような反社口調でお兄さんに詰め寄る。まずい、このままだとお兄さんがのり巻きにされてしまう。
「あ、あの分かりました、認めます、認めますので勘弁して下さい」
「ちっ、わかりゃいいんだよ。ねえ、お嬢」
「え、あ、まあ…」
と思ったら勝手に折れてくれた。それでいいんかハンターギルド。
「で、ではお受け取りください。70ポリープです」
そうして顔色の悪いお兄さんはレジみたいなところから40枚の銅貨を出し、テーブルの上に置いた。いやポリープて。お金の単位が腸の病気とか嫌すぎるよ。
それにしてもあのレジみたいなやつ。今半分自動で開いたよね。お金数えてなかったし、もしかしてここの人ってあれ使って商売してるのかな。アホだから計算できなそうだし。
「ええと、確かに70枚ある。けど…」
そこでふと考える。銅貨70枚か…これがどれくらいの価値なのかは分からないけど、銅貨というくらいだし多分そんなに多くはない気がする。
当面の宿代も確保しなきゃならないし、出来るならここでもう少しむしり取り…いや、値を釣り上げておきたいところ。
…よし、ごねてみよう。私の知力を思い知るがいい。
「あの、それってハンターが魔石を売った場合の値段ですよね?私、ハンターじゃなかったのにピンクゴブリン、しかも上位種を倒したんです。一般人なのに強力な魔物を倒したんです。それってすごくないですか?すごいですよね?普通のハンターよりも絶対すごいですよね?だからこの魔石にはもう少し価値があると思うんです。つまりもう少し買取り額を上げてもいいんじゃないか、私はそう思うんです。お兄さんはどうですか?お兄さんもそう思いませんか?思いますよね」
私はたたみかけるように言った。この世界では詳しい理論はいらない。勢いの方が有効。私はそう睨んだのだ。
「え、ええと…は、はい。そう…ですね。アスカ様の言う通り…かもしれません…ね」
可哀想に、弱ったお兄さんに効果はバツグンだ。私のエセ理論をくらってタジタジになっている。
そして頭を悩ませた結果、少し買い取り額を上乗せしてくれて、最終的には80ポリープになった。もう少し粘ればもっと行けた気がするけれど、可哀想なので今回は勘弁してあげよう。
「あ、ありがとうございました。ま、またのお越しを…」
そんなお兄さんの挨拶を背に、無事目的を果たした私たちはザワつくハンターギルドを後にした。
「さて、今夜の宿を探さないと」
「で、やすねえ」
とりあえず現金はゲットした。日も暮れてきたし、そろそろ今晩泊まる場所を確保しないといけない。
このお金で足りるかは不安だけど、とりあえず私たちはギルドで教えてもらった宿屋に向かうことにした。
…
「ええっ、一人一泊20ポリープ!?」
二軒しかない宿屋に行くと、安い方でもそんな値段だった。これじゃ二人でニ泊しかできないじゃない。
さてどうしよう。これからどうなるか分からないし、先のことを考えれば数泊分押さえておきたいところ。こうなったら仕方ない…どこかの草むらに三郎さんを置いてくるか。
「お嬢…仕方ねえ。あっしは一旦引っ込んでますんで、ここは一人で泊まってくだせえ。大丈夫、裏から気ぃ張って見張ってやすから。それにその方が寿司力の節約にもなりまさぁ」
私が草むらを探そうとしたその時、三郎さんがそんな提案をしてきた。
引っこむ?もしかして三郎さんって出し入れ自由なの?そして寿司力って一体何?裏から見張るってどういうこと?
「そんじゃお嬢、また明日呼び出してくだせえや。じゃあ失礼しやす」
そう言うと三郎さんはドロンと煙のように消えてしまった。
なるほど…そういう感じなのね。何だか召喚獣みたい。いや、ポケットなモンスターか。行け、寿司厨!ってね。
「一人で三泊お願いします」
「あいよ。一泊二食付きで、えーとちょっと待ってね…」
「三泊で60ポリープですね」
「お姉さん計算早いねえ!まいどありー」
チャリンチャリン、ガラガラチーン。
そうして私は予備のお金を残して無事、宿屋に泊まる事ができた。三郎さんとはいえ、正直おっさんと一緒に泊まる事には抵抗があったから少し助かった。裏から見られてると思うと嫌だけど、今はこれで我慢しよう。
宿については、アホ異世界だからやや警戒していたけれど、至って普通だった。
それに食事も普通っていうか、まあまあ美味しい。少し質素な洋食って感じだったし、食べ物に関しては元の世界とそこまで違いはなさそうだ。
「はあ…すごい疲れた」
私は部屋に入るなり、ベッドへダイブ。ここまで何とか駆け抜けてきたけど、ようやく一息つけたって感じだ。
それでもまだ一日。この世界に来てからまだ一日しか経っていない。何だか全てが濃くて実際よりも長く感じる。
…結局のところ、私はこの世界で何をすればいいのだろうか。神様の声が聞き取れなかったから仕方ないけど、改めて考えると不安になる。何せゲームとか負けたら雷落とされるとか、そんな恐ろしい言葉だけが聞こえたからね。マジ怖すぎ。
…でも分からない以上、いくら考えても仕方がないのも事実。それに今は先のことよりも明日のこと。どうやって生きていくのかを考える方が先決だ。
そう、人間社会で生き抜くためにはまずお金が必要。その先のことは後で考えればいい。どこかの誰かがきっと情報を持ってるはずだ。
そのためには自分のスキルについて色々考えなくちゃダメなんだけど…あー今日はもう無理。また明日にしよう。
「…明日はまともな日になるといいなあ…」
そう願いながら、私はゆっくりとまぶたを閉じた。