04 アホちゃんだらけのこの世界
「すごい、本当に町があったよ!」
私の歓喜の声に三郎さんがヘヘッと笑う。
端的に言って、あの寿司折りの探索能力は素晴らしかった。指し示す方向に従って進むと2時間足らずで森を抜け、そして一面広がる草原の先に町を見つけだ。どうやら嬉しい事に、我が三郎さんは攻撃面でもアシスト面でも有能なおじさんキャラだったようだ。
ちなみにあの後、動物は見かけたけれど魔物らしき輩には出会わなかった。経験値的なあのお寿司を食べたい気持ちはあったけれど、まあ無駄な危険を回避できたと割り切ろう。
町の入り口には看板が立っている。「ポッコスの町」…日本語じゃないけどなぜか読めるね。きっと転生専用の便利機能なんだろう。
そして門にはテンプレのごとく門番さんが立っている。金属の鎧と槍の装備。
おおー、いかにもなザ・門番だ。こういうのを見るとやっぱりファンタジー世界なんだなあ、と少し感動しちゃうね。
「おい待て、何だお前たちは。怪しい格好だな」
そして私たちは当然のごとく止められた。そりゃそうだろう、周りの人と服装が全然違う。違いすぎる。
取材の帰りだった私はパンツスーツスタイルだし、三郎さんはこの肌寒い気候の中、半そでの板前衣装。ファンタジーとは無縁の日本人感丸出しである。
「その…私たちは旅人でして。これは私たちの国の普段着なんですよ」
とりあえず私は笑顔で対応した。こういう時は笑顔で堂々とする。相手が頭の弱い人ならば、大抵このメソッドで何とかなるものだ。
「なんだと、どこの国から来たんだ?」
「日本です」
「ニホン?何たその国は」
「ええっ!?嘘、もしかして知らないんですか?」
「む…そういえば聞いた事があるような無いような…」
「けっこう有名ですけどねえ。知ってる人も多いと思いますけど」
「そ、そうだな。知ってる、もちろん知ってるぞ。そ、それで何しにこの町に来た?」
「えっ日本人がこの町に来る理由なんて一つしか無いじゃないですか。え…まさかそれが分からないとか…?」
「い、いや分かってる。よし、大丈夫だな。通ってよし!」
アホな人でよかった。
私たちは笑顔で門を通り抜け、無事に町の中へと入っていった。
「うわあ…何かすご。本当に異世界なんだなあ」
町の中はまさに異世界。テンプレ通りの中世的な街並みは、ガヤガヤと人が多く賑わっている。
屋台やよく分からないお店が立ち並び、いい匂いやら汗臭い匂いやらが色々と混じった、そんな街並み。
記者として好奇心旺盛な私はいろいろと見てまわりたい衝動にかられたけれど、そこでふと大事な事に気がついた。
「お金がない…」
そう、私は一文無しなのだ。ここの貨幣制度がどうなっているのかは分からないけど、お店がある以上お金も存在するはず。つまり一文無しの私たちは、食べるものも今日泊まる場所も確保できないということだ。
「お嬢、これを売ってみてはいかがでやすか?」
するとそこで、目の澄んだ三郎さんが私に何かを差し出してくれた。
「これ…何?キレイな…グミ?」
それは濃いピンク色の、ぷよぷよした物体だった。指先くらいの大きさで形もいびつ。グミにしか見えない。
「それはさっきのピンクのやつから出てきた物でさあ。握った後に落ちてやした」
「えっ…ピンゴブから出てきたって。もしかして…これって魔石!?」
魔物を倒したら出てくるキレイな物。そんなもの魔石しかない。想像と違ってぷよぷよしてるけど、それなら確かに売れるかもしれない。
「さすが三郎さん、さすサブ!これなら売れるかも!」
「へへっ、お役に立てたみたいで何よりでさあ」
私にほめられて、へへっと鼻をこする三郎さん。衛生的にアレだからそれやめた方がいいよ。
「すいませーん、これ売りたいんですけどー」
とりあえず私は、近くにあった雑貨屋みたいな店に入った。ゴチャゴチャと何だかよく分からない物が雑然と置いてある。
「うちで買い取りはやってるけど…ああ、これ魔石じゃないか。ダメダメ、うちじゃ買い取れないよ」
「えっ、ダメなんですか?どうして?」
「そりゃハンターギルドに目をつけられちまうからだよ。魔石はハンターギルドの領分さ。ていうかどこの町でもそうだろ?」
私が持ち込んだものは予想通り魔石だった。
店のおっちゃんいわく、魔石はハンターギルドという所でしか扱えないらしい。何かの利権的なアレなんだろうかね。
ギルドの場所を教えてもらった私はおっちゃんにお礼を言い、雑貨屋を後にした。
それにしてもハンターギルドかあ…。いわゆる冒険者とか探索者みたいなアレの事だろうか。
「…ここっぽい。けどやだなあ…何だかガラ悪そうな人ばっかり」
教えてもらったハンターギルドはすぐにみつかった。大きな建物。二本の剣の看板。間違いなくここだ。
でも出入りしている人たちがみんな怖い。どう見ても筋肉ダルマの巣窟じゃないですか。
「お嬢、ここはあっしが先に行きやしょう」
「さ、三郎さん…ありがとう」
そんなビビる私に、天の助けが舞い降りた。三郎さんはズイッと私の前に立ち、先頭でギルドの扉を開けてくれた。
さすが職人、怖いもの知らず。でも寿司職人がハンターギルドに入る絵面って違和感がすごい。
ギイィ…
重そうなドアが音を立てて開く。入ってきた私たちに中の人たちの視線が一斉に集まる。
「おい見ろ、女だぞ」
「ああ、珍しいな」
「女がここに何の用だ」
「ウホッ…それより見ろよ、いい男じゃねえか」
「ああ、本当だぜ」
何か色々聞こえる。けど、その視線に臆することなく三郎さんはカウンターへと進み、私もその後についていく。
「おう、あんちゃん。魔石ってやつを買い取ってくれねえかい」
三郎さんは堂々とした態度で、カウンターにいる男の人に話しかけた。
「ふむ…ギルドカードはお持ちですか?」
カウンターにいる受付の人。メガネをかけて髪をぴっちりと固めたその男の人は、冷静な口調で返してきた。なんか理知的で仕事できそうな感じ。
いや待って…よく見るとこの人前歯が全部無い。やだ…すごく間抜け顔じゃない。
「いや、ねえな。それが必要なら作ってくれよ。金がねえから無料で頼むぜ」
「ふむ、お金がないと。ではこうしましょう、私の出す難解な質問に答えられれば無料で作って差し上げましょう。やりますか?」
メガネの人はそんな事を言い、ニヤリと笑いかけた。やだ…カッコつけてるけど、前歯が無いとこんなにアホっぽくなるのね。
「おう、いいぜ。そんじゃあ出してみろよ」
三郎さんは私の返事も聞かずにそう答えた。何か任せろって顔をしている。…三郎さん、信じていいのよね。
「では行きます」
ゴクリ…
場がしんと静まり、緊張が満ちる。周りの人たちも固唾を飲んで見守っているようだ。何?今から一体何が始まるの?
「マイケル君がリンゴを三個持っていました。途中でリンゴをマリーちゃんに一個、その後ユータ君に一個あげました。さて、マイケル君の手元にミカンは何個あるでしょう」
ゴクリ…
さらに場に緊張が増す。
三郎さんを見ると、「お嬢、言っちゃってくだせえ」みたいなジェスチャーを私に投げかけてくる。結局私が答えるんかい。
うーん、リンゴの話をしているのに質問はミカンの数。普通に考えれば0個だと思うけど…これってひっかけ問題?いや、それじゃあまりにも簡単すぎるし、でも…
そして私はゴクリと唾を飲み込み、意を決して答えを言った。
「…0個」
シーン…
「!!…せ、せせせ、正解!何と、正解でございますうー!!!」
ワアアアアァッ!!!
ギルド内から大歓声が鳴り響く。
「すげえ!」「俺初めて答え聞いたぜ!」
「あれ、ちゃんと答えあったんだな!」
「いや俺は前にも見たぞ。でもすげえ、また出たのかよ」
「まさかあれが伝説の…」
そんな声があちこちから聞こえる。大盛り上がり。誰もがみんな、ゴキゲンだ。
ズテーンとひっくり返り、Y字開脚の姿勢でガタガタ震える受付のお兄さん。
そして誇らしそうに腕組みをする三郎さん。
拍手と歓声が鳴り響く中、私は思った。
…ああ、そうか。この世界、アホしかいないんだ。
魔改造おじさんをお読みいただき、まこと感謝の極みでございます。しばらくは毎日更新いたしますので、こんなアホな話ですがお付き合いいただければ嬉しく思います。
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