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02 寿司職人ってすごい


 どうやらクーリングオフは適用されなかったらしい。ガンコ寿司職人は鋭い眼光を私に向けたまま、ただただじっとしている。


 この睨むような視線…嫌ですねえ。

 お寿司を食べてる客の前でも、平気な顔でフルパワーの怒鳴りを繰り出す。飛び散る飛沫も何のその。衛生管理の概念もないような生粋のコラおじさん。それがこの男、板垣 三郎、59歳なのだ。


 …とはいってももう呼び出してしまったし、返却も無理っぽい。それなら妥協案をお願いするしかないでしょうね。誰にって?そりゃ神様によ。


「神様お願いします!この際性格…せめて性格だけでも直してください!!かしこみかしこみお頼み申し上げます〜〜!!」


 私は土下座しながら神に祈りを捧げた。そりゃもう誠心誠意心をこめて祈った。

 まさかおっさんの性格修正を真剣に願う日が来るとは思ってもみなかったけれど、驚く事にどうやら私のお願いは通ったようだ。


 ホワワァ……!

 先ほどまで世界を憎むような激渋な顔をしていたあのオヤジさんが、あら不思議。仏もかくやと言わんばかりの優しげな顔に大変身したではないか。


「…お嬢、呼んでくださってありがとうごぜえやす。この板垣 三郎、誠心誠意お嬢に尽くしやすぜ」


 濃すぎて立体的になっている眉毛をゆるめ、寿司屋のオヤジ、三郎氏は優しい口調でそう言った。

 その変わりように私はビックリ。性格を直してとは願ったけれど、まさかここまで変わるとは。

 それにしても違和感がすごい。「バカヤロウ」とか「最近の若者は」とか言っていたあのオヤジとは思えない姿だ。


「あ、あの…はい。アスカです。よろしくお願いします。ええと…板垣さん」

「はは、三郎で構わんですよ。気軽に呼んでくだせえ、あっしはお嬢を守るのが使命でやすからね」

「は、はぁ…」


 とりあえず私も頭を下げたけど、いやホント誰だこれ。このオヤジ…いや新生三郎さんは以前からは考えられないほど紳士的になっている。

 それに私を守る…。まさか彼氏に言われたかった言葉ナンバーワンのセリフをこの三郎さんに言われるとは…。いやまあ当然全くキュンともスンともしないんですけどね。


 まあ印象はガラッと良くなったわけで。そう思えば、あのおでこの巨大ホクロからピョイと飛び出ている長い毛も可愛く見えてくるから不思議だ。



ゴンッ!!ガン、ガンガン!!


 すると何の前触れもなく、ガンガンと大きな衝撃音が鳴り響いた。ビクッとなった私は恐る恐る音の方に目を向け、そして絶叫した。


「うひゃああああぁーーっ!!」


 私がそんな情けない声を出したのも仕方がない。何とそこにはデカくてキモいピンク色の化け物がいて、バリアをガンガンぶっ叩いていたのだ。

 でもめっちゃ叩いてるけど、バリアが割れる様子は無い。さすが神様のバリア、ちゃんと10分間は守ってくれるようだ。   

「だ、大丈夫そう…よかった。それにしてもこの化け物は一体…」


 とりあえずの安全は確保できてるっぽいので、私はビビりながらもその化け物をじっくりと観察した。


 やっぱり大きい、バスケの外国人選手並みの迫力…大体2メートルちょいくらいはあるね。でもなーんかこのフォルム、どこかで見たことあるような……


「あっ、そうだゴブリン!これゴブリンじゃん!」


 このキモい顔、毛の無いつるっとした体、ぽっこりとしたお腹まわり。

 デカい上に全身妙に濃いピンクで超絶キモいけど、間違いない。こいつは異世界の定番モンスターことゴブリンだ。きっとピンクゴブリンに違いない。


「ゴブリンなんだろうけど…うん、やっぱりキモい。顔がキモいのもあるけど、全身ピンクなのがキッツイなあ」


 とまあ、そんなふうに冷静に観察していたのも束の間。バリアのタイマーを見て私の心臓は跳ね上がった。


「うっそ!残り16秒!?ちょ、もうすぐバリア消えちゃうじゃん!」


 気づけば残り時間はあとわずか。何の対策もしてない私に取れる選択肢は数少ない。

 ヤバ、ヤバヤバどうしよう、どうやってこの場を切り抜ける?三郎さんをオトリにして全力で逃げる?いやでも人道的にそれはさすがに…でもこの三郎さんは本物の人間じゃないし…アリよりのアリ?

 

 と、私がそんな非道な考えをぐるぐると巡らせていた時。そこでザッと一人の男が前へ出た。そう、お寿司マンこと三郎さんだ。


「さ、三郎さん?一体何を…」

「お嬢、あぶねえから下がっててくだせえ。あっしがやりますんで」


 三郎さんは背中越しにそう言うと、巨大なピンクゴブリン、ピンゴブに向かって構えをとった。

 三郎さんがやるって…一体何をするつもり?まさか戦う?おじさんが素手で?

 …無謀だ。どう考えても寿司職人は前衛ジョブじゃあない。あんな大きな怪物に敵うはずがないじゃない。

 いや…でもよく考えたら三郎さんはスキルで生み出した強化人間、ただの寿司職人じゃないのかも。もしかしたら戦うスーパー寿司職人である可能性が微粒子レベルである。かもしれない。    


 ガンガンガン!

「ゴフ、ギャギャギャ!!」


 相変わらずバリアを叩き続けるピンクゴブリン。

 ゴクリ…と固唾を飲んで私は見守る。そしてタイマーが0になり、フッとバリアがかき消えた瞬間、三郎さんが動いた。


 ブン、と前触れもなく三郎さんの横に空間の裂け目が出現。

 すると三郎さんはその裂けた空間に手をつっこみ、流れるようにその動作を行った。


 あ、あれはまさか…寿司を握っている?

裂けた空間から何かをつかみ取り、それをキュッキュと握る。早い。まさに熟練の技だ。

 よくよく見れば三郎さんの手元はキラキラと光を放っているではないか。その光の正体は…うん、やっぱりお寿司がある。光るお寿司がしっかりと。


 そして三郎さんは、まるで銃を構えるかのようにスッと手元をピンゴブへ向けた。

そして——叫ぶ。


「寿司魔法、ビントロファイア!!」


 ズボシュゥーーン!!

 その瞬間、三郎さんの手元。銃口のように構えた手元から、勢いよく寿司が発射された。


 あ、あれは赤身…いやビントロだ。ビンチョウマグロ。あの色が薄くて水っぽい質感は間違いない。私はそんなに好きじゃないけどおじいちゃんが異様に好きだったビントロだ。 


 ズゴッ!

「ギャフンッ!!」


 そのビントロは火を吹きながらすっ飛んでいき、ピンゴブの胴体をあっさり貫通した。

 しかもその体に空いた穴は寿司の大きさじゃない。明らかに大きい。まるで大砲で撃ち抜いたかのようだ、知らんけど。そしてヤバい吐きそう、普通に内臓見えてるし完全にスプラッターじゃんこれ。


 ドシャア。ピンゴブが青い血をまき散らしながらその場に倒れ伏し、そしてそのまま動かなくなった。


 うっぷ…で、でもすごい、一撃で倒すなんて。お寿司にあんな殺傷力があるなんて、私全然知らなかった。

 そんな吐き気を催しながら呆然とする私を見ながら、ニカっと爽やかに笑う三郎さん59歳。手元からはプスプスと煙が立ち上っている。


 どうやら私は思い違いをしていたらしい。寿司は食べるだけにあらず。兵器にもなり得るのだ。


 そう、ここは右も左も分からない謎の異世界。どういう理由で、何をするために連れてこられたのかほとんど分からない、そんな異世界。

 でもきっとこのスキル、そして三郎さんと一緒なら大丈夫。そう信じられる。だってその力の一端を、私は今こうして目の当たりにしたのだから。

 だから今の私の感想は、この一言に尽きる。


 寿司職人ってすごい。そう思った。



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