18 タマネギボス
ドカッ
「ンンッ…!」 ポクーン
バキッ
「アフゥン!」 ポクーン
私は今イカメンタルの二人と一緒に、モンゴー氏が切り開いた道を走っている。
道の横からは小〜中サイズのベジメイトが大量に押し寄せ、私たちにピョンピョコ襲いかかってくる。そしてその体当たりを全部ファッ休さんが受け止め、その手にした木魚バチでポクーンと叩き潰す。
ちなみに倒した野菜はファッ休さんが念仏を唱え、即刻経験値的なアレに変えてくれている。
なので今のファッ休さんは、ポクポクしながら念仏を唱えるという、まさに正統派の和尚スタイルなのである。これで裸ふんどしじゃなければ立派な坊さんなんだけど、非常に残念な光景だ。
「ふう…大分進んだね。7、8割は行ったかな」
畑にびっちりと広がるベジメイト達をかき分けて進んできたが、ボスへの道のりまではあと一息といったところ。奥に行くほど魔物が強くなってきている気がするけど、今のところファッ休さんの守りは完璧だ。
でもこの数に対して殲滅力が足りないのも事実。
名前が分からないイカメンタルの二人も奮戦しているけど、一人は微妙な槍使いで、もう一人は荷物持ち…ポーターだった。戦える槍の人でさえ、中ベジを倒すのにもかなり手間取っている。
うーん、この強さ構成でヘソ級ねえ…どうやらこのイカメンタルはモンゴー氏ありきのパーティのようだ。
「ちっ、大ベジがこんなにいるのか」
前方からそんなモンゴー氏の悪態が聞こえてそちらを見れば、モンゴー氏の前には体高1メートルくらいの大きな野菜が立ちはだかっていた。なるほど、確かに大きい。
カブ型、カボチャ型、イモ型と種類はまちまちだが、どの野菜も確かな存在感を放っている。きっとかなり強いに違いない、顔も無駄に濃いし。
「ここが勝負時かな…。よし、じゃあみんなお願いね!」
ボスへの道のりはあと少し。最後の障害であるこの大ベジを排除するべく、私は控えさせていた全てのオヤジを召喚。そして現れた最強のオヤジ3人がそれぞれ行動を開始した。
三郎さんは「お嬢、任せてくんなせえ!」と言いながら、主に野菜たちに向かって寿司を大連射。次々と大小の野菜たちを倒していく。
大分ハッスルしているように見えるけど…これ大丈夫かな。さすがにこないだみたいにならないよね?後先考えてるよね?
そして吾郎さんとデス太郎さんも出動。したのだけど…この二人は野菜魔物を見るなりしょぼぼぼんと肩を落とし、落ち込みながら近くの小ベジを蹴り始めた。
えっ、どうしたの?効果音が出るくらいしょんぼりしてるけど。
「ちょ、ちょっと!三郎さんはいいけど吾郎さんとデス太郎さんは何してるの!?魔物倒してよ!」
「ンッン〜…それがですねェ。ワタクシは相手が踊れる体でないと力が発揮できないのですよねェ…」
「いやあ〜、僕も回復はできるんだけど、こういうツボがよく分からない敵の相手はちょっと…」
そうだった…そういえばこの二人の弱点はそこにあったんだっけ。
参ったな…これじゃ攻撃面はほとんど三郎さん任せになっちゃうよ。
でもそんな事を思っていた丁度その時、無駄に服が乱れた三郎さんが、寿司折りを三つ持って帰ってきた。
「さ、三郎さん、随分早いけど…どうしたの?」
この乱れた服といかにもな疲労感。嫌な予感をビンビン感じる私に、肩で息を切らした三郎さんはその寿司折りをそっと手渡してきた。
「ハア、ハア…お嬢、すいやせん。また寿司力が切れちまったようで…面目ねえ」
それだけ言うと、ふざけんな!と言う間も無く三郎さんはドロンと消えてしまった。
いやもう…頼むよ三郎さん。搭載AIの性能が低過ぎるのか知らないけど、少しくらいは学習しておくれ。神様、お願いだから手動で全力モードのオンオフ切り替えさせて下さいよ。
「あ、でもすごい。ちゃんと道が出来てる。」
見れば大ベジが軒並みお亡くなりになっている。
どうやら三郎さんは無駄に寿司を撃っていたわけではなく、ちゃんと道を作ってくれていたらしい。その道を通って、すでにモンゴー氏たちイカメンタルがボスの所へと進んでいっている。
さて…私の方はどうするか。
周りは相変わらず魔物の海だけれど、ファッ休さんのおかげで守りは完璧だ。
私を囲むファッ休さんの数が5人に増え、喘ぎ声も合唱みたいになってるのが気になる所だけれど、とりあえずの安全は確保できている。精神面以外は。
でも吾郎さんとデス太郎さんはダメだ。相変わらず小さい野菜をポコポコ蹴っているだけで、全然倒せてない。魔法が使えなければ普通の人と変わらないのだ。
可哀想だけど居てもあんまり意味ないし、お腹も減るから引っ込めた方が良さそうだ。
「よし、一旦吾郎さんとデス太郎さんは戻ってて!」
私がそう言うと、二人は悲しそうな顔をしてドロンと消えていった。この時のファッ休さんの輝くドヤ顔が忘れられない。
「お、始まりそうだね」
そして先行するイカメンタルがついに野菜の群れを抜け、ボスのもとへとたどり着いた。
図太い腕が生えた巨大なタマネギ型のボスとモンゴー氏がにらみ合う。ボスの顔は何故か歌舞伎みたいな顔だ。足はよく見えない。土に埋まっているのかな。
おや、よくよく見ればタマネギボスの足元、半径10メートルくらいが紫色になっている。あれは一体何だろうか。
まだ魔物の群れを抜けてないけど、私は足を止めてその戦いを観察する。そしてさっき三郎さんが持ってきてくれた寿司折りのフタを開け、お寿司を食べ始めた。
私がこんなところでお寿司を食べるのにはちゃんと理由がある。もちろんお腹が空いているのもあるけど、モンゴー氏があのボスを倒せなかった時にどうするのかを考える必要がある。その次の一手のための行動がこの食事なのだ。
ちなみに相変わらず守りは完璧だけど、ファッ休さんの分身は8人に増えている。そろそろ尻が多くなってきて、視界的にも精神的にもキツくなってきた。
「うおおおおおーっ!!」
モンゴー氏の雄叫びがこだまする。どうやら戦いが始まったようだ。
二刀を携えたモンゴー氏が、見上げるほど大きなタマネギへと疾駆。しかしそんなモンゴー氏がボスの間合に入ったところで、何とも驚くべき変化が起こった。
紫色になったあからさまに怪しい地面。モンゴー氏がそこに入った瞬間、何とモンゴー氏の持つ剣がボフン!と音を立てて大根に変わったのだ。
「なっ、何ィ!?」
当然モンゴー氏の振るった大根は、ボスの体に当たってパコンパコーン!と砕け散る。
その隙にボスが極太の腕で叩き潰そうとするが、モンゴー氏はすんでのところで回避した。
「くそっ、何てやつだ…。【剣生成】!」
苦い顔をしながらモンゴー氏は再び剣を両手に作り出す。しかしその紫色の地面はまだボスの間合いだったようで、剣はすぐにゴボウへと変化した。
それを見て「なっ…!」と驚くモンゴー氏。いや「なっ…!」じゃないよ、そりゃそうなるでしょ。多分そのあからさまに怪しい紫の地面のせいだよ、少しは考えてくれ。
「くそっ…、うおおおらあーー!!」
あんまり深く考えず、モンゴー氏が再びゴボウを手にボスへと向かう。
案の定ポコーンポコーンとゴボウは折れて飛び散るが、モンゴー氏は諦めない。次々と剣という名の野菜を生成し、ボスに向かって武器を振り続けた。
「ありゃダメだね…私が何とかしないと」
背中と尻を丸出しにしながらネギを振り回す、そんなモンゴー氏を見ながらため息をつく。
他の二人も同様、槍を長芋に変えられ、大きなリュックをブロッコリーに変えられている。あれじゃもうどうしようもないだろう。
「多分…あのボスの能力は、紫フィールドに入った敵の武器を野菜に変えるとか、そんな感じだよね。武器を持たないオヤジさん達なら相性がいいと思うんだけど…」
ボスの様子を見てそう分析してはみたものの、今の私にはあのボスを倒す術がない。三郎さんは寿司切れだし、他二人も今回は役立たずだ。
それにファッ休さんの方も中々えらい事になってきてる。ガードしすぎて今やファッ休分身は14人に増えてるし、上の方もカバーしてるもんだから集まったファッ休さん達が球体みたいになってきてる。
これぞまさにファッ球状態。それがどんどん大きくなってきてるし、このまま放置してたらこのファッ球が畑全てを飲み込んでしまいかねない。
「…これはもう仕方がない。気は進まないけど、野菜に効果バツグンの人を作り出すしかないね」