17 イカメンタル+
ハンターギルドに入ると、そこにはいつもの3倍くらいの筋肉ダルマがひしめいていた。
何だこの状況は…とは思ったけれど、どの筋肉も焦っていたり、不安そうにしていたりと、明らかに普段とは様子が違う。
そんな殺伐としたギルド内の様子を見る限り、さっきの一大事という言葉も嘘ではなさそうだ。
「すいません、呼ばれて来たんですけど」
「あ、アスカ様!よかった、来てくださったのですね!」
カウンターにいるファンザさんに声をかけると、ファンザさんは身を乗り出す勢いで私の呼びかけに応えた。そしてファンザさんはただならぬ様子で「実はですね…」と話を始めた。
ファンザさんの話によると、西の広大な畑エリアで魔物の群れが出現したとの事。
その現われた魔物はすね級〜もも級と強さが幅広く、かつ数が相当多いらしい。しかもその魔物を率いているリーダーは推定ヘソ級の大型魔物。
ハンターはこの町じゃ股級までしか認定できない上に、その股級のハンターは私しかいない。つまり現状私しかそのリーダーと戦える人間がいないのだ。
「あれ、でも確か私の他にも股級の人、いましたよね?えーと確かオレオさん…でしたっけ」
「ええ、そうなんですが…オレオ・オオシオ様は先日王都に向けてこの町から出て行ってしまったのです」
「そうだったんですか。私も明日くらいには王都に向かおうと思っていたので、こう言っちゃ何ですがタイミング良かったですね」
「な、何と!そうだったのですね、危なかった…。一応北のオテンコの町には救援依頼を出したのですが、間に合うか分からなかったですし」
「他の町にも助けを求めたんですね。あ、もしかしてこの間の巨人わっふるずさん達ですか?」
「ええ、ゴライアスわっふるずのパーティがいる町ですので、おそらく来てくれると思います。ですがどんなに急いでも二日はかかりますからね、何かの依頼でポッコスの近くまで来ている高レベルパーティがいればラッキーなんですが…」
そんな話をしている最中、後ろの方から騒がしい声が聞こえてきた。振り返ってみれば、見た事ない三人パーティがズンズンとこちらに向かってきているところだった。
「おい女。邪魔だ、そこどけよ」
そんな事を言いながらズイッと私の前に割り込んできたのは、なかなか顔のよろしい若い男の人。あら…オラオラ系のイケメンかしら、と思いきや、その格好には既視感がある。
尻出し巨人のゴライアスわっふるずと同じく、前面だけに服があり後ろでヒモを縛るという、貧乏っちゃまスタイルじゃあありませんか。
これは…うん、無いですね。いくら顔が良くても無い。
そしてその後に続き仲間らしき二人の男の人も私の前に割り込んでくる。その姿もやっぱり貧ぼっちゃまスタイル。いや何これ?流行ってんの?
「あ、あの…あなた方は一体…」
「はあ?緊急依頼なんだろ?俺たちはオテンコで活動するヘソ級パーティ“イカメンタル”だ。そんで俺はリーダーのモンゴー。知らせを受けてわざわざこのポッコスまで来てやったんだぞ」
「な、なんと!そうでしたか、それは失礼いたしました!来てくださってありがとうございます!」
「フン、まあいい。それで状況は?」
「はい、それがですね…」
そのイカメンタルとかいうクソダサいパーティは、どかした私のことなんてお構いなしに話を聞き始めた。
ファンザさんは時々申し訳なさそうにこちらをチラチラ見るけれど、この状況じゃわざわざ来てくれたヘソ級ハンターをないがしろには出来ないようだ。
「それで?この町にはどれくらい戦力があるんだ?相手にヘソ級相当の魔物がいるなら、ザコどもには構ってられねえぞ」
「は、はい。この町には股級のハンターが一名と、もも級ハンターが10名ほどいます。それ以下の戦えるハンターは80名くらいでしょうか」
「フン、まあいいだろう。じゃあその股級ハンターはどこだ?連携を取りたいからここに呼んでこい」
「え、ええと。アスカさん、すみません」
そんなやりとりを不快に見ていた私に、ファンザさんから声がかかった。こんなのと一緒に戦うのは正直嫌だけど、この状況じゃ仕方ないか。
「はい」
「ええと、モンゴー様。こちらがこの町唯一の股級ハンター、アスカ・カミシロ様です」
「はあ?この女が??」
ファンザさんが私を紹介すると、モンゴー氏はあからさまに嫌そうな顔をした。
なんて失礼な人だ、デリカシーというものが感じられない。この人絶対にモテないね、お尻丸出しだし。
「…一応股級ハンターやってます、アスカです」
「おいおい…この町終わってんな。こんな弱そうな女が股級とか、どんだけ程度低いんだよ」
「あ、あの…アスカ様は単独でサーモンピンクゴブリンを討伐していますし、それにあまり大きな声では言えませんが模擬戦で乳級パーティの“ゴライアスわっふるず”にも勝利しています。実力は確かであるとギルドが保証いたします」
「なっ…それマジか!?」
そのファンザさんの話を聞いて、モンゴー氏一行の顔が驚きに変わる。
懐疑的な目でジロジロと私の顔や体を見てくるけど、こんな尻丸出しの三人組にそんな事されたくない。軽犯罪法で訴えるぞ。
「いや、どう見てもただの女じゃねえか。筋肉も付いてねえ」
「…まあ私は精霊術士なんで、脳筋とは違うんで」
「何、精霊術士!?てことはお前、勇者なのか?」
「いやそれは分かりませんけど…戦う力があるのは確かです」
「ふうん…」
モンゴー氏はそう言ってまた私の体をジロジロ見ると、仲間の二人とコソコソ話を始めた。そしてひとしきり話をすると、こちらに向き直る。
「よし、そこまでギルドが言うなら信じてやる。それじゃお前は付いてこい。足手まといにはなるなよ」
「はあ…」
そんな感じで意見もろくに聞かず、私は勝手にパーティに組み込まれてしまった。
目の端でファンザさんが私に向かって両手を合わせている、多分ギルドとしても断れない感じなんだろう。
…仕方ない、かなりストレスがありそうだけど、町のピンチみたいだし我慢して行ってあげよう。
そうしてヘソ級パーティのイカメンタルをリーダーとした、約80人ほどのハンターが一路現場へ向かうのだった。
……
…
町から一時間ほど西へ向かった場所にある、広大な畑地帯。そこには何とも異様な光景が広がっていた。
土の上には一面魔物がひしめいている。野菜の胴体から手足が生えた、男梅みたいな形状をした魔物。
ギルドで聞いた話だと、アレは確か「ベジメイト」とかいう野菜型の魔物だ。
種類も大きさもバラバラで、サイズはボーリング玉からバランスボールくらいと幅広い。その大きさによって小ベジ、中ベジ、大ベジと区別されているらしい。
「あ、あれが全部魔物だってのか…?」
「おいおい、嘘だろ。数千匹はいるじゃねえか」
しかしそんなどう見ても野菜な魔物達だけど、その数はあまりにも多い。数千匹の魔物集団を前にすれば低ランクのハンター達がこうしてビビるのも分かるってもんよね。野菜の顔もやけに劇画調で怖いし。
「あれは…あいつが親玉か、多分タマタマネギのキングベジだな」
遠くを見ながらイカメンタルのリーダー、モンゴー氏がそう呟く。
私もそちらの方に目を細めてみれば、畑の地平線のあたりに、おっきい玉ねぎみたいなやつが動いているのが見えた。
「俺たちがあの親玉を叩きに行く。女、お前は俺たちに付いてこい」
「了でーす」
相変わらずこのモンゴー氏は上からものを言う。ランクで全てが決まるのは分かるんだけど、私はこういう男性が嫌いである。自然に態度もアレな感じになってしまうというものだ。
「へっあんな野菜ヤロウ、このズゴム様が倒してやるぜ!」
とそんな時、そんな負けフラグみたいな事を口にしながら勝手に飛び出す人がいた。ズゴム…どっかで聞いた事あるような。うーん、どこだっけな。
「おい、バカ待て!」
そんなモンゴー氏の制止も聞かず、世紀末なモヒカン頭のドゴム氏はヒャッハーと走っていく。そして野菜達をかき分けていき、手にしたハンマーでカボチャ型の中ベジをぶっ叩いた。
ゴロゴローッと膝丈くらいのカボチャが転がっていき、ドゴム氏がドヤ顔をするがその直後、無数の野菜達がドゴム氏に向かって一斉に飛びついた。
「うわああああ!やめ、やめろーーっ!」
案の定ドゴム氏は野菜の集団に囲まれ、見事なまでにボコボコにされていた。急いで他のハンター達に引き上げられていたが、顔がもうすっごいコブだらけになっていた。まるで漫画の一コマのようなやられっぷりだ。
「勝手な事をするとあいつみたいになるぞ!奥の奴らは俺たちがやるからお前らは手前のやつらから片付けていけ!」
モンゴウ氏が改めて指示を出すと「オー!」と皆が返事を返した。
「行くぞ!【剣生成】!」
そう叫びながら走り出すモンゴー氏。驚くことにその両手にはいつの間にか剣が握られている。
どうやらさっき叫んだのはスキルらしい。起きた現象から察するに、おそらくあの持っている剣を作り出すというスキルなんだろう。
「うおおぉーっ!おらおらァッ!!」
二刀流のモンゴー氏が、剣を振るいながら野菜を蹴散らしていく。
その勢いはなかなかのもので、モンゴー氏の通ったところには道が出来ている。
しかしあまり狙って剣を振っているわけじゃないらしい。だってほとんど剣が当たってないし、大半は足で蹴り飛ばしてるんだもん。
私はといえば、とりあえずファッ休さんだけを呼び出して側に付いてもらっている。
突然現れたハゲ頭の大男に驚いた様子のイカメンタルの他メンバーだったが、私は気にせずその二人と一緒に、後ろが尻丸出しのモンゴー氏が切り開いた道を進んでいった。