16 お約束事
「よし、それじゃあルールを決めましょう」
腰に手を当て、私はボロボロになったオヤジ四人の前でそう宣言した。
「いやあ…面目ねえです」
「まこと反省の極み…」
「ンッン〜…」
「申し訳ないねえ…」
その私の言葉に、オヤジ達は珍しくしょんぼり反省の巻である。
実は昨日私と吾郎さんが買い物から帰った後、スキルの待機空間みたいな場所でオヤジ達が大乱闘をしたらしいのだ。
原因は吾郎さん。こないだの買い物パートナーは公平にジャンケンで決めたと思っていたのだけれど、どうも吾郎さんは不正…というか遅出しで勝ったようなのだ。
素直な三人は純粋に負けたと思っていたところ、その不正が後から発覚。技を使っての殺し合い…もとい大ゲンカになってしまった、というワケである。
あまりにも強力な技の応酬で四人はボロボロになり、待機空間もめちゃくちゃになってしまったとの事。
私は待機空間を覗けないから想像しか出来ないけど、話を聞く限り中はシャリと香水と木魚とハムスターまみれの状態らしい。地獄かな。
まあそういうわけで、今後同じ事が起こらないように色々と取り決めをしようというワケ。
「まず聞くけど、私が一人で行動するのはみんな反対なのよね?」
「ああ、そりゃもちろんでさあ!いつでも守れるようにしねえと」
「ンッン〜、ワタクシたちの使命はアスカサンを守る事。出来れば24時間体制でお側につきたいのですがねェ」
「でもファッ休さんのアレがあるでしょ?ならもう少し安心してもいいんじゃないの?」
「ファッ休ガードはあくまで緊急措置。本体が守ってこその我らですゆえ」
「うんうん。何かあった時にすぐ回復出来ないと、僕も不安で仕方がないよねえ」
やっぱりみんな直接私を守りたいらしい。まあそうか…それが彼らの生まれてきた意味みたいなもんだもんね。
「うーん…じゃあせめて一人。交代で一人ずつ私の護衛をするっていうのはどう?」
「おお、あっしはそれで全然構わねえでやすぜ」
「ふむ…いいですな。元々守りは私一人で十分ですゆえ」
「ンッン〜、邪魔者がいない方がしっかり守れますしねェ」
「うんうん、僕もそれでいいと思うねえ」
「まあ戦闘時とか大変そうな時はみんな呼ぶかもしれないけど。よし、じゃあ基本的には一人って事で決まりね」
私は紙に「護衛は一人」とペンで書く。
「それで…その護衛はなるべく人間形態じゃなくて妖精形態でして欲しいんだけど…」
そこで私は、一応だけど希望を出してみた。
やっぱりね…この人たち目立つんですわ。デス太郎さんはともかく、他の人らはそれはもうなかなかに目立つ。
何なら吾郎さんは町で女の人にときめかれていたし、今までスルーしてきたけど三郎さんは何故か男性から熱い視線を送られている。
なので正直、私はそんな人たちの横にはいたくない。何か余計なトラブルが起こりそうで嫌なんですわ。
「うーん…まあ護衛には影響ねえですし、あっしは構いやせんけど」
「ンッン〜、一応社交力の節約にもなりますからねェ」
「む…しかしさすがに危険な場所ではそうも行くまい」
「そうだねえ。じゃあ慣れた安全な場所は節力形態、警戒が必要な場所ではフル形態というのはどうだろうねえ」
「ああ、それがよさそうでやすね」
「ンン〜、ワタクシはそれで構いませんよォ」
「むむ…仕方ない、それで手を打とうではないか」
まだ妖精姿のオヤジの方が見た目的にマシ。そんな私のエゴ的な希望は、デス太郎さんのおかげでみんな半分飲んでくれた。
よかった、これからはこの町の中で、妙な視線に晒されることも減るだろう。
「よし、じゃあ基本は妖精形態で、警戒が必要な時は普通の形態って事で」
私は紙にキュキュット書き込む。ついでに「お風呂の最中に出てきたら“死”」という文面も付け足して私は満足。それを待機空間の中に貼り出してもらった。
そして私の見てる前でジャンケンをしてもらい、護衛の順番を決定。
こうして「護衛は一人、基本は妖精形態、風呂を覗いたら殺す」という私たちの約束事が、無事に決まったのだった。
…
それから、護衛を交代しながら私たちは魔物討伐の任務を何度か行った。
三郎さんの継戦能力がどの程度なのか知っておきたいのもあったけど、短時間のうちに増えた他のメンバーの力も改めて確かめたかったのもある。そして冷静に観察する事で色々と分かってきた。
まず三郎さん。三郎さんは射程と貫通力が抜きん出ていて中遠距離最強、さらにシャリが届く範囲ならシャリまきで多数にダメージを与えられる。
だけどやっぱりと言うか、思った通り他のオヤジよりも燃費(寿司力)が悪かった。
吾郎さんは今のところは多分近接最強。さらに一度踊ってしまえば、災害のごとく周りを巻き込むサイクロンと化す。
だけど相手が人型じゃない…例えば犬型の魔物なんかが相手だと全く踊れないという事が判明した。
ファッ休さんについては、やっぱりこの人を傷つけられる人なんか存在しないのでは?という圧巻の防御性能が再確認できた。
でもやっぱり変態具合も圧巻の一言で、攻撃を受けて悦んでる姿を見る度にこの人のお世話になりたくない、という気持ちが強くなる。
だけど命には変えられない。このアンビバレンスな気持ちは、これからも私を悩ませるのだろう。
そしてデス太郎さんは、回復の他に一応戦闘もこなせるという事が分かった。
ゴブリンなんかの人型の魔物なんかには、秘孔的なツボを刺激することで完全に無力化できるようだ。でもその様子がピンクピンクしくて、何かこう…とにかく嫌だった。
それと手から無限にハムスターを生み出す技を見せてくれたけど、こちらは完全にただのハムスターの群れ召喚。殺傷力など皆無の全く意味のない技だった。
「みんな強いけど、こうして見ると結構弱点もあるのよね…。魔再現って、それぞれで補い合うのが前提のスキルなのかな」
今のところみんなが強過ぎるから短期決戦で戦いが終わってるけど、長期戦…それも相手が多数だったら話が変わってくるかもしれない。
検証したところ、二、三人の召喚ならあまり影響が無いけれど、四人全員呼び出すと私のお腹の減りが異常に早くなる事も分かった。
おそらくMP的なモノは無いけど、スキルを使うには体力を消費するという事。それを考えると無闇矢鱈に親父を呼び出していられない。
本当に偶然だけど、この間取り決めた「護衛は一人」という約束事は実に理にかなっているのだ。
「あーあ、この町でやる事も殆どなくなっちゃった。、そろそろ王都に向かってみようかなあ」
「うんうん、そうだねえ。アスカさんの思ったようにするといいよ」
そして数日が経ち、今日は妖精形態のデス太郎さんと一緒に街を歩いている。
町の人も多少は慣れたのか、この妖精デス太郎さんを見ても過剰に驚く事はない。それどころか子供達はデス太郎さんを指さしてはキラキラした目を向けてくる。
こんな髪の毛が後退したようなおっさんでも、マスコットキャラみたいに小さくなれば不思議と人気が出るらしい。
「せっかく買った魔道具もあんまり使ってないし、武器を買うにも結局この町にはあのオモラシ玩具店しか無かったし。明日にでも出発してみようかな」
「うんうん。それじゃ情報収集と食材の買い込みなんかもしないとねえ」
「そうだね。それじゃさっそくお店に…」
「い、いた!股級ハンターのオヤジマスター…じゃなかった、精霊術士のアスカ・カミシロさんですね!」
と、私がデス太郎さんと話している最中、慌てた様子で声をかけてくる男の人がいた。
「ああん?…今、もしかしてオヤジなんとかって言いましたか…?」
「ヒッ…!め、滅相もありません!誤解です、ご勘弁を!」
聞き捨てならない言葉に私は眉間にシワを寄せるが、その男の人はノータイムで土下座を繰り出した。
え…今日は三郎さんいないのに。もしかして私ってそんなに恐れられてる?
「うん、まあいいや。それで何ですか?何か急ぎの用事でも?」
「あ、ああそうでした。今すぐハンターギルドに来てください!町の一大事なんです!」
「一大事??」
「話はギルドで!とにかく急いでください!!」
その話には要領を得ないけれど、何やらただならぬ様子。
買い物を取りやめ、私とデス太郎さんは急いでハンターギルドへと向かうのであった。