10 精霊術士アスカ爆誕
俺の名前はジョン。ポッコスの町で活動するもも級ハンターだ。ハンターという仕事は危険が付きまとうが、その反面気楽でいい。魔物を倒しさえすれば数日分食える金が手に入るんだからな。
「ほら、今日も適当に依頼書とってきたぞ」
「お、すまないな。なになに…ピンクゴブリンか」
「えーまたピンクゴブリン?最近多くない?」
「まあ報酬いいっぽいし、別にいいだろ」
「へえ。今回の報酬ってどれくらい?」
「さあ…よく分かんねえけど受付のファンザがいいって言ってたぞ」
「なるほど」
今日の仕事もハンター仲間と一緒に行く。いつもの仲間、ミートとパイだ。こいつらと組んでからもう3年くらい経つが、なかなか調子がいい。やっぱり上手く連携するコツってのはいかに気の合う仲間と組むか、だな。
「ゴファ、ガヒヒヒ」
「うわあぁーーっ!な、何でショッキングピンクゴブリンがこんなに!?」
「お、おい!あれは…もしかしてサーモンピンクゴブリンじゃないのか?」
「早く逃げ…きゃあぁーーっ!!」
「パイ!!くそっ、ぬわぁーっ!」
そして今、洞窟の中で俺たちはピンクゴブリンどころかその上位種、さらにその上位種に襲われていた。くそっ、話だけは聞いたことがあるがこいつは強い、強すぎる。俺たちの必死の抵抗が全く意味をなしていない。
そして防戦むなしく洞窟の奥にパイが連れ去られて行く。だが俺にはそれを止める力は無い。それどころか、ジョベベとおしっこを漏らした俺は仲間を置いて逃げ出した。だって強いんだもん。殴られたら痛いし、血も出てるし。怖いし。
そして俺はデカいショッキングピンクゴブリンに追われながら洞窟を出た。そしてそこでやつらに出会ったんだ。
「寿司魔法、ヤリイカバスター!」
見たこともない流麗な動きから繰り出される謎の技。そして何かすごい速さで飛んでいったその物体は、あっさりと凶悪な魔物の胸を貫通した。
「なっ…!」
俺は声が出なかった。あまりにも圧倒的。見たこともないような格好をしたイカした初老の男は、見たこともないような技であのショッキングピンクゴブリンを瞬殺して見せたんだから。
俺は恥も捨て、仲間を助けてもらえるようそいつらに頼んだ。どうやら女の方が偉そうだと分かり、そっちにも頼むとその女は快く引き受けてくれた。報酬の話もしていないのに、何てお人好しなんだろうと思った。
そして俺は二人を見送り、洞窟の前で待った。だがああして頼んではみたものの、俺は正直無理だろうと思っていた。だってサーモンピンクゴブリンっていう超強力な魔物もいたし。
そして結構待ったし、もうそろそろ帰ろうかな…と思った頃、仲間のミートが走って出て来た。俺は驚いたが、ミートの話を聞いてさらにビックリ。何とあいつらが数匹のショッキングピンクゴブリンも瞬殺したというんだからな。
これはもしかしたらパイも助かるかもしれん。そう話しながら俺たちはパイたちの帰りを待った。
「あ、いたいた」
そして一時間も経った頃、何と本当にパイ達が帰って来た。すげえ、まさかあのサーモンピンクゴブリンを倒したのか!?
そんな風に俺たちは歓喜の声を上げたが、そこでふとおかしな事に気付いた。
確かあの時洞窟に入っていったのは女とイカした初老の男、二人だけのはず。だが今は明らかにメンツが変わり、人数も増えている。
初老の男が消え、代わりにすごい胸毛の男が一人、ハゲ頭の男が一人、そしてそのハゲ頭と同じ見た目の奴らが三人もいる。しかもハゲ三人の格好はほぼ裸で、そいつらがぞろぞろと女の周りを取り囲んでいるではないか。
「お、おい、そいつらは一体…」
俺は思わず口にしてしまったが、女は何やら不機嫌そうに口を開いた。
「ああ…ほらファッ休さん。もう安全だからこれ引っ込めてよ」
「む…分かり申した。では、一時解除!」
だが女は俺の問いには答えず、ハゲ頭に指令を出した。そしてハゲ頭が何やら術を使ったようで、ボフンと三人の裸ハゲは消えてしまった。
これにはまた驚かされたが、女は当たり前といった顔をしている。
「ちょっと、一時的って何?完全解除してよ」
「いえ、いついかなる時も守れるようにしておきませんと」
「もしかしてアレ、ずっと私につきまとうんじゃないでしょうね。人とぶつかった時にあんなの出て来たら嫌すぎるんですけど」
「ハッハッハ」
「笑ってごまかさないでよ」
クレイジーだ。こいつらは俺の常識の範囲を大きく超えている。今後こいつらへの対応には細心の注意を払う必要があるだろう。
そして色々あったが無事生還した俺たちは、命の恩人であるこいつらと一緒にポッコスの町へともどるのであった。
※ ※ ※
「おうおめえら、そんでお嬢のこたあちゃんと守ったんだろうな?」
「無論。拙僧は守りの専門…それもアスカ殿をお守りするとなれば尚の事。指先一つ触れさせはせぬ」
「ンッン〜、敵も全く歯応えの無いお相手でしたからねェ。次はもう少しマシな方と踊りたいモノですねェ」
ここはポッコスの町の大通り。そこを私たち一行とジョンさんパーティがハンターギルドへ向かって歩いている。
あの後、寿司力が少し回復したと言う三郎さんが「お嬢、大丈夫ですかい!?」とか言って空間から出てきた。
驚くことにその姿は15cmくらいの二頭身で、何だか魔法少女の横にいるマスコットキャラみたいな感じになっていた。何でもこれは省エネ形態らしい。元の姿とのギャップがあって可愛…くはないな。普通にキモいわ。
「あ、あの…アスカさん、助けてもらったのに失礼だとは思うんですけど…」
「ん?パイさんどうしたの?」
そこでパイさんが、おずおずといった様子で口を開いた。「命の恩人ですから」と言って、パイさん達からは敬語不要だと言われている。
「えと…その人たちって一体何なんですか?強さもおかしいですけど、その…魔物を消してしまったり同じ人が増えたり…」
「ああ…それ」
パイさんはすごく言いづらそうに質問してきた。そうだよねー気になるよねー。
さてさてどうするか。すっとぼけるのは簡単だけど…これはいい機会なのかも。丁度良いしスキルやらの情報収集をしてしまおう。そして問題がなさそうなら、私のスキルもある程度公開してしまった方が今後都合がいいだろう。
「その前にパイさん、スキルって聞いたことある?特殊能力とかでもいいけど」
「スキルですか?ええ、ありますよ。私も持っています。多分ハンターの5人に1人くらいの割合で持っていると思います」
「え、そうなんだ!パイさんはどんなスキル持ってるの?」
「私は【投石】というスキルですね。投げたものの命中率が上がります」
「おおー有用なスキルだね!そういう持ってるスキルってさ、ギルドとかで公開してるの?」
「はい、私はしています。他の人も大体公開してますね。やっぱり特別な力は自慢したいですし、強さに信用も生まれますから」
「なるほど…」
スキルは少し珍しいけど普通にある。公開もしてる、と。うーん、まだ判断できないな、もう少し詳しく切り込もう。
「じゃあ他の人ってどんなスキルを持ってるか知ってる?私外国から来たから詳しくなくって」
「そうですね…【怪力】とか【剛体】とか多いですかね。【火魔法】とかの魔法系はレアですけどつよいです」
「おお、そういう感じなのね!なるほどなるほど」
「あと【算術】とかの戦闘系じゃないのもあるな。前に商人が持ってただろ」
「珍しいのでいえばあいつ、エースだろ。闇のなんちゃらっていうスキル持ってるって話だぞ。しかももう一つ別にあるとか」
「それマジかよ、スキル二つ持ちとかやべーな」
「ああ、やべーよな」
途中からジョンさんとミートさんも話に加わり、情報をくれる。
ふむふむ、大体分かってきましたね。この感じなら、例えば召喚みたいなスキルがあれば、私のスキルもうまく隠せるかもしれない。
「そういえば、召喚とかってスキルは無いの?」
「えっ、召喚ですか!?いえ…無いこともないですけど…」
「ん?珍しいってこと?」
「ええと…召喚のスキルは魔族、というか魔王が持っていることが多いんです。魔物を作り出したりとか、呼び出したりとか。ただ【精霊召喚】というスキルだけは、過去に人間が持っていたと聞いています」
「え、魔王?何か前にもチラッと聞いたけど、やっぱりそういうのがいるんだね」
やはりというべきか、この世界には魔王がいるらしい。…ん?魔物を作り出したり召喚したり?何か私のスキルと似てるような…いやいや考えすぎ。関係あるわけがない。
大体私が作り出せるのは魔物じゃなくてオヤジだし。ノーカンノーカン。
それにしても、召喚はアウトで精霊召喚はセーフと。うん、丁度いいかも。怪しまれる前に私のスキルは精霊召喚という事にしてしまおう。
「そうなんだ。いやー偶然!私も持ってるんだよね、その【精霊召喚】のスキル」
「えっ」
「えっ」
「えええっ!?」
その宣言に3人とも分かりやすく唖然、というかフリーズしてしまった。あれ…また私、何かやっちゃいました?
「ア、アスカさん、それは本当ですか!?」
「あ、はいす」
「じゃ、じゃあまさか嬢ちゃんは勇者ってことなのか?」
「え…勇者?何でそうなるの?」
「いいですかアスカさん、【精霊召喚】は、過去の勇者様が持っていたスキルなのです。伝説の物語に出てくるようなスキルなんですよ」
「ええ〜っ!?」
おいおい今度は勇者かい!どっちにしろ結局目立つんじゃないか。
でも…絶対に前例のないオヤジ製造工場スキルをそのまま公表するよりかは、精霊召喚の方がマシだよね。
よし…決めた。私はこのまま行く。貫き通すぞ。
「なあ、本当に【精霊召喚】スキルがあるならここに精霊を呼び出してくれよ。一度精霊ってのをこの目で見てみてえんだ」
「ああはい。いいよ、ていうかもう出てるよ」
「えっ、どれです?」
「これ」
「??だからどれだよ」
「いやだからこれ。この3人が精霊だよ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
私はそう言って自慢のイカれたメンバーを指し示す。二頭身のガンコ職人、特濃の胸毛ダンサー、ガチの変態和尚。まさに完璧な布陣、一部の隙も無い狂気のバラエティパックである。そりゃパイさん達も再フリーズするわな。
「え…でもこれ人間じゃ」
「大丈夫、これは精霊」
「いや…どう見ても人間…」
「問題ない、これは精霊」
「いやいや…じゃあこいつら一体何の精霊なんだよ」
「はい。右から寿司の精霊、胸毛の精霊、ハゲの精霊となっております」
「そ、そんな…物語の精霊様はもっとこう…可愛らしくてキレイな姿だったのに…」
「パイさんよく見て、この寿司の精霊は可愛いと言えなくもないギリギリのラインを攻めてるでしょう?分かった、それなら他の精霊達もほら」 ドロン
そう言って私は皆に「妖精みたいな形態になれ!」と念じる。すると吾郎さんもファッ休さんも、三郎さんのように二頭身形態に変化した。
あら何か出来た。無茶でもやってみるもんだね。
そのミニキャラ変化に3人はまたビックリ。だけど元々人間なのか疑っていた節もあり、何とか納得してくれたようだ。パイさんだけはまだ渋い顔をしているけれど。
「そういうわけで私は【精霊召喚】を持った精霊術士。ちゃんと覚えておいてね」
よし、通した。これで精霊術士アスカの爆誕だ。しっかりギルドにも伝えて認知してもらおう。
そうして無事オヤジ製造工場スキルの秘密を隠す事に成功した私は、意気揚々とハンターギルドの扉を開くのだった。