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01 異世界と寿司職人


「おい君、大丈夫か!?返事をしろ!」

「…ダメだ意識がない!早く救急車!いいからもう一台救急車呼べ!」


 ウ〜、ウ〜 ピーポー…


「バカヤロウ!警察が人ハネてどうすんだよ!!」

「も、申し訳ありません!アクセルとブレーキを間違えてしまって…!」


 …誰かの怒鳴り声が聞こえる。誰?よく見えない…


「あ、あの、救急の方もブレーキが間に合わず…」

「お、俺は悪くないっス!その人がいきなり道路に転がってきたから…」


 騒がしい…けど何だか声が遠い。体も石みたいに重たくて動かない…


「えー被害者は神代かみしろアスカ27歳、昼立新聞社の…」


 ガヤ…ガヤ…


 …私の名前。ああそうか、私…車にひかれたのか。大丈夫、私まだ生きてます…と言いたいところだけど、ダメだ。意識がどんどん…遠くなって……い…く…


 —プツリ

 


 …真っ暗だ。まるでテレビを消した時みたいに急に暗くなった。

 そして暗闇の中、カラカラカラ…という音が聞こえ、空中に何やら映像が流れ始めた。

 映画?あ、でも私が映ってるじゃん。…そうか、これ走馬灯だ。ああ…やっぱり私は死んだのか…。


 思った通り、流れる映像は私、神代かみしろ アスカが27年間生きてきたこれまでのダイジェスト。

 幼稚園、小学校、中学校、高校、大学ときて、今まで勤めていた新聞社の記憶。

 ああ…苦労して地元の新聞社に入って、夢だった記者になれたのに。あんなにたくさんの人の取材をして、これからっていう時に、まさかあんな事故に遭うとは思わなかった。

 

 私は取材が終わった帰り道、偶然にも川でおぼれているおじさんを発見した。

 アッパアッパと川で乱舞するおじさんは今にも沈んでしまいそうで、そんな彼を助けるため私は急いで警察へと通報した。

 さすがと言うべきか、勤勉な警察官たちはすぐにやってきたけれど、それが、私の人生を終了させるフィニッシュブローとなってしまった。


 何と私はその駆けつけたパトカーに盛大にはねられ、続けて後続の救急車にもはねられ、最後に通りかかったそば屋のスクーターにはねられて死んでしまったのだ。

 車三連撃による、見事なまでのオーバーキル。ドンちゃんもびっくりのあの3連コンボは自分でも感心する程だ。

 ちくせう…確かあの最後のスクーターは”そば八”の出前車だったな。あのバイト店員め、許すまじ。


 とまあ、そんな非常に遺憾な場面が映像のラストを飾り、走馬灯はスーッと溶けるように消えていった。


「ザザッ…あーあーテス…ス。聞こ…かな?ザッ、ピー」


 すると今度は、壊れかけのレディオみたいな音質の悪い声が場に流れ始めた。

 真っ暗闇の中だしビクッとしたけど…これって、もしかして神様の声?…そうだよ、こんな状況だしそれしか考えられない。


「あなた……した。…のでこれから異世界…ザザッガーピー転生…ます。まずはザザザ…とザ…うのどちらかを…ズッザザ下さい」


 いや…ノイズひどすぎて全然聞き取れないんですけど。あ、でも今異世界とか転生とか言った?こ、これはもしかして…始まっちゃう?私の素敵な異世界転生生活、始まっちゃうの??


「ザザ…選択されな…ので、あなたのザ…はザザピーになります。続いてザ…すが、ザザザ…か?それとも人間ズッ、ザピガー…すか?」


 えっ?ちょ、今何か決まった?そんでさらに何か問われてるっぽい??だから音悪すぎるんだって!大事な事決めるんならせめて何言ってるか分かるようにして!


「回答が…ため、あなた…ザザッ人間…した。では転生後、あなたにはザザザ…してズガガガザピー…てもらい…。そのズザザザで…ザザを破壊した…が勝利ザザガガ…ます」


 …ダメだこりゃ、何だか勝手にどんどん話が進んでいく。どうすんのこれ?転生したとして、その先で何をすればいいのかも分からないんですけど。

 するとそんな私の苦情が伝わったのか、ゴソゴソ…と雑音が入った後、少しだけ音声がマシになった。


「そのザッ…であなたザザッ…うための特別なスキルを授けます。あなたのザッ…ルは『魔再現リヴァイバル』です。そのスキルを活用しザッ…ザザて下さい。ちなみにそのザザ…に勝利すれば自由な人生。敗北…ば天の雷により消滅します。ゲームの概要は以上になります。では転生後10分間のバリア時間を与えます。スキルの使い方等を確認ズザザッ…」


 おおっ、今度はけっこう聞こえた!えーと何だっけ…そうだ、スキルをもらえるんだっけ。いいね、スキル、ファンタジーだね。…いや待って、それはいいんだけど…ゲーム?負けたら雷で消滅させられる?何それ怖すぎるんですけど。


 と、私がそんな不穏な情報に戦慄していると、「では行ってらっしゃい」という声が響いた。そしてガコンと床が抜ける音と一瞬感じる浮遊感。え、ちょ、マジ?


 ちょ、きゃあああぁぁーーっ!!!


 往年のドッキリでも見ないような落とし穴と。見事なまでの垂直落下。突然の事にどうすることも出来ない私は、ただただ落下の恐怖に体を縮こませるしかなかった。


 ヒューーーン……

 そして長い長い落下時間が続き、それは突然に終わりを告げた。

 

「ひゃああっっ!!」


 急に闇が晴れたと思ったら、視界いっぱいに緑が広がる。そして地面に着いた足に、すしんと体重が乗る感覚を感じた。


「え…?ここ、どこ…?」


 周りを見て私は呆然。何とそこには雄大な大自然が広がっているではないか。

 この鼻を突き抜けるような土や草の匂い…間違いなく本物の森だ。そう、圧倒的な森。どこだか分からないが、アマゾンもかくやと言わんばかりの山奥だ。

 自分の姿に目を向ければ、仕事着のパンツスーツスタイル。死ぬ時に着ていた服だね。持ち物はほぼ何もないけど、髪を結んでるヘアゴムと腕時計はある。装着していた物だけがあるっぽい。

 

「すごい場所からのスタート…ああ、もしかしてこれが最後に言ってたバリアかな」


 見れば、金色のうすいまくみたいなものが私の周りを包み込んでいる。半径5メートルくらいのドーム型のやつ。

 そして膜に謎表示される「残り9:53」という数字。タイマー的な感じで1秒ごとに減っていっているけど、なるほど。これが10分間だけ私を守ってくれるというバリアなんだろう。

 

「これが0になる前に準備しなきゃ…とにかくスキル。もらったスキルがどんなものなのかを確認しよう。えーと、確かスキル名は『魔再現リヴァイバル』だったはず」


 ここが異世界だとすぐに確信できたのには、突然の森転移やバリア以外にも理由がある。

 いやもうね…あるんですわ頭の中に。異物感みたいなものがさ。ずっと私に存在を主張してくる違和感、きっとそれがスキルというものに違いない。


 私はその違和感に働きかけ、スキルについて思い浮かべる。すると、頭の中に何やらポワワンと情報が浮かんできた。


『魔再現 《リヴァイバル》LV1(0/1):手帳ノートに記載してあり、かつ過去に取材をした人間を強化再現できる』


 おお分かる。なぜだか分かるぞ、スキルの使い方が。過去に取材した人間を強化して創り出せる、それが私のスキル『魔再現』の能力らしい。

 なるほど。これまで幾多ものプロフェッショナルと出会ってきた私にとって、これは最高の能力じゃないか。強化の度合いは分からないけど、場面に合わせて上手く使えばかなり手広く対応できそう、


 それにこれまで出会った人…つまり、あの俳優やアイドルグループのあの人なんかも思いのままに創り出せるって事…デュフフ、いやあ夢が広がりますなあ。


「…いやいや待った、それはまた後で。まずはここから出ることが先決だよね」


 私は改めてバリアの外側を見渡す。

 屋久杉のごとくそびえ立つ木々に生い茂った草や低木。一応獣道っぽいのはあるけど、ここはかなり深い森だと思った方が良さそうだ。

 こんな深い森、入ったのはタケノコ名人の佐藤さんの取材の時以来。

 しかも普通の森じゃ無い。そこかしこに生える極彩色の植物やサイケデリックなキノコ、果ては変な形の羽虫やらを見ると、改めてここは異世界なん だと思わせる。


 イケメン創造は捨て難いけど、まずはここから安全に脱出する。欲に負けるのはその後でいい。


手帳ノート!」


 そう唱えると、私の手元に一冊の手帳が現れた。うん、この赤い手帳には見覚えがある。私が死んだ時、最後に持っていたやつだ。

 ふむ、どうやらこの手帳の中から一人だけ強化人間を創り出せるらしい。実にわかりやすい……んだけど、も!


「…って、おいぃっ!もしかして手帳ってこの一冊だけなんかい!?…うっそ、マジで?…別の手帳は出てこないの?」


 終わった。…いや参った、よりにもよってこの手帳だけとはね。


 地方新聞記者とはいえ、それなりに私は各方面で活躍した人たちと会ってきた。もちろんその取材内容はしっかりと手帳にメモしてある。

 でも私が死んだあの時、最後に持っていたこの手帳。これはとても特殊な手帳なのだ。


 メインの次の次の次の、そのまた次くらいに使う、割とどうでもいい人専用の取材手帳。

 その結果、変わり者ばかりが集まってパンドラボックスと化してしまった、見るのも恐ろしい色モノ手帳なのである。


 そして案の定、いくら待っても他の手帳は出て来ない。つまりこの手帳の中から誰かを呼び出すしかない、そういう事になりますね。


「くう〜…時間も無いしこの際仕方ない、とりあえず使ってみるか…。えーと、とにかく強そうな人。それかサバイバル得意そうな人は…」


 気を取り直してパラパラと手帳をめくる。

 長年使ってきたからこの手帳もかなりのボリュームがある。とはいえ、最近見返すこともなかったし、何が書いてあったかハッキリ覚えてないのよね。


「うーん、これはダメ、これもしょーもない。あ、この人懐かしい。けどこんなところでヨガ教室のおばちゃん呼び出してもなあ」


 そんな感じで手帳を吟味していると、私のお腹がグゥと鳴った。

 ああ…お腹すいた。そういえばあの最後の日、朝から何も食べてなかったっけ。せっかくお寿司屋さんの取材に行ったのに、あの寿司職人何も握ってくれなかったからなあ。新聞記者は客じゃねえって、ホント何なのよあのガンコオヤジは。


 思い出しても腹が立つ、私の命日の苦い記憶。

 けれども、まるでそんな考えが引き金になったかのように、突然手帳がパァーッと輝き出した。

 その現象に慌てて手元のページを見れば、そこには「ハッピーミルク寿司」の文字が。


「えっ、ちょ、これ!この店名!これはあのガンコオヤジのお店の取材メモじゃない!待って、という事はまさか…!」


 バシュバシュ、キュキュキュイイインと激しい光がほとばしる。そして地面に魔法陣みたいな複雑な模様が広がり、その中心から何かがニョキっと頭を出した。


 ズモモモモ…


 スモークに巻かれながら一人の人間がせり上がってくる。そしてそんなド派手な登場をしてきた人物を見て、私は愕然とした。


 白い板前服を身にまとった、角刈り頭のおっちゃん。

 この渋い顔、全ての若者を憎むかのような負の職人にまみれた不満顔。

 間違いない。ジェノサイド銀座商店街にある名物寿司屋「ハッピーミルク寿司」の店長、板垣 三郎59歳だ。


「嘘、うそうそ待って!こんなガンコオヤジいらない!返却!やり直し!クーリングオフ!」


 しかし無情にも何も変化は起こらず、頭に浮かぶスキルもしっかり『魔再現 LV1(1/1)』となっていた。

 1/1…つまり一人しか呼べない枠にこのおっさんを呼んでしまった…そういうことでしょうか。


 終わった…終了、ゲームセットでございます。

 こんな異世界の森深くで寿司職人なんか創り出してどうすんの。ていうかその前にこのオヤジの性格が無理。こんな人と二人きりとか拷問すぎる。


 バリアに「残り2:17」という表示が流れる中、私の心は絶望に満たされていた。

 マジ無理ゲーです。


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