ブルーノ
朝から雨が降っていた。キャロラインはフリージアに誘われて、テラスでお茶を飲んでいる。葉に落ちる雨の音に耳を澄ましていると心が落ち着く。しばらく二人とも黙って雨を楽しんだ。
「ジェラルド様に会ったわ」
やがてフリージアが口を開く。
「あら、そうなの?」
「ええ、バレンティン伯爵夫人の音楽会で…ふふ」
キャロラインは夫人に覚えがある。ジェラルドが浮き名を流した相手に、バレンティン伯爵夫人の名前が挙げられていた。王宮でのパーティーではキャロラインの前で、ジェラルドと親しそうに話していた。キャロラインは努めて冷静に声にする。
「音楽に関心があるとは知らなかったわ」
「そうよね、ふふふ」
フリージアはジェラルドと音楽の組み合わせが余程可笑しいようだ。
「夫人に頼まれた仕事を見に来てたみたい」
「仕事…」
「演奏する部屋を見立てたと言っていたわ。とても素晴らしいお部屋だったわよ」
フリージアは少し興奮気味に話した。
「まあ、そんなに?」
キャロラインはほっとして微笑んだ。どうやらキャロラインの誤解だったようだ。
「彼は一流ね」
フリージアも微笑んだ。キャロラインはそんな風に婚約者を褒められたことがなかった。フリージアの心意気に嬉しく思った。
「一体何が不満なんです!?」
ようやく本物の慰労会が行われている。騎士団の食堂では団長の乾杯の音頭を皮切りに、各々料理やワインを楽しんでいる。
クリストフは目の前のブルーノに先の一件で詰め寄られていた。どうやら婚約者をぞんざいに扱っていると思っているようだ。
「お前はずいぶん気に入ってるな」
するとブルーノは目を見開いた。心なしか殺意を感じる。
「いいですか、まず、背が高い」
「お?おお」
「動きに無駄がなく、立ち姿が美しい」
「確かに」
「中性的な雰囲気は男装も似合うでしょう」
「男…」
「それに、目!」
「目?」
「ああっ、あの虫けらを見るような目で嬲られたい!!」
「………」
ブルーノは一体何を言っているのだろうか。
後半は理解不能だが、立ち姿が美しいのは認める。凛とした背中は自分よりも格好いいとさえ思える。けれど、クリストフの不満はそこではない。いくら格好よくても、フリージアは女なのだ。色目を使う者もいれば、侯爵令嬢の立場を利用しようと近づく者もいる。それなのにフリージアは自分から離れ、一人でふらふらと歩く。自分の側にいれば守れるのに、とクリストフは思う。
気づくとブルーノは隣のホルストに、フリージアに踏まれる素晴らしさについて、熱く語っていた。だから踏まれたことないだろ、とクリストフは思った。